里帰り
最近は工房を軌道に乗せるのに忙しかったけれど、作業もスムーズに進むようになって、働いてくれる人たちとも打ち解けてきた。
みんな一生懸命で魔術が使えるようになる人も増えて、私が居なくても問題なく作業は進み、品質も安定するようになった。
工房はジルに任せてしまっても大丈夫そうだ。
今日は私の17歳の誕生日。
誕生日くらいは家族とゆっくり過ごしたらいいよとクロード様が言ってくださり、今日は実家に泊まることになっている。
ジャファルが用意してくれた隠れ家は今ではジルが寝泊まりする部屋になっており、そこから実家の私の部屋に転移した。
「僕も用事があるから付いていくよ。」とクロード様も一緒に扉を潜る。
私の家族に軽く挨拶するとクロード様はお屋敷に帰っていった。
私は私でお祖父様や母様と積もる話をし、結局は新しい商売の話になって、その話で盛り上がった。
揚げ物と石鹸を作りたいから油分の高い種を探して欲しいとお爺ちゃんに頼む。
ひまわりとか、アブラナとかゴマとかオリーブなんかが食用には向いている。
ナッツ類も向いているけどそのまま食べられるものを油にするとコストが高くなってしまうからね。
たくさん採れて簡単に育てられるものを探して貰う。
今年はどれにするか試作するだけなので樽一つ分づつでいい。
値段に見合う作物が見つかったら来年からは農家に頼んで育てて貰おう。
そんなはなしで盛り上がった。
夜になり、父様と弟も戻り家族で夕飯を囲む。
夕食の席で昼間の話をしていると父様が爆弾を落とした。
「お前はいつでも商売のことばかりだな。久しぶりで嬉しいのは分かるが明日領主様にご挨拶に行くんだ。どこまではなしが進んでいるのかそちらの話をしてくれないか?」
「領主様に?何のご挨拶?」
私は何も聞いていなかったのでのんきに答えた。
「何のって、お前。17歳になったんだろう?婚約の話の時にお前が17歳になったら婚姻すると言っていただろう?そのために二人で帰ってきたんじゃないのか?昼間クロード様が式の準備と打ち合わせのために明日時間をとって欲しいとわざわざ店まで来られたのだぞ?」
クロード様は何もいっていなかったけれど、よくよく思い返してみたら何か色々と準備をしていたように思う。
実家に帰る話だって、無理に一泊しなくたって良かった筈なのにうまく丸め込まれた形だった。
ちゃんと最初から式の準備に帰ろうって言ってくれれば良かったのに。
恥ずかしくて言い出せなかったのだろうか?それともサプライズのつもりだったのかな?
それでもクロード様が私と結婚したいと思ってくれていることが嬉しかった。
「私も聞いていなかったんだよ。でも、こうやって帰ってこれるようになったから状況が落ちついたら早めに式が挙げられるように準備をしておこうってことなんだよきっと。まだ全然何にも準備してないんだもの。
クロード様だって子爵だし、私一応伯爵様と養子縁組しているからそちらにも挨拶に行かなきゃいけないし、披露宴の準備や招待もしないわけにもいかないでしょう?いきなりそんな話をしても困るから、今から準備しますよって事なんだよ。」
難しく考えちゃダメだ。照れてしまいそうな自分を誤魔化して状況を父様に説明する。そうしてようやく自分でも理解した。
そうだね。子爵家と伯爵家の婚姻になるんだよね。
あれ…?サザーランド伯爵様にも挨拶したり、あちらでの準備が一番大変なんだよね…。そういうのを遠くに居ながら準備していこうってことなんだよね?
なんかすごく大変そう…。
むしろ父様たちは婚姻の了承と希望だけ伝えたらあとは式に出席するくらいしかしなくていいんだよね。そんなに慌てることないんじゃない?
式までにしなければいけないことはたくさんあって、きっと不馴れで大変なことも多いのだろう。
だけど年頃の女の子としては「結婚式」に憧れないわけがない。
いつも通りに過ごしたつもりだったけど、その日の夜はずっと気持ちがふわふわして落ち着かなかった。