寄港地 その1
俺、斎場 八十一は、とある探偵事務所の助手。
今日も今日とて、俺は所長から命じられた仕事の関係で大型旅客船の中に。
あ、船員とかに化けて尾行とかではなく、今回は何と!
世界一周観光ツアーのツアー客の一員として堂々と参加してる。
それもこれも今回の依頼者のせいだ。
あれは、そう、三週間ほど前の話……
「探偵さん、依頼なんですがね。うちのご主人様の……その、言いにくことながら……素行調査をお願いしたいんですよ」
普通、こんなところへ来る人種じゃない人が事務所にいる。
なんと、スーツを纏う姿が決まりすぎるほど決まってる初老の紳士。
「執事」という、ちょいと古い言い回しが、これほど似合う人もいないだろうと周りに思わせるほどの老紳士だ。
「お引き受けするのは簡単ですが、そちらの家は、こんな探偵事務所じゃなくて、お硬い大きな興信所使われたほうが良いのでは?」
所長が、いかにもな相手に苦労してる。
そうですか、はい調査しました、これが報告書です……
では終わりそうもない案件だよねー、こりゃ。
「いえいえ、お願いする状況を考えれば探偵事務所のほうが良いのでないかと、奥様と私とで愚行いたしましてですね」
うちの事務所以外で調査した結果報告書を、ばさりとテーブルへ。
所長の視線で俺も加わって、その過去の調査報告書を読む。
数十分後……
「すいません、これを読むと旦那様は無実のように思われるんですが?」
分厚い報告書を俺と所長の二人で読んだ結論だ。
「浮気もしなきゃ、どこかに愛人がという気配もない。少し心配なのは、お仕事の都合上、世界を飛び回っておられることですが、来月で円満退職ですよね。これからは奥様と一緒に家におられるのでは?」
「いえ、それがですね。来月早々、退職したら、その足で世界一周観光ツアーにでかけたいと旦那様が」
「ご夫婦で?」
「旦那様は、そのつもりだったのでしょうが……奥様が船がダメでして……巨大観光船での世界一周、四ヶ月なんですよ」
「え?失礼ですが、それでは、ご主人様が一人で行くことに?」
「ええ、私は家のことで忙しいですし、奥様に定期的に報告してくれる方がいないかと」
ははぁ……
分かってきたぞ。
「大きな事務所だと数ヶ月もの海外出張依頼案件では無理なところも多いですからね。まあ、その点、うちくらいですと、こちらの探偵助手、斎場などは、そんなご依頼にピッタリかと」
所長は俺の背中をドンと叩く。
「何人も、というわけにも行かないでしょうから、そんなご依頼でしたら、こいつが適任ですね。少々の荒事でも大丈夫ですし、何かおかしな事態に陥ろうとも、ちゃんと解決してくれますので」
所長……
俺が、そんな依頼外の荒事は無理ですよ、という視線を浴びせると、所長は……
「いやー、世界一周観光でしょ?色々な国やら宗教やら、お国の儀式とやらもありますからねぇ……こちらの斎場なら、そのへんのサポートも抜かりはありませんよ」
変なことを執事さんに言い出す。
ちょっと、所長ってば!
俺の視線が焦りを帯びてきたと分かったのか、
「少し別室で相談してきますね。お茶を入れましたので、こちらでお寛ぎ下さい」
執事さんを残し、隣の会議室へ。
「所長!俺は英語も他の外国語も話せないんですってば!」
俺が何とかこの依頼物件から外れたいと言うと、
「斎場、この案件は君じゃないと無理だぞ。見えちゃったからねぇ、何しろ」
所長の一言で決定した。
で、俺は今、一人旅となった某財閥のご主人様の世界一周ツアーの参加者となって一緒に旅してるわけ。
もちろん、ターゲット本人は俺のことを何も知らない(夫人も執事も同行してない、旦那の一人旅ってこと)
今回の俺の心の友はリアルタイムの多国語翻訳機。
所長の伝手で、どっかの会社の最新開発機種を借りてきたんだそうで。
「良いんですか?壊したら、高く付きそうだなぁ……」
俺の愚痴に、所長は、
「斎場、保険はかけてある。いざとなったら、ぶち壊しても構わん」
最低でも中のメモリカードだけ無事なら良いとのことで、俺も納得。
ちなみにリアルタイムで日本のサーバとアクセスしてるんだそうで、言語の辞書データは常に最新のものが入っているのだそう。
ターゲットの旦那の方はと言うと、こちらは外国言語にもお達者で、あちらとは英語、こっちでスラヴ語、そっちじゃスワヒリ語と多言語が飛び交う中で、自前の脳で対処していらっしゃる。
あっちの頭脳が欲しかったなぁ……
まあ、欲をかいても仕方がない。
俺には万能の翻訳機と、この腕っぷしがあらぁな。
日本の港を出てから数日。
ここはアジアの某国の港。
水や食料、重油の補給のため、一週間ほどの停泊をするんだと。
ターゲットが船を降りたため、仕方なく俺も下船する。
尾行は慣れたもんで、至近距離でも、
「あ、世界一周ツアーの参加者です。土産物と、珍品コレクションで、こういう裏道をうろつくのが好きなんですよね」
などという会話で、ターゲット以外の参加者と偶然に出くわしても大丈夫なくらいのスキルはある。
それにしても初老という結構な年なのに、こんなヤバそうな裏道も裏道、スラム街の細道を歩くとは……
俺でも正直、好んで歩きたくはない路地だ。
と、ターゲットが、とある家の看板を見て、そこへ入っていく。
見るからに胡散臭そうな番人みたいな野郎がターゲットの見せた紙を見るなり、少し怯えた目となり、ヘコヘコしながらターゲットを店(?)に入れる。
家じゃなくて何かの店だったようだが、それにしては小さい。
普通の家の玄関や土間くらいが店の販売スペースだろうか?
「すいません、聞きたいことがあるんですが。ここは何の店なんでしょうか?」
翻訳機頼りだったんだが、俺は、その番人に聞いてみた。
答える代わりに殴りかかってきたんで腕の一本折るくらいで勘弁してやる。
それからは従順に喋ってくれましたよ、現地人のお若い方。
「ここは、古い古い、人間より古いものたちの記念品を扱う店だ。符丁を見せて、それが合うものしか入れない決まりになっている。あんたが無理やり入るのは止めようがないが、そんな事をすれば古い古い神々の呪いを受けるだろう」
その答えに満足した俺は折れた腕を入れてやる。
折ったと言っても関節を外しただけなんで、後は外科へ行けば大丈夫だろう。
「ま、大丈夫なんだよ、俺は」
それだけ言うと俺は青い顔色の番人を横目に、店に入る。
「おや?えらく場違いなお方が入ってきたね……とは言うものの、あんたも普通じゃなさそうだ。いいよ、そこにあるもので気に入ったものがあるんなら売ってやるよ」
女主人らしいが、ひと目で俺の中身が分かるとはね。
俺は、ケースにも入れずに、ざらっと並んでいる品々を眺める……
「ほぅ……こりゃ古そうな彫刻だね。しかし、普通の人間が持ってたら、数日でナイフ持って集団殺人でもやらかしそうな狂気が渦巻いてる作品だね。こっちのタペストリ?いや、石碑か何かの拓本か?こっちも中々に悍ましい雰囲気があるねぇ……これは番人がいて正解だったな。この店は客を選ぶ」
正直な感想なんだが、女主人は薄笑いを浮かべつつ、
「久々に笑わせてもらったよ。てことで、何か一つ買ってかないか?神々の使徒よ」
こいつ、俺の正体に気づいてるかな?
そこまで俺の中から邪気が漏れているとは思えないが。
「ふーん……それじゃ、この、ヒトデ型したペンダント、一つもらおうか。この中でも、こいつが一番、穏健そうに思えるんで」
おや?
という目で俺を見ると、
「そうかい。海の神様の眷属じゃなかったかい。なら、そいつ、大事にしな。いざってとき、あんたを守ってくれるかもよ」
少々、値は張ったが、調査費は前払いで随分貰ってたんで支払いに問題はない。
「で?俺の前に初老の旦那が入ってきたはずなんだけど?何処行ったか知らない?」
「ああ、あの旦那なら店を通り抜けてスラムの奥へ行ったよ。あんたは止めときな。あんたの神様の力じゃ、この奥はヤバい。護符も持たずに行けるところじゃないよ」
心底からの怯えが目の中に見えたので、俺は素直に店を出て、船に帰ることにする。
が、気になったので、女主人に、この土地の言い伝えや神話に詳しい人か施設はないかと聞くと、
「***にある薬局の老主人が詳しいよ。そりゃもう、あたしなんか比べものにならんくらい」
ありがと、と礼を言いつつ店を出て、俺は教えてもらった薬局へ向かう。
で、俺は今、トゥクトゥクに乗ってる。
手っ取り早く言えば3輪の軽タクシーだ。
普通の道も、路地も裏道も、この小さな車体と3輪と600cc前後のエンジンの力でスイスイ。
冗談抜きで、俺も日本での愛車として、こんなのが欲しくなる(ただし高速道路は普通に走れない……時速100km出したら横風で倒れるな、こりゃ)
まあ、日本じゃスーパーカブと250ccバイクで使い分けするほうが無難か。
「旦那、その薬局、そろそろよ。でも、俺、あまり近づきたくないね。もう少しで下ろすよ」
「ああ、悪いね。帰りも乗せてほしいんで待っててくれるかな」
遠くで待つよとのことで500mほど離れた地点で下ろされる。
あそこが、例の薬局か。
店の前に立つ。
店構えは立派な漢方薬局だが……
凄い違和感を覚える。
何しろ店の名前が、
異次元薬局
ショーウィンドウに飾ってあるものも、朝鮮人参とかの漢方薬の成分陳列ではない。
太古のミイラ(子供か?えらく小さい)が飾ってあったり、こっちには黒い何かの粉末が皿に盛られていたり。
漢方成分か?
と見ると、そんな生易しいものじゃなく、こりゃ、マンドラゴラだ。
それも50cm近くある大物。
さぞかし大量の犬が死んだだろうな、こいつ引き抜くのに。
俺は、意を決して店の戸を開ける。
「おんや、えらく雰囲気の違うお人が来たもんだ。精力剤なら抜群に効く物があるよ」
まったく、人を外見だけで判断しないで欲しい。
「違うよ、ここは****の女主人から聞いてきた。土地の古い神話や言い伝えを知る人がいると」
「そうかい、あんた、そっち方面の人だったかい。じゃあ、ちょいと試させて貰うとするかね」
店員は、そう言うと明確な殺気を放ってきた。
数秒は耐えるが、それだけじゃ済まないと気づいたので俺も殺気と覇気を解き放つ。
数十秒後……
「ん、ふぅ……合格だよ。あたしの肌が総毛立ってる。なんてぇ気を放つんだろうね、まったく。そこにある扉を開けて4つ目の部屋に、お爺さんがいるよ。お爺さんなら、あんたの疑問に応えられるだろうさ……途中で死ななきゃ、ね」
疑問をたっぷり含んだ状況で、俺は横にあったらしい、古めかしい扉を開ける(店員に言われるまで気づかなかった扉だ)
開けて4つ目の部屋と言ったな。
左右交互にドアがある。
ここか。
俺はドアをノックする。
「どうぞ、入りなさい」
俺は部屋に入る。
薄暗い照明が点いているだけの、殺風景な部屋だ。
そこには老人と、老人の趣味だろう油絵のイーゼルがある。
「あんた、儂に、ここに伝わる神話と言い伝えが聞きたいんじゃと?」
「そうです、そのために来ました」
「そうか……あんたの正気が、どこまで保つのか分からんが、できるだけ儂の知る限りを語ろうか……」
老人の語る、この土地の、古い古い神話とは、ここに西洋からの思想が入る、ずっと以前からの話だそうで。
曰く、
「ここには、儂らの祖先が来る、ずっと前から、水の神が住まわれておった。その水の神は、名前は人が出せる音ではないが、確かに名前のある神だったそうじゃ。その神は、先祖が、この地に来てからも、しばらくは先祖と共におったそうでな。先祖たちが神に供物を捧げる代わりに神は豊漁と繁栄を約束してくれたそうな……ただし、ある時、その約束が破られてしもうた」
「その事件があったので、今はもう、その名前のわからない神様は、この地を去ったので?」
「いいや、そのくらいで神が住まう地を変えたりはせぬよ。ただし、神との約定を違えし者たちには神からの大いなる罰が下された。その地に豊漁と繁栄は数年にも渡って訪れることなく、飢えて死ぬものや、隣り村を襲って食い物を漁る者たちが溢れたそうじゃ」
「そこで先祖は考え違いをしておったことに気づいてな。神への供物があったからこそ神は繁栄と豊漁を約束してくれたのじゃと。供物が途切れれば、そこで約定は終わるのじゃと」
「ご先祖は供物の儀式を再開したと?でも、飢饉だったんですよね?」
「供物とは何も海や山の幸だけではない……人も供物の対象になっておった」
という事は……
「人身御供というやつじゃな。その儀式を再開してから翌年にはまた豊漁と繁栄が約束され、先祖は豊かな食料と、他部族との戦での勝利を約束されることとなる」
「え?戦の日常?それは領土の拡大とか?」
「それもあったかもしれん……しかし、それは、ついでの話。戦が日常となったのは自分たち以外の者を手に入れることじゃ」
そ、それは、もしかして……
「そう、あんたの想像通り人身御供じゃよ。名も知らぬ神は人身御供の生贄を殊の外、お喜びになり、その生贄を途絶えることなく欲した」
ごくり……
つばを飲み込む。
俺は喉が乾くのをこらえきれなかった。
「ご先祖は生贄となる者たちを定期的に神へと供えねばならなくなった。1度は、昔のように山海の供物を捧げようとしたらしいのじゃが、神が喜ばず、次の年には豊漁と戦の常勝は途絶えたらしい……で、血なまぐさい儀式を続けるしか無かったご先祖たちは……」
「嫌になっても続ける以外、手段がない……」
「ようやく、そのころ入ってきた白人に、新しい生贄が来たと思ったらしいが、新しい武器や、その戦の方法に勝てず、村を放棄して逃げるしか無かったという……」
ああ、永遠に続くと思ってた繁栄と、それに増して生贄儀式の辛さが、どちらも解消されたってことか。
「で、新しく入ってきた白人たちには、この村が悍ましい生贄の儀式を日常的に行っていたと気づき、全てを焼き払ったそうじゃ。神への供物を捧げた祭壇も、神の言葉を受け取るシャーマンの小屋も、儀式を行う聖地も、すべて壊し、焼き払い、邪教の神の痕跡を残さず消したそうじゃ」
「え?でも、おじいさんたちの祖先は、また戻ってきたんですよね?」
「戻ってはきた。きたんじゃが、そのころには、名も知らぬ神の姿も、祭壇も、そして、儀式の内容も全て失われてしまった……今の儂らは、ただ古い言い伝えと神話を覚えて、子孫に伝えるだけのことしかできんのじゃよ」
徹底的にやったんだろうなぁ、キリスト教の伝道師や教会は。
ただでさえ、首刈り族とか言われてた、その時代の部族だからなぁ……
邪教や異端は、焼くか破壊するか、どちらか。
まあ、そのおかげで、その発音できない神とやらの正体すら、今では分からなくなってるわけだが。
「良かったのか、悪かったのか。それは後の歴史が判断することだな。少なくとも、あんたたちの現在には良いことだったのかも知れない」
「儂らの過去と現在を知って、それを言うてくれるのか……異国の客よ、そなた、もしや、名も知らぬ神のことを何か知っておるとか?」
「もしかして、と思う神はあるが、それが正解だとは限らない。お爺さん、これだけは覚えておいてくれ。神々との契約など、するものじゃない。人の知らぬ神々の、ほとんどが祟り神なんだ。人から関わって、何か利益があるかと言えば何もない……災害と同じだ。神の怒りを鎮められるとか、災いを取り払ってくれるとか、幻想だよ、全て」
「で、では、儂らは、このまま神への信仰を抱いていくべきなんじゃろうか?教えてくれ、異国の客よ」
「祀るべからず、称えるべからず。小さな石碑でも建てて、それを年に一回、拝むくらいにしておけ。それ以上、神の気を引いちゃいけない。契約など、もってのほかだ」
「そうか……そうじゃろうな……儂は、神に近づきすぎたのか……」
老人は、イーゼルに立て掛けた絵をとり、俺に向けて差し出す。
「最近になり、魂すら蝕む悪夢を見るようになった。これは、その風景を描いたものじゃ。あんたの忠告に感謝すれども、そのお返しに、儂はこれくらいしか差し出すものがない。感謝の印と思い、受け取ってくれ」
白い布が掛けられた絵は、そんなに大きなものではなかった。
大きさ的には、B4版をもう少し大きくしたくらいのものだ。
荷物にもならないと思ったので、俺は感謝しつつ、その絵を受け取る。
「最後に忠告じゃ。その布は、ココぞという時以外は取らぬほうが良い。ではな、異国の客よ」
その言葉を聞いた後、俺はどうやって店の出口に行ったのか覚えがない。
「あんた、無事に帰ってこられたのかい!それに、絵まで持って!いやー、今日は不思議なものを見たね。これ以上、会うことはないと思うけど、無事でな」
店員らしき声に見送られたのは覚えているが、意識が戻ったのはトゥクトゥクに乗って帰り道を揺られてる時だった。
「旦那、すごいね、あんた。俺も、これまで10人以上の猛者を、あの店に連れて行ったが、五体満足で怪我すらなしで帰ってきたのは、旦那だけだ!すげーな、それに、そりゃ、絵か?そんなの持ち帰ったのは、旦那以外に知らねーぞ、俺は」
船に戻ったのは、明日が出港という時間だった。
俺は、あの店で何日過ごしていたんだろう?
船は、得体の知れぬ謎を残しながらも港を出る。
俺も不思議な体験をしたが、ターゲットの旦那は何をしていたのか?
帰ってきたのは、ほぼ俺と同じくらいの時刻だったという。
これは船員に確認している。
船は、次の目的地へと舵をとる……
俺とターゲットは、否応なしに神々の物語に巻き込まれていくのだった……




