夢世界
俺は、敷島海斗、二十二歳。
俺の人生は実に単調だと思う。毎日のように辛すぎる工場勤務、休みの日は疲れて寝ているだけ。人生の楽しみなんて一つも無いのではないかと錯覚するほどだ。
「今日も疲れたな」
独り言が仕事終わりの俺の口からこぼれた。少し肌寒い朝方の外をトボトボと歩いて帰る。
職場には電車で七駅ほど行った所にある。つまり帰るときも、その七駅を電車に揺られなければならない。この電車の時間も中々に辛い。
睡魔と戦いながら自宅の最寄りの駅に着いた。
一人暮らししているアパートがある最寄りの駅は繁華街が近く、朝まで飲んできましたという人が多く、捻くれた性格をしている俺からしたらキラキラしていて眩しくて、目に入れたら焼けてしまいそうだった。
駅前に屯している人たちは若い子ばかりだった。お洒落な服に身を包んだ女の子と、格好良く着飾った男の子が、複数人で楽しそうに話している。
「俺も同い年くらいなんだけどなぁ」
俺の僻みの根底はここにあった。というのも、高校を卒業してすぐに上京して就職、上京してからの友達作りも失敗し、高校生の時から若干はあった俺はボッチなのではないかという疑問に自ら答えを出してしまっていた。
社会人になってからは友達作りがとてつもなくハードルの高いものになると、どこかで聞いたことがあったのだがここまでとは。
羨ましく唇を噛み締めながら、帰路の途中にあるコンビニへ向かって足を速めた。
毎日コンビニで買うものは決まっている。一人暮らし、男、二十代といえば買うものは大体の人が決まって一緒のものを買うだろう。そう、カップ焼きそばだ。プラスでおにぎりとビールを買えばお腹が満たされ、ほんの少しの幸せを感じられる。
コンビニ内のビールコーナーに目をやると初めて見る物があった。
「何だこれ、こんなの初めて見たな」
手に取ったビールには、『夢を見せる麦』と書いてあった。一体どんな夢を見させてくれるのだろうか?
どうにも気になって買って帰ることにした。
「ありがとうございましたー」
コンビニ店員のベトナム人のカタコトな日本語が、買い物を終わらせた俺の背中に向かって発せられた。しかし俺の意識は、ずっとビールに向かっていた。早く飲んでみたいと思いながら足早に自宅に向かった。
家についてすぐ風呂に入った。仕事中汗をかくから流してからではないとリビングに入りたくない。だって臭いじゃん?男の汗。
風呂から上がり、髪も乾かさずビールを冷蔵庫から持ってきた。そう、『夢を見せる麦』をだ。
「夢かぁ、どんなのが見られるんだろう」
さっそくプルタブをいい音を鳴らしながら開けた。香りは普通のビールという感じだった。なんだが緊張してきてしまったが、それを流すように飲んだ。
「なんだよ普通のビールかぁ」
普通と言っても、フルーツの甘味がほんのりする海外のビールと言う感じだったが。
一缶をおにぎりとカップ焼きそばとともに腹の中に入れて電子タバコを吸う。
「美味しかったぁ」
一息つくと急に眠くなってきてしまった。お酒は強い方ではなかったが、一缶で酔うことはなかったのだが、仕事で疲れていたのだろうか。ソファに寝っ転がり瞼を閉じると、すぐに意識がなくなってしまった。
「・・・きなさい」
ん?誰かの声が聞こえる。まさか寝坊して寝ぼけたまま先輩社員の電話でもとったか?
「起きなさい!」
聞き覚えのない声が俺を起こそうとしていた。うっすら目を開けてみると金髪の背中に羽の生えた、天使のような女性がいた。
「え、誰!?」
「私はマリア、夢を司る天使よ」
マリアと名乗る女性は誇らしげに胸を張りながら言った。と言っても張る胸など無さそうだが。
「えぇっと、ここはどこ?」
最もな疑問をぶつけると不思議そうな顔でマリアは俺のことを見てきた。なんだこの可愛い顔は、初めて見るレベルだ。
「ここは夢の世界の入り口、あなた飲んだでしょ?夢を見せる麦」
「ん、つまりはあれか、あのビールを飲んだらこの世界に来れるってことか」
「あら察しが良いわね、あれを飲んだ人しか来られない場所なの。そしてここで体験できることは自分が望む世界を思う存分楽しめるっていうものなの」
正直ぶっ飛んだ話が過ぎるから半信半疑なのだが、ここは夢の世界、睡眠中に見る夢だからきっと現実世界とは関係ないのだろう。
そんなことを考えているとマリアが手を差し伸べてきた。
「さぁ、どんな夢をお望みますか?」