6.寵愛の末路 8
夜。伯花妃襲撃事件の犯人が捕まっていないため後宮の厳重警戒は続き、各宮に武装した兵たちが配備されている。各宮にも不要の外出禁止令が敷かれていた。
そして瑪瑙宮にはというと、馴染みのある人物がきていた。
「やあ。いい月夜だね」
楊劉帆である。珠蘭が自室に戻ると、どういうわけか部屋に劉帆がいたのだ。珠蘭がまだ戻っていないというのに寝台に寝転び寛いでいる。
「不法侵入ですよ」
「いいじゃないか。君と僕の仲だろう」
「よくありません。勝手に寝台使わないでくださいね」
図々しい態度に嘆息しつつ、珠蘭は椅子に腰掛ける。
「よく史明が許しましたね。この状況なら外に出るなと言いそうですが」
「いや、言ってたとも」
あっさりと劉帆は認めた。
「夜半、珊瑚宮に歌の主を確かめにいくと告げれば、史明は怒り狂ってな。書院に閉じ込められたよ」
苑月の命を守る史明にすれば、このような事態で劉帆を一人歩かせるのは恐ろしいだろう。
「だから抜け出してきた。海真の力を借りて、ここまできたとも」
「早く瑠璃宮に戻った方がいいのでは? 私まで史明に怒られそうです」
「はは、それもいいな。二人して怒られるか」
「勘弁してください……」
しかしよく逃げ出せたものだ。史明は頭が切れる男であって、海真の力を借りたとしても逃走は難しいだろう。まして史明の性格だ。劉帆のことになれば心配性の一面が出る。抜け出すことを読んで厳重に警備しそうなものだが。
違和感に首を傾げていると劉帆がこちらを見た。
「ところで君、調査はどうだい?」
「一応は調べました」
相手が楊劉帆であるから、歯切れが悪くなる。黒宮で訊いた話は劉帆を傷つけることだろう。
(晏銀揺は劉帆の母だから……話さない方がいいかもしれない)
いつぞや劉帆が語った時の弱々しい姿を覚えている。だから口を噤んだ。
「ふうん。何か気遣っている? それは僕に対してかな?」
「……いえ」
劉帆は寝台から起き上がり、珠蘭に近づいた。わざわざ身を屈めて、うつむいた珠蘭の顔を覗きこむ。
「君、表情に出るねえ」
「見ないでください」
「笑う時は笑わないくせに、こういった隠し事は下手らしい。不器用すぎて哀れになってくるね、うん」
そう言って何度か頷いた――と思いきや。むに、と頬を引っ張られた。犯人は劉帆だ。珠蘭の両頬を摘まんで引っ張っている。
「いひゃいれす」
「おお。伸びる伸びる。普段笑わないから口の筋肉が硬くなっているのかと思ったが、そんなことはなさそうだな」
「ひゃへへふははい」
「ははっ。面白い顔をしている。しかも何を喋っているのかさっぱりわからん」
まったく迷惑である。珠蘭が腕を振って抵抗すると、劉帆はあっさり引っ張るのをやめた。痛みはないものの、頬を引っ張られて変な顔をしていただろう。それを劉帆に見られたことが恥ずかしく、珠蘭は顔を赤くしてそっぽをむいた。
「何するんですか。やめてください」
「いや。君が変な気遣いをしていたからね、罰として」
「そんな理由通用しません」
すると劉帆は笑って、珠蘭の頭を撫でた。頬をつねったと思えば頭を撫でる。劉帆の気まぐれは理解できないが、不思議なことにいやだと思わなかった。
「心配しなくていい。僕は君が、その目で見てきたものを知りたいだけだ」
「それが劉帆にとってよくない話だとしても?」
問うと、すぐに劉帆が頷いた。
「君の目に映るものはぜんぶ知りたい。だから僕に話してほしい。僕は君を信じているから」
いつもからかっているような口ぶりをしておいて、こういう時だけ真剣になるのはずるい。
少し悩んで、珠蘭は黒宮で得た話を切り出した。
(もし劉帆が傷ついたのなら、立ち上がれる時まで隣にいよう)
その決意が珠蘭の唇を動かす。ふつふつとこみ上げる温かな感情もあったが、それは見ないふりをした。




