表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/48

3.謀りの仮面 5/9



 その日の瑪瑙宮は慌ただしいままだった。処理は終わらず、宮は宮女や宦官たちが慌ただしく駆け回っている。

 日が沈んだ頃、自室にいた珠蘭の元へやってきたのは河江だった。


「どうだい、今日は落ち着かないだろう?」


 その手には残り物だろう焼菓子の入った器がある。水影との言い争いを聞いていた河江は珠蘭を気遣ったのだ。


「好みに合うかはわからないけど、余り物だからね、食べていいよ」

「ありがとうございます」

「いいよ。落ち着いたらまた厨の前を掃除してちょうだい」


 (つくえ)に器を置いた後、河江の視線は部屋の木棚に向けられた。


 宮女たちに与えられた部屋には木棚が備え付けられている。本来は二人一部屋を使う予定が瑪瑙宮に勤める宮女の数が少なく、実質一人部屋となっていた。

 珠蘭は自らが使う寝台とその横にある木棚に荷物を置いている。といっても実質は壕から連れ去られてきたので、持ち出した荷物は二つの腕輪ぐらい。手ぶらでの入宮は疑われるため、史明がそれなりに荷物を用意してくれた。ここにあるのはどれも愛着のない物ばかりだ。


「あんた、掃除道具まで部屋に置いているのかい」

「隠されたりしては困るので」


 誰に、とは言わなかったが察したらしい河江は苦笑した。


 雑巾や空の水桶といった掃除で使う道具は自室に持って帰っていた。幸いにも木棚はがらんと開いていて、下段にちょうど収まる。

 質素な形の木製厨子(ずし)もあるが中には何も入れてない。史明が用意してくれた荷物は必要なものを抜き取った後、寝台の下に押しこんでそのままだ。生活感のない部屋である。


「少し話がしたくてね。あんたが花妃に悪い印象を抱くんじゃあないかと不安になったのさ」


 空いた椅子に腰掛けた河江が切り出す。珠蘭も向かいに座った。


「ここにきてからいい待遇を受けていないだろう。それは……仕方のないことなんだ」

「仕方のないこと、ですか?」

「あの方は心優しくてね、誰かを貶めたり傷つけることを厭う。あんたに対して冷たく接しているのは、理由があってしていることなんだ。だから沈花妃を悪く思わないでほしい」


 そう言って河江はうつむいた。

 ゆるゆると語り出す。秘めていたものをこぼすように。


「あたしは沈家に勤めていたんだ。沈花妃が花妃になる前、(しん)麗媛(れいえん)だった頃さ。その時にあたしは失敗しちまってね、沈家の主人が大事にしていた漆器を壊してしまったんだ。それは大変な騒ぎになって、罰を与えられることになった」


 河江は前髪を持ち上げる。晒された額には十字の傷跡がついていた。


「あたしに下されたのは『額に十字の傷をつけた後、首を刎ねる』という罰。でも執行される前に、あたしを助けてくれたのは沈麗媛だ。額に傷をつけただけで充分だとかばってくれてね、その時からあたしはこの方に尽くすと決めたんだ。後宮入りが決まっても絶対についていく、花妃の称号を得ても変わらずに守り続けるって決めた」


 瑪瑙宮にはわずかな宮女しかいないが、どれも花妃が自ら選び、または実家から連れてきた侍女だと言う。河江もその一人だろう。

 この時世、侍女の命は軽いものだ。粗相や失敗をした侍女が身をもって償うことはよくあるが、それを家長の娘が止めたのは珍しい話である。河江が沈花妃に心酔するのも当然のことだろう。


「お優しい方ですね」

「ああ。だから信じてほしい。今のように小さなことを積み上げていけば、きっと信を得られる。あの方が外部の人を簡単に受け入れないのにはちゃんと理由があるから、あんたも花妃を信じてほしいんだよ」


 身内には優しく、外部からきた宮女には冷たく。ここには河江が語らなかった沈花妃の秘密が絡んでいるのだろう。


「じゃあ水影も、沈家の侍女だったんでしょうか?」


 気になって珠蘭が聞いた。しかし河江は表情を一変させ、首を横に振った。


「あれは違う。後宮にきてからだ。いつのまにか瑪瑙宮の宮女になっていた。どうにかして沈花妃に取り入ったんだろうね」

「え……?」

「……水影には、気をつけた方がいい」


 河江はそう呟いた。珠蘭より一回り以上年の離れた瞳は、もどかしそうに細められる。


「あたしは何かを守れるような立場じゃないからね、こうやって忠告することしかできないけれど」

「いえ。こうやって言葉を交わせる人がいるだけでありがたいです」

「そうかい。じゃあまた、今度も余り物を持ってこよう」


 用件を終えたところで河江が部屋を出ようとする。扉を開ければちょうど、その向こうに劉帆がいた。


 河江と入れ替わりで劉帆がやってくる。今日は忙しい日だ。


「やあ。お友達ができたようで何より」

「……どうも」

「それでも沈んだ顔をしているね」


 というのも、昼間の失せ物のことが気になっているからだ。珠蘭の胸中を見抜いたように劉帆がその話を持ち出す。


「あれはまずいね。近日、翡翠宮主催の茶会が行われるだろう? 今回紛失した仮面は、沈花妃が入宮の際に、友好の証として贈られた大切なものだ。次の茶会に着けていかないとなれば、今後に大きな影響がでるかもしれない」

「では探さなければなりませんね」

「そうだ。特に後宮内の序列で沈花妃は下位だ。序列一位である翡翠宮の贈り物を無視すれば、翡翠宮の主は侮辱されたと受け取るかもしれない」


 聞けば聞くほど、まずいことになっている。見つからなければ沈花妃の立場が追い込まれていくだろう。


 探しにいきたいが、いま珠蘭が下手な動きをすれば、水影のように珠蘭を疎んじる宮女たちが疑うはず。信頼を得ていれば動けたかもしれないのに。

 悔しさにぐっと唇を噛みしめる。俯けば木棚の下段に置いた掃除道具と目があった。勝手に掃除をしていたので自室にまで道具を持ち込んでいた。騒ぎの後は掃除をしていないので今日は雑巾が乾いている。

 その仕草を見ていた劉帆が告げた。


「ところで本題はこれじゃあないんだ」

「では、どんなご用件で?」

「沈花妃が呼んでいる」


 信頼を得られず八方塞がり、と思いきや。何かが変わるかもしれないと予感し、珠蘭は立ち上がった。


「わかりました――少し、待ってください」


 部屋を出る前、珠蘭は寝台の下に置いた荷物から何かを抜き取った。謎の行動を取り始めた珠蘭に対し、劉帆は首を傾げる。


「何をしているんだ?」

「自衛です」

「うん? それの何が自衛になる?」


 訳がわからないといった反応をしているが、説明をする暇はない。

 衣から抜き取った細糸と米糊を少し。それを手に取ってようやく珠蘭も部屋を出た

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ