6.寵愛の末路 4
翡翠宮を出ると、瑠璃宮に向かうことになった。先日、珠蘭が歌の話をしていたことで、瑠璃宮で詳細を聞かせてほしいと劉帆が提案したのだ。
瑠璃宮も警備が普段の倍に増えていた。目が覚めるような蒼海色の門柱前に、武装した兵たちが並んでいる。彼らは珠蘭を睨みつけていたが、劉帆が先頭を歩いてくれたので難なく入ることができた。
部屋に入ると、海真が待っていた。少し遅れて史明もやってくる。
「はあ……またあなたですか」
人の顔を見るなり史明は嫌味を投げつけてくる。苦手な男だ。
全員が揃ったところで劉帆が翡翠宮で得た情報を報告する。皆、顔を強ばらせてそれを聞いていた。
「……後宮内で花妃が襲われた、というのは大事件だな」
一通りを聞き終えたところで顎に手を添えながら海真が唸る。
「不死帝として後で見舞いに行った方がいいか?」
「明日で良いでしょう。翡翠宮にも伝え、輿の手配をしておきます」
「じゃあ、そのように。他の花妃たちも怖がっているようなら不死帝として顔を出そう」
「であれば序列順に回るのがよいかと。しかし犯人が見つからない以上、余計な長居はしてほしくないですね」
「ふむ……じゃあ、翡翠宮以外はもう少し事件の詳細を得てからにしよう」
史明と海真はこの事件についての不死帝の対応について協議しているらしい。特に海真は他の花妃たちの様子も気にしているようだ。
(本当は、沈花妃のことが気にかかっているのかもしれないけど)
名前は出さないものの、案じていることはよく伝わる。海真はちらりと珠蘭を見た。
「瑪瑙宮はどうだ?」
「事件の報に、沈花妃は動揺してらっしゃいました。しばらくは宮外に出ることもないでしょう」
「……そうか。怖いよな、やはり」
今回の伯花妃襲撃事件の犯人が歌い手と関係あることは、まだ沈花妃に報告していない。それを知れば、珊瑚宮に近い位置にある瑪瑙宮として一層の恐怖を抱くだろう。
「珠蘭は、この襲撃事件の前に、伯花妃と沈花妃から深夜に響く歌の相談を受けていたのだろう? それについてはどこまで調べたんだ?」
これは劉帆が訊いた。珠蘭が答える。
「二つの宮の、宮女たちの話からおおよその方角は思い当たっています。夜半に珊瑚宮の方から歌が聞こえます。おそらく女性の声だと思いますが、悲鳴のような悲しい歌声なので確証はあまり」
「ふむ……無人の珊瑚宮か」
海真が考えこむ。だが隣に座っていた劉帆は目を輝かせて立ち上がった。
「よし。では、珠蘭。僕と一緒に調査に行こう」
今すぐ行こうと言わんばかりの勢いだが、珠蘭はすぐに頷けなかった。史明が射貫くように冷ややかなまなざしをこちらに向けていたからだ。
「劉帆。自ら厄介事に首を突っこむのはやめて頂きたい」
「いいじゃないか。これは大問題だ。誰かが調査せねばならんだろう」
「相手は敵意を向けている。宮女二人と伯花妃を襲っているんです。あなたが襲われたらどうするんですか」
どうやら史明は、劉帆が調査に出ることを快く思っていないようだ。そしてじろりと珠蘭を見る。
「董珠蘭。今こそあなたの出番でしょう。あなたがささっと出て、解決してくればいい」
「え? てっきり私にも首を突っ込むなと釘を刺すのかと思っていましたが……」
「何をばかな。こういう時こそあなたの出番でしょう。こういう危険な事態でこそ使い捨ての駒が活躍します」
堂々と正面から、使い捨ての駒だと言われるのは腑に落ちない。そのように思っていることはひしひしと感じたが面と向かって言われるとさすがに堪える。
「まあまあ、史明。珠蘭も無理をせずにね」
そんな史明と珠蘭の間に海真が割りこむ。史明はそれ以上、何も言わなかった。




