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6.寵愛の末路 12

 それから数日後のことだ。

 瑠璃宮は事件解決の報を出した。伯花妃を襲った者は瑠璃宮が捕らえ処罰したという。だがその者の名や所属が明かされることはなかった。


(晏銀揺が後宮にいたことは秘密にしておきたいのか)


 報せを聞いた珠蘭はぼんやりとそう考えた。あれ以来、歌が聞こえてくることもない。

 伯花妃襲撃事件に、瑪瑙宮や翡翠宮の宮女たちの睡眠不足。これらが解決され、後宮は平穏を取り戻していた。


 昼過ぎである。厨で手伝いをしていた珠蘭は他宮女から、沈花妃の呼び出しを知らされた。何でも瑠璃宮からの遣いが来ているらしい。その席に同席してほしいとのことだ。


(海真か劉帆だろうな)


 瑠璃宮からの宦官といえば大体この二人である。部屋にはいれば海真の来訪で喜ぶ沈花妃が見られるのだろう。そう考えていた。


「失礼しま――……うわ」


 部屋に入った珠蘭が悲鳴をあげたのは当然のこと。沈花妃の向かいに腰掛ける人物は海真でも劉帆でもなかった。

 振り返るは男にしては綺麗に整った顔。冷淡に細められ、いつも不機嫌な瞳。李史明である。


「人の顔を見るなりその反応はやめていただきたいですね」


 史明が呆れ息を吐いた。そのやりとりを見ていた沈花妃はくすくすと笑い、珠蘭に向けて穏やかに告げる。


「急に呼び出してごめんなさいね。史明があなたも来るように言うものだから」


 まさか史明から珠蘭を呼び出すとは思っていなかった。

 何か事件でも起きているのだろうかと構えながら、珠蘭も席に着く。


「特にたいした用でもありませんから、警戒するのはやめてください」

「はあ……でも史明がここにくるのは滅多にないことなので」

「当然です。私は瑠璃宮の者ですから――今日は渡御を報せにきただけですよ」


 渡御。その言葉に、沈花妃と珠蘭の動きがぴたりと止まった。史明だけは悠々とした態度で茶を啜っている。


「今晩、不死帝が瑪瑙宮に渡ります」

「き、急なのね……」

「前回と同じですよ。一度受け入れているのですから、今さら拒んだって仕方ないでしょう」


 さらりと史明は言ってのけた。

 沈花妃の表情は凍り付いている。それもそのはずだ。沈花妃の想い人は海真である。不死帝がやってくることは彼女にとって好ましくない。前回は珠蘭が花妃のふりをすることで場を凌いだのが。


(史明が来るときはやはり良くない話がくる。不幸の遣いだ)


 いやがらせでもしているのかというほど、史明と顔を合わせればいやなことばかり起きる。そのうちこの顔を見るだけで吐いてしまいそうだ。

 室内の空気が重たい。

 珠蘭が狼狽えていると、史明がちらりとこちらを見た。それから口元がにやりと歪な弧を描く。笑っているのかもしれないがあまりのもぎこちない。見えない何かに頬を引っ張られているようだ。つまるところ、史明が変な顔をしている。


「ふふ、いいですね」


 史明にしては、楽しそうな調子の声である。今度は確かに珠蘭を見つめて言った。


「私はあなたが嫌いなので、困惑している表情を見るのがたまりません」

「いや、本人の前で嫌いと宣言されても……」

「あなたのせいでどうも調子が狂う。これは仕返しですよ」


 いやな男だ。仕返しとして、不死帝の渡御を決めたのだろうか。

 うんざりしながら睨みつけていると、史明が咳払いをした。


「安心してください。少し嫌がらせをしただけです――瑪瑙宮は《《前回と同じように》》不死帝をお迎えください」


 後半の台詞は珠蘭だけでなく沈花妃にも向けられたものである。

 前回と同じように。その部分を強調して史明は言った。その意味に気づくのは沈花妃の方が早かった。


「それはまさか……そういう意味、なのかしら」

「ええ。好きに解釈して頂いて構いません」

「なるほど。だからわたくしと珠蘭を呼んだのね」


 それに史明は答えなかった。茶を飲み干し、立ち上がる。


「では。用件は終えたので戻ります」


 沈花妃は理解したらしいが、珠蘭はいまいち状況が飲みこめない。あれほど困惑していた沈花妃は今や笑みを浮かべている。いったいどういうことだろう。

 部屋を出て行く史明を珠蘭が追いかけると、廊下に出たところで史明が振り返った。


「あなたも急いで準備をした方がいいですよ」

「どういう意味です?」

「そうやって眉間に皺を寄せていれば、花妃のようにはなれませんよ」


 そこでようやく珠蘭も意味を理解した。

 不死帝が渡御する。瑪瑙宮は前回と同じように、花妃を入れ替えて出迎えろというのだ。つまり珠蘭が花妃のふりをする。


 悟った珠蘭がその場に立ち尽くしていると史明は笑った。それから身を屈めて、珠蘭の耳元で囁く。


「劉帆がきます」


 簡潔な一言であった。李史明にしては珍しく、穏やかなものを秘めた声だ。


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