60.懐かしい声 ※香里奈視点
私は急いで兄を追いかけるが、すでに兄は家に帰っているのかどこにもいなかった。すぐに追いかけたはずだが、体力がついた兄は速かった。
「ねぇ、あの動画見た?」
「見た見た! 最近話題になっているけど、あのブサイクさはないよね」
「結婚したら子どもが残念だよね」
私の考え過ぎなのかもしれないが、話をしながら帰ってる女子校生達の言葉が、全て兄のことを言っているように感じる。
やっと学校に行けるようになったのに、ひょっとしたらまた不登校になってしまう。私の頭の中はそのことだけでいっぱいだ。
見た目が変わって、SNSで少しずつ話題になることで周りの見る目が変わると思った。だが、すぐに現実を思い知らされる。過去が常に付き纏ってくるのだ。
私は急いで家に帰ってスマホを充電する。その間に兄が帰ってきているか確認するが、兄は自分の部屋にもいなかった。
玄関に入った段階で靴があるか確認すればすぐわかることなのに、今の私にはその余裕もなかった。
やっと電源がついた画面の中には新着通知が1000件以上書かれていた。
全て兄の動画を投稿しているSNSからだった。
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孤高の侍 1分前
今が良ければ全てよし! 拙者は応援するでござる。
▶︎返信する
フルーツポンチ 1分前
応援していたのに残念です。ブサイクには興味なし。
▶︎返信する
さる 2分前
あれって本当にKARINAのお兄さんですか?
▶︎返信する
taka 2分前
お前の兄貴はブスだな。ひょっとして本人も整形?
▶︎返信する
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スマホをスクロールしても一番下が見えないぐらいコメントが続いていた。
"応援している"、"仲良し兄妹の動画が見たい"って内容ばかりであれば良かったが、内容のほとんどは誹謗中傷する言葉ばかりだ。
ネットの中で傷つけられた人の気持ちを理解できない人がこんなにいるとは思いもしなかった。
私がこんなことをしなければ兄はまた辛い思いをしなくて済んだのかもしれない。気づいた時にはすでに遅かった。
今度は私が兄を追い込む番になっていた。
自然と瞳から涙が溢れてくる。一番の兄の味方だと思っていた私が兄を裏切ってしまった。
その気持ちが私の心を蝕んでいく。
「本当の私って何もできない醜い妹だったね」
気づいたら私はなぜか脱衣所の鏡の前に立っていた。
そこに映る私はSNSで笑っているあのKARINAではなく、醜い香里奈だった。
鏡に手を触れると少しずつ腕が鏡の中に入っていく。気持ち悪い光景なのに、なぜか私は懐かしいと感じてしまう。
「なんでこんなことになったのだろう。顔が変わったのは私の方なのに――」
無意識に私の口は動いていた。わけのわからない現象に驚きながらも、どんどん鏡の中に誘われている自分がいた。
体が全て鏡の中に入ったときには、聞き慣れた声が脳内に響く。
【KARINA様おかえりなさいませ!】
脳内に突然聞こえてきたデジタル音声のアナウンスに、私は忘れていた幼い時から今までの記憶が全て戻ってきた。
気持ち悪いと言われ続けた毎日。
逃げていた自分。
それを解決したのはこの鏡の異世界だった。
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