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寄港地 その4

終わらん。

もっと書けと、何かが囁く・・・

船は進む。

半月近くの航海の後、ようやく港へ。

今回も、ミステリーということで、何処の国の港なのか、スピーカーは言わない。


「さて……今回もターゲットは多分……下りるな、やっぱり。それじゃ、俺も下船申請するか」


この港も、寒い風が吹く。

シベリアと同じような緯度になるとするなら……

ここは、アラスカか?

それなら、耳に馴染んだ英語が聞こえるはずだ。


それにしても、この船、航路の設定が無茶苦茶だ。

普通なら、シベリアから北ヨーロッパ方面へ行くのが定番だろうに。

それはともかく。


ターゲットが下船していくのを見送り、少し経ってから俺も船を下りる。

いつものようにタクシーを使うと踏んだので、港近くのタクシー乗り場へ。

アメリカ本土で使い倒された、オンボロタクシーのイエローキャブが多数停まっている。


俺は、いつものようにチップをはずみ、タクシーの運転手連中から情報を聞く。

ここは、クイーンズポートと呼ばれる港町。

例のエセックス州のキングズポートと対になるような街らしいが、あっちのように、ある業界の人たちには超有名な街ではない。

辺鄙な田舎町で、特産品と言えばタラが大量に……

獲れた時代もあったという。

今ではタラ漁も細々となり、周辺の町へ出荷するくらいが関の山だと。


「ただね、この頃じゃ、思いがけない流行で、この街に観光客がやってくるのさ」


「へぇ……この街独自の祭りでもあるのかい?」


思いつきで聞いてみたんだが、


「ほう、あんた、勘が良いね。その通り、この街独自の「魔女様の祭り」が、とある小さな旅行本に取り上げられてね。それがネットで話題になり、ちらほらと「聖地巡礼」とかで、祭り見物に来る奴らが多くなったんだ。ただねぇ……一年に一度の祭りなんで、それ以外の季節には、観光客なんて来やしない。たまにくる観光船の客相手に稼ぐくらいしか、外貨の入手方法がないんだよ」


魔女様の祭り、ねぇ……

きな臭いな、この街も。


タクシードライバーに聞いて、この地の古老に話を聞いてみようと思った。

ターゲット?

まあ、様々なところに行くけれど、例の割符のようなものがないと入れないような店や家に行くってのが分かってるんで、こっちはこっちで情報収集だ。


「旦那、ここですね。この街で一番、古い伝説や言い伝えに詳しいってのは」


タクシーが停まったのは、これも得体のしれないグッズショップのような店。

生活用品とかも売ってるらしいが、得体のしれないアイテムも並ばべられているのがミスマッチ。


「おーい、店主よぉ。お客さん、連れてきたぜぇ」


タクシードライバーも降りてきて、店に入って声をかける。

ご近所と言うか何と言うか、そういうもんなんだろうな。


「はーい、何でしょ。あら、ベンさん。お客さん、連れてきてくれたって?まぁまぁまぁ、いらっしゃい!お土産品も色々と揃ってるんで、見てってね」


土産を買うのもそうだが、俺は土地の伝説や神話、言い伝えに関心があると言うと、


「あれま、あんたも、その口かい。まあ、本家本元のアーカムやらインスマウスやら、誰も彼も口が硬いらしいからねぇ……こっちじゃ、あんまり土着信仰に執着してるわけじゃないだろうけど、それでも昔からの信仰を大事にしてる人は、口が重いものなんだ」


「それじゃ、少し土産物を見繕って買わせてもらうよ。ほぉ、ポリネシアの方で見かける人形やら、こっちは黒い石?何に使うんだ?」


「あ、それね。昔からの言い伝えでね。その黒い石を懐に入れて漁に出ると、大漁になるって言われてるんだ。昔は効いたお呪いらしいんだけど、今じゃ泣かず飛ばずの不漁続きなんだ」


「ふぅん……こっちは石でできた黒猫、こっちは石でできた……人魚?いや、上半身魚で下半身人間の反対人魚?」


「どちらも縁起物さ。黒猫の方は、陸上での無事を祈るもの。逆人魚の方は、時化ってる海でも無事に帰ってこられるようにってね」


「ふーん、そいじゃ、黒猫を10個ほど貰おうか。デザインもかわいいし、これなら日本でプレゼントしても良いかな」


「オー!あんた、日本人かい。珍しいね、この街に日本人とは。日本人の旅行者は、どうしてもアーカムやインスマウス、ミスカトニック大学へ行くやつが多くてね。この街は、忘れられて久しいのさ、時の流れと人の記憶からも……」


俺は、全てを諦めたような主人の乾いた笑いを聞きながら土産品を選んでいった。

最終的に黒っぽい自然石を加工した動物シリーズを20個ほど追加で買う。


「ありがとう、こんなに売れたのは久しぶりだよ。さすがに日本人だね。エコノミックアニマルってのかい?もっと金に汚いかと思ってたんだけど、あんたは別さ」


おいおい、エコノミックアニマルって、いつの時代だ?


「昔は、そう言われてた時代もあったけどね。今は、労働者も雇用者も、共に歩む……とは、未だに言えないかも知れないが、少なくとも、汚い金の使い方をするような教育はされてないよ」


「ふーん……この国と同じような自由主義陣営かと思いきや、けっこう社会福祉に力入れてるんだね、日本ってのは。あーあ、あたしも日本に生まれたかったねぇ……今じゃ、アニメと寿司とオタクの国だって?予想もつかないよ、あたしにゃ」


「まぁね、日本人同士でも分かりあえない文化ってのもあるんだよ。ちなみに、和食ってのも文化の一つになってるんだが」


「で?何を聞きたいんだい?ここまで買ってくれた上客、サービスするよ」


「あまり外に出ない、この地に伝わる伝説や言い伝え、神話について聞きたいんだ。特に、アーカムやインスマウスに無い言い伝えなんかあるなら聞きたい」


「……奥へ。うちにある写本は、ミスカトニック大学でも所蔵されていないものなんだそうだよ。譲ってくれと大学から言ってきたけど、我が家の宝だと断ったんだ」


話がまとまって、俺は店の奥、倉庫を抜けて、家の書庫へ。


「すごいな、これを二百年以上も所持してるなんて大変だろう。特に、紙が酸性紙のようなんで、保管には特に気をつけているようだな。この部屋だけ本格的な冷暖房装置が備え付けられているのが、先代の力の入れ方だな。これは個人で維持していくのが大変だろうに」


「分かるかい。あたしの店の収入のほとんどを注ぎ込んで、この書庫を維持してるんだ。まあ、あたしの目が黒いうちはミスカトニック大学には渡さないけれど、あたしが死んだら娘にゃ、大学へ売り払えと言ってあるよ。有効活用してくれるかどうかは別として、保存と保管は確実にやってくれるだろうから」


外へ持ち出すのは厳禁だが、この書庫の中で読むのは自由に、という事で、俺は貴重な資料や写本を読み漁る。


結局、この店には4日間、通った。

貴重な情報として、俺の今まで知らなかった神々のことも書かれていたり、今から未来へ伝えるべきことも書かれていたりしたのだが……

それは、ここで語ることではないので割愛する。


明後日、船が出港するって日。

俺は、港から少し離れた沖にある岩礁の調査をしている。

これは、ターゲットの件とは関係ないが、例の書庫で読んだ書物や写本に少し気になることが書いてあったため。


まずは、小型ボートを借りて、岩礁の近くまで。

大型船は入れない危険区域だと言うが、入ってみて分かった。

もう、海水に洗われて頂上が見えているような岩礁が、そこかしこにある。

これは大型船では座礁する、というか、中型の漁船でも無理だぞ。


ははぁ、漁獲量が激減したのは、こいつが原因だな。

昔ながらの小型船ばかりなら、タラの良い漁場となっていたはずの岩礁地帯なんだが、現在の大型漁船全盛の世では、ここに入るのは死ぬようなもの。


俺は釣り糸をたれて、まるまる太ったタラを10匹ばかり釣り上げ、土産物屋へ持っていってやる。


「今の大型漁船での漁は無理だけど、小型漁船中心なら、あの岩礁地帯でのタラ漁はお勧めだよ。昔ながらの漁じゃ無くなったんで、自分で自分の漁場を締め出したようなもんだ」


「そうかい、今のタラ漁のやり方が不味かったのかい。ありがとね、日本人。あんたにも、神のご加護がありますように」


ありがと、と声をかけて、俺は船に戻ろうと……


ぐい、と思いもかけない力で片腕を引っ張られる。

思わず、たたらを踏みそうになったが、何とかこらえる。


引っ張られた方を見ると、見るからに「インスマウスつら」とでも言う、例の魚と人間の中間のような顔をした老人?(下半身は老いているようだが、上半身は若く見える。まあ、魚みたいなご面相に、若いも老いも無いとは思うが)が。


「余計な事をするな。岩礁には、限られた人間しか入っちゃいかんのだ!お前は、禁を犯した。死なねばならぬ」


「おっと、それは知らなかったな。あの「悪魔の岩礁」みたいに、岩礁の底には魚人たちの国があるってか?」


「それを、どこで知った?まあよい、どうせ死にゆく運命だ」


改めて、俺の服の袖をガッチリと掴み、そいつは海の方へ俺を引っ張っていく。

このままじゃ、俺は海に落ちて、溺死体となる運命。

ええい、ままよ!


「魚にゃ、猫かな?」


土産屋で買った、黒猫の黒っぽいアクセサリーを、魚人の面の前に突きつけてやる。

よほどのショックだったんだろうな、俺の袖を離すと、慌てて海へ走っていった。


ドボン!


海に落ちたか飛び込んだか、そのまま静かになる。


ま、猫が勝ったということか。

俺は、一日早いとは思いながらも、船へ戻る。

ターゲットは、もう船に戻っていたんで、目的とする情報は手に入れられたのか、それとも駄目だったので早めに諦めたのか。


俺は、この船にいれば何の心配もないと確信していたので(そうでなきゃ、ターゲットが乗り込むはずがない)船の中で報告書を書くこととする。

出港前に書き上がり、所長に送った途端、汽笛が鳴り、船が港を離れる。


出港時に例の岩礁を探したが、港の近くには無いようで見えなかった。

もしかして、夕闇で見えなかったのかも知れない。

少なくとも、海面には魚や人の泳ぐ姿は見えなかったと言っておこう。


船は、また航海を続ける。


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