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6.寵愛の末路 3

 後宮内は厳戒態勢である。武装した宦官や武装兵たちが彷徨(うろつ)いている。翡翠(ひすい)宮へ向かう道中何度も呼びとめられ、所属や行き先を尋ねられた。ひりついた空気が流れていて居心地悪い。

 翡翠宮に着くと、道中と同じく武装兵に尋ねられた。瑪瑙(めのう)宮から来たこと、(シン)花妃(ファフェイ)の依頼を受けて見舞いにきたことを告げ、取り次ぎを依頼するも、なかなか宮内に入れない。こういう事態が仕方の無いことだろう。


 しばらく待っていると宮の中から見覚えのある人物がやってきた。珠蘭(しゅらん)を見つけるなり、へらりと笑って手をあげている。(よう)劉帆(りゅうほ)だ。


「なんだ。君も翡翠宮にきていたのか」

「はい。沈花妃から見舞いに行くことと、(ハク)花妃(ファフェイ)の力になるよう命じられまして」

「なるほど。じゃあ後で僕と一緒に行こう」

「僕と一緒に……って? 劉帆も謁見予定ですか?」

「こういった事件があると、中級宦官の僕たちは検分の仕事が待っているからね。終わったら瑠璃宮に報告しないと。やれやれ」


 劉帆も一緒になるとは思ってもいなかった。しかし心強い。

 史明(しめい)海真(かいしん)よりも劉帆と行動することが多く、慣れてくると劉帆と共に行動するのは気が楽だ。飄々とした態度にこちらの心も休まる。今回も一緒だと思えば、心のうちがふつふつと温かくなるような気がした。


 部屋に入ってしばらく待っていると宮女がやってきた。伯花妃への目通りが可能になったらしい。

 伯花妃待つ謁見室に入ると、花妃は長椅子に腰掛けていた。


「ほう。董珠蘭に楊劉帆か。面白い組み合わせがきたものだ」


 怪我をしたと聞いたが、口ぶりは以前と変わらない。まずは一揖する。


「沈花妃の遣いとして参りました。この度は――」

「堅苦しい挨拶はよい。おぬしがここに来たということは、沈花妃から事件の調査を依頼されたんだろう?」

「はい。伯花妃の力になるよう命じられました」

「ありがたいことだ」


 くつくつと笑って、口元を扇で隠す。仮面は相変わらず着けていた。


「我の怪我はひどくない。宮女たちは騒いでおるが、どれも突き飛ばされた時に出来たかすり傷だ」

「それはようございました」 これは劉帆が言った。

「だが、問題は我の宮女たちだ。我をかばって斬られている。一人はまだ意識が戻らない。今日明日が山になると宮医は言うておる」


 宮女たちは咄嗟に伯花妃を突き飛ばし、その身を挺してかばったのだろう。

 斬られた、と表現したということは相手が刃物を持っていたことだ。後宮内で武装が許されているのは宮の警備につく下級宦官や兵である。犯人が絞り込むのは簡単かもしれない。そう考えていたところで、劉帆が動いた。


「伯花妃は犯人の顔を見ましたか?」

「いや、見ていない。正確に言えば、見えなかったのだ。頭から黒の長布を被っていて薄暗く、顔は判別できなかった。覚えているのは、その者が黒衣を着ていたことだけだ」

「黒衣……」


 宮女や宦官たちが着る衣の色には意味がある。例えば宦官だが、濃い色であればあるほど上級を示す。宮女たちの衣はそれぞれの所属している宮の色だ。

 だが黒や白といった色は禁忌とされている。黒は死を示す縁起の悪い色であり、死者の衣や罪人に使われるため、霞の中心である霞正城(かしょうじょう)で黒を纏う時は限られている。

 また、白は清浄を表す色だ。生や命の色と言われる。だが白色は他の色に染まりやすい。少しでも汚れれば目立ち、特に純白は穢れに染められる移り変わりの色だ。不死帝への忠義が移り変わるとして霞正城では禁忌とされていた。

 その禁忌色の一つ、黒である。珠蘭だけでなく、劉帆も言葉を失っていた。


 伯花妃は淡々とした様子で香茶を啜る。喉を潤した後、事件について語った。


「今朝方、宮女の一人が眠れないと訴えてな。それは先日話した通り、珊瑚(さんご)宮から歌が聞こえるというものだ。放っておこうと思ったのだが、今は珊瑚宮の石蒜(ヒガンバナ)が咲き頃だろう? あの場所なら朝の散歩にちょうど良い。怯えた宮女たちを安心させるため珊瑚宮に向かったのだ」


 珊瑚宮は無人だ。誰もいないことを宮女たちに伝えれば安堵すると考えたのだろう。だが実際はうまくいかなかった。伯花妃は落ちた声音で続ける。


「石蒜を眺めて、帰ろうとした時だ。歌が聞こえた」

「歌? 夜以外でも聴こえたんですか?」

「我も聴いた。歌だけではない『立ち入るな』『また殺しにきたのか』という叫びも聞こえた。おそらく林に隠れていたのだろうが我にはわからなかった。どこから聞こえるのか探そうとした時、宮女の一人が我を突き飛ばした。我を突き飛ばした宮女はそのまま斬られ、続けて隣にいた宮女も我をかばうために覆い被さって斬られた」

「機転の利く宮女だ。さすが翡翠宮付きというべきか」


 劉帆が頷く。


 しかし気になるのは、どうやってこの場を花妃たちが切り抜けたのかである。怪我をしたのは伯花妃と宮女二人だと聞いた。この疑問はすぐ伯花妃が解消してくれた。


「このまま我も襲われるのかと覚悟したが、不審者はそうしなかった。黒衣の者が赤い血のついた手を見て悲鳴を上げてな、それから林の方へ逃げていった」


 そして、ため息をつく。


「幸運だった、としか言いようがない。黒衣の者が去らなければ、我はどうなっていたことか」

「花妃がご無事で安心しました。あとは怪我を負った宮女二人の快癒を願うばかりです」


 その後は劉帆が事件について詳細を聞いていた。それを聞きながら珠蘭は考える。


(歌が聞こえたのなら、深夜に歌っている人が伯花妃を襲った犯人だろうか)


 夜半、珊瑚宮の方から聞こえる悲しい歌。同じ歌が聞こえるという証言から、歌い手が伯花妃を襲った可能性はある。不眠解消のための歌い手調査がここまでの大事になるとは。


 伯花妃は気丈に振る舞っているが、宮女二名にかばわれたことで動揺しているのだろう。去り際、珠蘭の両の手を掴み、言った。


「必ず犯人を見つけておくれ。我の宮女たちを傷つけた者を、我は絶対に許さぬ」


 仮面で隠され表情はわからないものの、重ねた手は震えていて、ひどく冷たい。

 後宮を統べる者として動じた様子は見せられないのだろう。腹の中は、この事態に怯えているのだ。仮面で弱さを隠す序列一位の花妃に、珠蘭は頭を下げた。


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