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5.不死帝の黒罪 6

 瑪瑙宮に戻り、書状を沈花妃に届ける。花妃は父から書状が来ることを知っていたようだ。

 珠蘭から受け取るなり花妃はすぐに目を通した。退室を命じられることもなかったので、珠蘭は部屋の隅で待つ。


 しばしの間、無言であった。それが途切れたのは読み終えたらしい沈花妃が悲嘆の息を深く吐いた時である。


「父から、ついに言われてしまったわ」


 それは涙声で、珠蘭は目をみはる。沈花妃はうつむき、額に手を当てていた。


「不死帝の渡御をこれ以上拒否してはならないと、父に命じられたの」

「……はい」

「わたくしだけじゃない。沈家、瑪瑙宮の者たち。わたくしの背にはたくさんの想いがのっている。それを裏切ってはならないという最終通告よ」


 沈花妃の体がか弱く震えていた。外堀は埋められ、あとは頷くだけの状態である。それが出来ないのは、心に海真がいるからだろう。

 おそらくは海真も沈花妃に進言している。だが海真に言われたところで、思慕に背くことはできない。そこまで海真のことを強く想っている。


「珊瑚宮のことがあったから、これ以上のわがままは許されないのね」


 ぽたり、と何かが落ちた。(つくえ)に広げた書状に、水滴の跡がついている。

 沈花妃の涙だ。


「少し、頭を冷やすわ。考えたいことがあるの」


 うまく言葉が見つからない。珠蘭は一揖し、部屋を出た。


 珠蘭が廊下に出て、しばらく歩いたところで、翡翠宮の宮女がいることに気づいた。彼女もこちらを見るなり駆けてくる。


「董珠蘭様ですね」


 前も珠蘭を呼びにきた宮女だ。沈花妃の部屋に入った珠蘭が出てくるのを待っていたのだろう。


「伯花妃がお呼びしています。いまよろしいでしょうか?」


 おそらく晏銀揺の件だろう。晏銀揺といい沈花妃といい、悩みの種はつきない。

 忙しい日だ。珠蘭は頷き、翡翠宮へと向かった。




 翡翠(ひすい)宮の主、(ハク)花妃(ファフェイ)は今日も悠然とした態度で待っていた。


「突然呼び出して悪かったな。座るがよい」


 今日も仮面をつけている。室内は茉莉花の香りが漂い、几には香茶の器が二つ。一つは珠蘭のために用意されていた。


「どうだ? あれから何かわかったか?」


 呼び出した理由はやはり(あん)銀揺(ぎんよう)の件である。だが劉帆の反応や、瑠璃宮での史明に告げられたこと。それらを思い返すと、この件への深入りは命を落とす。触れてはならないものだと学んだ。


「申し訳ありません、この件についてお引き受けはできません」

「ほう? 何かあったか?」

「いえ。ただ、手がかりも見つからないので難しいことかと」


 手がかりは確かに見つからない。伯花妃に聞いた話以上の進展はなかった。

 伯花妃はじいと珠蘭の顔を見ていた。話の真偽を探っていたのだろう。射貫くような鋭い視線に耐えていると、ふっと伯花妃が笑った。


「……お前は、意外に素直だな」

「意外に、と申しますと」

「表情変化は乏しい。笑ったりしないであろう? だが、お前は嘘が苦手だ」


 ぎくりと、背が震える。その様子さえ伯花妃は微笑を浮かべて眺める。


「手がかりは確かに見つからないのだろうが……すんなりと引き下がるほど、何かがあったらしい」

「それは――」

「よい。物事には聞かない方がよいこともある。お前の瞳が恐怖に竦み上がっているのはそういうことであろう」


 伯花妃はそう言って、扇を閉じた。香茶を一口啜る。


 珠蘭の態度に怒っているのだろうかと様子を伺う。しかし伯花妃は悠々とした態度のままで、むしろ楽しそうに口元がほころんでいる。

 器を几に置くと、こちらを見た。目が合うなり、伯花妃はくつくつと喉奥で笑った。


「そう警戒するな。怒っているわけではない。こう見えて、お前のことが気に入っている。出来ることなら翡翠宮の宮女になってほしいぐらいだ。大方、沈花妃もお前を愛でているのだろうから、難しいだろうが」


 沈花妃の名が出てきたことで、先ほどのことを思い出す。翡翠宮に来てしまったが、沈花妃はまだ泣いているのだろうか。

 その憂いを悟ったのか、伯花妃が問う。


「沈花妃といえば、近々不死帝が渡ると噂が出ているが……どうだ、沈花妃は元気にしているのか?」

「正直に申し上げて、あまり」

「そうであろうな。あれほど帝を拒否してきた強情な花妃だ、屈するのは屈辱であろう」


 すると伯花妃は立ち上がった。


「来い、お前に面白いものを見せてやる」



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