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6.寵愛の末路 1/13

 眠れない。眠れない。ああ、いやな夢を見る。


 夏は姿を隠し、涼しさ纏う風が吹きすさぶ頃。宮女たちが青い顔をして、睡眠不足を嘆くようになった。

 (とう)珠蘭(しゅらん)と親しくしている宮女の一人、河江(かわえ)も同様の悩みを抱えていた。(くりや)で働く河江は日増しにやつれていく。青白い肌に、目の下では青黒い隈がぽってりと浮かんでいた。


「眠れないんだよ」


 珠蘭が厨に顔を出した時、河江は嘆息した。


「夜になると外が騒がしいんだ。あんたの部屋はあれが聞こえないのかい?」

「私のところは何も聞こえないけれど」

「羨ましいねえ。今日からあんたの部屋で眠りたいよ」


 睡眠不足を訴える宮女は多い。どれも河江と同じように外から聞こえる音が原因だと言っていた。


「歌が聞こえるんだよ。でもあれは人間のものじゃない。金切り声だ。人間を祟るようなきいきいと甲高い音だよ、本当に耳障りでね」

「人間のものじゃないって、河江はその歌がどこから聞こえているのか見たことあるの?」

「ないよ。ここよりは遠いだろうね、かすかに聞こえるんだ。でもかすかに耳障りな音が聞こえるもんだから、眠っていても目を覚ます。本当にやってられないよ」


 河江が嘆いていると、さらに厨の奥から宮女がやってくる。こちらも目の下に隈を作っていた。


「あれは幽霊さ。草木も眠る宵の頃に歌うなんて正気じゃない。幽霊の仕業としか思えないね」

「そうだよねえ。あたしも、あれは人間にできることじゃないと思うよ」


 寝不足の二人は随分と盛り上がっているようだ。


 そのやりとりを眺めながら、珠蘭は額に手を当てて考える。この『歌』とやらは何だろう。

 珠蘭の部屋に聞こえないのはおそらく宮女室の方角だろう。河江とこの宮女がいる部屋は同じ向きにあり、窓は珊瑚宮の方角に面している。珠蘭の部屋は河江たちの部屋とは対面に位置する。窓は真珠宮の方角を向いていた。


(不調を訴える人たちの共通点は、珊瑚宮の方に部屋があること)


 しかし珊瑚宮は今や無人の宮である。かつて主として住んでいた(リョ)花妃(ファフェイ)は、先の一件で霞正城を出ていった。勤めていた宮女たちもそれぞれの里や家に帰されている。

 次の花妃が決まるまで、珊瑚宮は無人の宮だ。呂花妃が作った庭などは取り壊されたが、宮のほとんどはそのままである。

 その無人の珊瑚宮から歌が聞こえるというのは、到底おかしなことだった。


「ねえ珠蘭。今日だけでいいから部屋を変わってくれないかい?」

「いいねえそれ。あたしも部屋を変わってほしいよ」


 ふと気づけば、河江たちは身を乗り出して部屋交換に息巻いていた。よほど寝不足が辛いようだ。

 一日だけなら部屋を変わっても支障ないだろう。珠蘭が提案を呑もうとした時、厨に別の宮女がやってきた。珠蘭の姿を見つけるなり声をかける。


「珠蘭。(シン)花妃(ファフェイ)が呼んでいたわよ」


 この時間に呼びつけるとは珍しい。珠蘭は慌てて立ち上がる。すると宮女は続けた。


「翡翠宮から(ハク)花妃(ファフェイ)もきているの。お茶を持って行ってもらえる?」


 さらに伯花妃もいるときた。これまた珍しい組み合わせだ。事前に連絡していたのなら宮女たちにも話が届いているだろう。おそらく突然の来訪だ。


(何かあったのか……)


 伯花妃の警戒心や伯家を真面目に背負う姿勢を思えば、息抜きや暇つぶしに沈花妃の元を訪ねることはない。ともかく行けばわかること。準備された茶を手に、珠蘭は厨を出た。




 部屋に入ると、沈花妃と今日も仮面を着けた伯花妃が待っていた。それぞれ向かいあって座っている。


「董珠蘭です。お呼びでしょうか」


 珠蘭が一揖すると、沈花妃が開いた扇で口元を隠しながら言った。


「急に呼んでごめんなさいね。あなたに相談した方がいいと思ったのよ」

「私にご相談とは」


 一体何の用事だろう。心当たりのない珠蘭が訊くと、答えたのは伯花妃だった。


「ここ最近、宮女たちが騒がしくてな。夜半、歌が聞こえて眠れないと騒いでおる」


 つい先ほど河江たちが話していたものだ。瑪瑙宮だけの話ではなかったらしい。伯花妃は困ったような口ぶりで続ける。


「当初は風の音だろうと思ったが、どうも毎晩続くらしい。風のない夜でも聞こえるのだそうだ」

「わたくしの宮でも聞く話です。宮女たちが眠れないと嘆いているのよ。金切り声のような歌が聞こえるのだとか」


 沈花妃と伯花妃、どちらの宮でもこの騒ぎは起こっているらしい。珠蘭が想像していたよりもこの騒動は範囲が広い。


「呪いの歌や幽霊の仕業と吹聴する宮女もいる。これ以上騒ぎが大きくなれば困ったことになるだろうな」

「ええ、そうね。瑪瑙宮でも睡眠不足から伏せった宮女が出ているわ。これ以上人出が減ったら大変よ」


 二人はともに頷き合う。共通の悩みを抱えていることで意気投合しているようだ。

 そして同時にこちらを見る。仮面の奥からすがるようなまなざしが向けられた。珠蘭も薄々、ここに呼び出された意味を察している。


「そこでだ。珠蘭、おぬしに調べてもらいたい」

「わたくしもお願いしたいわ。これではどちらの宮も参ってしまうもの」


 薄々予感していたが、まさかこの件について調べろと命じられるとは。

 珠蘭は少し悩み、頷いた。花妃の頼みを無下に出来ないのはもちろんだが、河江たちのやつれた姿を助けてあげたい気持ちもある。


「解決すると約束はできませんが……出来る限り、調べてみます」


 答えると二人の花妃は表情を綻ばせた。

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