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その三十二 告白4

「僕は捺稀さんの事が好きです。好きで好きでたまらない。約束を守るのこれ以上無理です」


 捺稀さんの顔がピンクに染まる。耳が真っ赤になった。


「約束の事はもういいよ。ごめんね、きみにひどい約束をさせちゃった。

 そして、ありがとう。本当は何時いつ言おうかずっと悩んでいたんだ」


 捺稀さんは瞑目し唇を結ぶ、少しそのままでいた。目を開けると僕の瞳を覗き込んでそのピンクの唇を開いた。


「真仁くん。わたしはあなたの事が好きみたいです」


 心臓の鼓動が跳ね上がった。繋いだ掌に汗が滲む。


「いつからか、覚えていないけど。いつの間にか真仁くんの事ばかり考えるようになっていた。それで、判った。これが、恋する気持ちなんだと。

 最初の感情は戸惑いだった。夏休みの前に真仁くん女の子に告白されたでしょ。あの頃はまだ好きって気持ちは形になってなくて。あれは、焦ったんだ。混乱して応援するなんて言っちゃって、後で後悔したったらなかったよ。でも、断ってくれて安心したんだ。

 次は、従兄が日本にやって来て案内であちこち回って、説明とかしてたんだけど、ちっとも楽しくなかった。その時、真仁くんと一緒に回っていたらと考えたらドキドキが止まらなくなって。やっと気がついた。

 ワシントンDCに向かう時に見送りに来てくれたのすごく嬉しかったんだ。でも、真仁くんの告白を断ったわたしにあなたの事を好きと言う資格があるのか」

「そんな、資格なんて……」

「うん、判ってる。真仁くん優しいからそう言ってくれるって思ってた。わたし、真仁くんにもっと甘えてもいい?」

「大丈夫。僕は最初から君の事好きだから」

「ありがとう。わたしたち付き合ってるってことになるんだよね」


 捺稀さんは瞳を閉じて軽く上を向く。唇が軽く開いて吐息が漏れる。これは大丈夫だよね。経験がないので不安だけど、求められているんだよね。


 僕も軽く目を瞑りそっと彼女の唇に自分の唇を合わせた。冬の冷たい空気で凍えた唇が、触れあい熱を帯びて柔らかく融けていく。暖かくて柔らかい唇。触れ合う舌の感触に身体が熱くなり頭の芯が痺れくらくらした。僕のファーストキスだった。


 彼女の背中に腕を回す。冬の寒さで冷えきった大理石の手すりがふたりの体温で暖まっていくようだ。優しく抱きしめると強く抱きしめ返された。

 瞳を覗き込むと不安の色が浮かんでいる。なぜだ。いやな予感がする。喜びの絶頂に足下から不安が忍び寄る。


「どうしたの。なんだか辛そうなんだけど」

「ごめんね。わたしわがままなの知ってるよね。真仁くんにもっと甘えることになる。これから話す事を聞いてわたしを嫌いになって良いよ」


 さっきまでの歓喜が嘘のように不安感に取って代わられた。なんだろう、いやな予感が不安を煽り膝が震える。


「とりあえず、どこか座ろう。そうだ、公園にベンチがあったはず」


 ベンチに並んで腰かける。前と違って今度は隙間はない。捺稀さんがぼそっとしゃべり出す。


「お母さん、ワシントンDCのシンクタンクへの転職が決まったの」


 どきっとする。これから彼女が話そうとする内容に予想が走る。


「わたし最近まで知らなかったんだ、お父さんのこと。お母さん絶対教えてくれなくて、おかしいよねお父さんいない筈ないのに。

 去年の文化祭が終わった頃にお母さんがやっと教えてくれた。お父さんはもう亡くなっていたんだけど、お父さんの家系と言うのが英国の貴族に連なる上流階級で、お母さんは15歳、今の私と同じ頃だね。アメリカに留学していたお母さんとお父さんは出会い、愛し合って私を身ごもったの。でも、いろんな事があって別れるしかなくて、お母さんは日本に戻って私を産んだの。お母さんは私のために目指していた学問の道を諦めて別の道を目指す事になったって」


 彼女の語った事は、日本の平凡な高校生の僕の想像を超えたものだった。


「従兄のフレデリック、覚えているよね」

「うん。もちろん」

「お父さんの実家はワシントンDCにあって、当主の人、わたしの曽祖母ひいばあさんに当る人、がもう長くなくて財産分与のため一族の調査のため来日してたの。私もお母さんもそんな会った事もない人たちの事はどうでも良かったんだけど。向こうで暮すお母さんとしては話をしておかないと面倒な事になりそうで、とりあえず会うだけでもと言うことだったの。結局流れで私が日本のあちこち案内して回ったんだけど。

 真仁くんと会えなくてごめんね、本当は一緒に夏祭りに行きたかったんだ」


 それから捺稀さんが説明してくれた事は僕にはショックだった。混乱して詳しい細部は覚えてないんだけど、結局捺稀さんは博物学の勉強のためアメリカに行ってしまうと言うことだった。


 最初の感想は超長距離恋愛になるのか、だった。


「僕は大丈夫、そんなことで気持ちは変わらないよ。でなければ半年も待ってないさ」


 話を良く理解できずに固まっている僕に捺稀さんが寄り掛かってくる。

 耳元に暖かい息が掛かる。


「真仁くん。どこかふたりだけになれるところに行きたい。着物も苦しい」


 ゾクゾクする。これは、あれですよね。大丈夫なんですよね。大人の階段昇っちゃうの?

 考えたのは0.5秒。僕の部屋…… はダメだ、元旦だし家族が揃ってる。彼女の部屋…… も同じだ。どうする。懐はお年玉で暖かい…… ダメだ難易度が高すぎる。


 その時、僕の脳裏に浮かんだのは、初めて博物館に行った時に嬉しそうに説明してくれる捺稀さんの顔だった。重ねて茉利香まりかさんの言葉『誰もが不幸になるような事だけは許さないわ』。

 今日、捺稀さんの気持ちを聞いて盛り上がってふたりで大人の階段を昇るのが悪い事だとは思わない。ふたりとも互いを求めている。心と身体で互いを確かめあう事は自然な事だ。

 でも、頭の芯が醒める。急過ぎる。何も準備していない。それよりも何よりも僕は着付けができない。情けない。


「捺稀さん。変な事聞くけど、着付けできる?」


 判ってる、ムードぶち壊しだ。


「うーん、ちょっと無理」

「そうか。ごめん。捺稀さん、(急過ぎるし)、今日は帰ろう。もう日も暮れて寒くなってきた」


 いつの間にか冬の太陽は沈みきるところで残照が世界をオレンジ色に染めていた。

 捺稀さんの口がとがる。


「意気地無し」


 次の瞬間、彼女は笑顔になって立ち上がった。


「さあ、帰ろう。真仁くん今日は家で食事して行くでしょ」


 捺稀さんの家でのお呼ばれが元旦になるなんて想像もしてなかった。

 本格的お節料理に食べた事も見た事もない料理が並ぶ。部屋着に着替えてきた捺稀さんは隣に座らされた僕に上機嫌で料理を勧めてきて、その名前と由来とまつわる様々なエピソードを紹介してくれた。それにお祖父さんが補足したり、間違いを訂正したり、楽しい夕食を過ごす事ができた。


 何より嬉しかったのは彼女が僕の事を初めて顔を合わせる祖父母さんに「わたしの恋人の東雲真仁くんです」と紹介してくれた事だ。

 僕と云えば勧められるままにお屠蘇を頂いてダウンしてしまった。


 目を覚ますと見覚えのない部屋のベッドに寝ていた。見回すとかわいいぬいぐるみとか本棚に置いてある。深呼吸をすると馴染のある良い香りが鼻をくすぐる。ああ、これは捺稀さんの体臭だ。ここは彼女の部屋で、僕は彼女のベッドに横になっているらしい。身体を起こすと椅子に座っていた捺稀さんが気がついた。


「大丈夫? 調子に乗って飲み過ぎたね。はいお茶」


 湯飲みでぬるめのお茶をいただく、胸焼けが落ち着いた。


「うん、ちょっと気持ち悪いけど、気分は最高だよ」


 それはそうだ、彼女の香りに包み込まれているみたいで深呼吸したくなる。


「ちょっと、あんまり匂いかがないでね。恥ずかしいでしょ」

「そんなこと、僕は幸せだよ」


 彼女がベッドの際までやって来て自然と唇を合わせる。彼女の身体の力が抜けた。


「わたしも、幸せ」


 ベッドに押し倒された。彼女の体重を感じ、香りを嗅ぐと下半身に血液が集まっていく。腕を回し彼女を抱きしめる。このままじゃあ止まらない。いいのか?

 そのときドアがノックされた。慌てて身体を放す捺稀さん。椅子に座り直した。僕も身体を起こす。


 ドアが開いて茉利香さんが顔を見せる。


「そろそろ、真仁くん、帰宅したほうが…… あらあら、お邪魔したかしら」

「いえそんなことは。え、もうこんな時間!」


 もう、午後九時を回っていた。まずい、有頂天になって家に連絡入れてない。スマホを開けると、メッセージが幾つも母さんや妹から入っていた。


「ごめん。帰らなくちゃ、……今日の続きはまた今度……」

「うん。またね」

「あらあら、怪しいわね」

「今日はごちそうさまでした。お礼にまた後日伺います」

「気にしなくて良いのよ。それより、捺稀と仲良くしてね」


 そう言って剣呑な光を帯びた瞳でにこりと笑う。この茉利香さんには敵わないと思った瞬間だった。


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