変化する前の日常
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寒さが厳しくなってきた12月の中旬ごろ。
一日の授業が終わって、解放感の漂う教室の中で、僕は一人、目の前の問題集に向き合っていた。
基礎から応用まで、一つ一つの問題を丁寧に解いていく。
今日は調子が良くて、よけいな雑念が入らずに問題を解けている。
放課後の教室で黙々と問題を解き続けている僕は、傍目からは異様に見えているようで、前の席の北くんがこちらを呆れたような顔で見ている。
「そんなに必死になって勉強をしているのは、君ぐらいだな、小鳥遊くん」
僕は北くんの言葉に苦笑すると、シャーペンを机の上に置く。
「確かにね。僕もご褒美が無ければ、ここまで必死にはならないよ」
「期末試験の結果が良ければ、タブレットを買ってもらえるんだっけ? 小鳥遊くんのお父さんも気前が良いな」
「流石にこんなこと、今回だけだけどね。次はないよ」
北くんは「それもそっか」と、スマホを手にゲームを始める。
「北くんはまだ帰らないの?」
下校の支度を終えて、帰って行くクラスメイトを横目に見ながら、僕は北くんにそう言った。
北くんは視線だけをこちらに向けると、「家に帰っても親が勉強をしろってうるさいんだ。もう少しだけここにいるよ」と、静かな声で言った。
まあ明日から期末試験だから、そう言われるのも無理もないと思うけどね。
実際に口にはしないけど。
僕は再び問題集に意識を向けるが、今の会話でどうやら集中力が切れてしまったようだ。
問題を解くのが少し億劫に感じる。
仕方ない。こうなってしまっては無理して続けても、効率が悪いだけだし、続きは家に帰ってからにしよう。
「じゃあ、僕はもう帰るよ」
「ああ、わかった。俺はもう少しゲームをしてから帰るよ。また明日」
僕も「また明日」と返して、教室を出た。
「寒いな……」
マフラーを巻き直しながら、学校の廊下を歩く。
昇降口で靴を履き替えて外へ出ると、人目を引く人たちが集まって、楽しそうに話しているのが視界に入った。
全員が全員、勉強や部活などで活躍している、学校の中ではちょとした有名人たちだ。
一人一人が普段から注目を集めているような人ばかりなので、みんな堂々としていて、自信に満ちた顔をしている。
だけど、そんな人たちの中でも一際輝いて見える女の子が、彼らの中心にいた。
羽月楓。
とびきりかわいい女の子で、周りにいる人たちをいつも明るくさせるような笑顔を浮かべている、溌剌とした女子生徒だ。
今も彼ら彼女らの中心には羽月さんがいる。
「ねー、楓。期末テストが終わったら、どこかに遊びに行こうよ」
「それは良いけど、まだ期末テスト始まってもいないよ? 少し気が早いんじゃないかな? 美桜さん」
「いいの、いいの。こういう楽しみは早めに決めといた方が、勉強にも集中できるんだから」
「いいなー。私たちも羽月さんと遊びたい!」
「俺も俺も!」
「男子はダメ!」
羽月さんを取り合うような会話を繰り広げている彼らを見て、なんというか、すごいなと思う。
人と話すのが苦手で、北くんぐらいしか話し相手のいない僕からしたら、彼らのやり取りはとても眩しく感じた。
少し羨ましいと思ってしまうぐらいに。
僕は彼らから視線を外すと、その場から足早に離れた。
まあ、僕には縁のない世界だな。
それからの四日間は、期末テストで慌ただしく時間が流れて行く。
放課後だけでなく、学校にいる間は、空いている時間を勉強に費やす。
他のみんなも勉強に時間を使っていて、いつもより静かで緊張感のある時間が流れていく。
全てのテストが終わった時は、解放感からかいつもよりクラスのみんなが騒がしかった。
僕もできるだけのことはやれたと思うので、大変満足である。あとは休み明けに貼り出される結果を待つだけだ。
休み明けの月曜日、掲示板の前にはたくさんの生徒が集まっていた。
成績上位の生徒は、掲示板に貼り出されることとなっているからだ。
貼り出された結果を見て、周りのみんなが思い思いに騒いでいる。
「すごいな、小鳥遊くん。学年二位じゃないか」
北くんが感心したように言う。
北くんの言うとおり、成績上位者の上から二番目には、小鳥遊涼、僕の名前があった。
心の中でガッツポーズをとる。
よしっ、これでご褒美ゲットだ。
「もう少しで一位になれたんじゃないか?」
「それはどうだろう? 相手はあの人だし……」
僕は自分の上にある名前を見る。
羽月透。
羽月楓さんの双子のお兄さんだ。
妹の楓さんと同じく整った顔だちをしており、勉強も運動も高いレベルでこなす完璧超人だ。
楓さんと大きく違うのは、友達を作らず、一人でいることが多いところだ。
今も掲示板の前に羽月くんの姿があるけれど、誰かと一緒に来ているわけではないようだ。
一人で熱心に結果を見ている。
「ねえ、二位の小鳥遊って誰? 前は名前あったっけ?」
「さあ、どうだろう? たぶんなかったと思うけど……」
「一気にごぼう抜きして二位とか、凄すぎでしょ!」
「まあ、流石に羽月くんは抜けなかったようだけど」
自分のことで盛り上がり始める周りに、居心地が少し悪くなる。
「そろそろ教室に戻ろうか?」
北くんが気を利かせてくれて、この場を離れることにする。
この時僕は羽月くんがこちらを見ていることに気が付かなかった。
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