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5.不死帝の黒罪 5

***


 翌日、珠蘭は瑠璃宮に向かっていた。

 何でも沈花妃宛の書状が届いているらしい。城外からの書状はいったん瑠璃宮に送られ検閲にかけられる。検閲が終わる頃、宮女が取りに向かうのがしきたりだ。それは昼過ぎに終わるとのこと。沈花妃は珠蘭にその受け取りを依頼した。


 瑠璃色の門柱が見えてくる。これは何度見ても美しい。蒼色は心が凪ぐ。いったん足を止め、その瑠璃色を目にしっかりと焼き付けた後、宮に入った。


 宮に入ってすぐである。廊下の向こうを歩いてくる人物がいた。襦裙を着ていることから女人だろうが、頭から長布を被っているため顔はわからない。手を前で組み、おずおずと歩いていた。珠蘭の方をちらりとも見ようとしなかった。


(どこかの宮女にしては、襦裙の色が違う)


 目を引いたのは襦裙の色だった。黒衣。漆黒のような色はどの宮でも使われていない色。

 気になってすれ違い様に、相手の様子を伺う。俯いてはいたが、布が揺れた隙にその耳朶が見えた。


「……水影(すいえい)


 咄嗟に、その名が出た。

 呟こうと思ったのではなく自然と、こぼれるように。


 黒襦裙の者はぴくりと背を震わせたが、何事もなかったように歩いていく。珠蘭は振り返り、もう一度声をかけた。


「あなた、水影では?」


 水影は珊瑚宮の一件にて捕らえられたはずだ。だが、その後の話は聞いていない。処断されたのだと思っていたのだが。


(あの形は間違いなく、水影だ)


 確信するも、水影は振り返ろうとせず歩いていく。逃げるように歩を速めていた。

 珠蘭はそれを追う。もしも水影ならば、なぜここにいるのか。まさか逃げ出したのかと嫌な汗が浮かぶ。


 だが、それ以上の深追いは許されなかった。


「董珠蘭!」


 冷ややかな声が廊下に響く。見れば、李史明がこちらをひどく睨みつけていた。ぎらついたまなざしに怒気が潜んでいる。


 珠蘭が史明に気を取られている間に、水影は去っていった。瑠璃宮から出て行こうとしているのだろう。これ以上追いかけることはできず、歩み寄ってくる史明を待つ。


「そこで何をしている」

「申し訳ありません。見覚えのある者がいたもので」


 史明は水影が消えた廊下を見やり、舌打ちをする。


「お前は気にしなくていい。あれはこちらで処理したことだ――用件はわかっている、こちらへ来い」


 嫌な汗はまだ体に張り付いていて気持ち悪い。史明の声が冷淡であることも不快感を倍増させる。

 渋々史明についていくと、向かったのは宦官たちが使う部屋の一つだった。今は誰もいないらしい。珠蘭が部屋に入るなり、史明は扉を閉めた。


「董珠蘭。お前が後宮に来た目的をわかっているのか?」

「後宮内の掌握、情報収集だと思っておりますが」


 その返答を、史明は鼻で笑った。


「少し違うな。瑠璃宮に命じられた件だけ、情報収集をすればいい」

「どういう意味でしょうか?」


 李史明は振り返り、珠蘭の方へと歩いていく。彼の右手は、腰に提げた刀の柄を撫でている。


「他の宮から余計な話を聞き、余計なことをしているようだな。その好奇心はお前を殺す」


 一瞬にして、思い当たる。それは先代翡翠花妃、(あん)銀揺(ぎんよう)のことを示しているのだろう。

 つまり、彼は晏銀揺について探られたくない。今にも刀を抜きそうな手や、鷹のように鋭い眼光がそれを告げている。


 史明は珠蘭の前に立つ。この距離ならば、史明が刀を抜けば一瞬で斬られるだろう。


「劉帆に気に入られているからと調子に乗らぬようにな。私は、お前を斬ることに躊躇いを持たない。劉帆ができぬと言うのなら、私がやるまで」


 珠蘭は口を噤んだ。その態度が気に入らなかったのだろう、史明は忌々しそうに言った。


「それともお前は、自分が殺されるより兄が殺された方が考えを改めるか? お前もこの制度は知っているだろう、『代わり』はいくらでも作れる」

「……っ、それは……」

「お前の兄が死んだとしても、何も変わらぬ。似た容姿の者を探せばよいこと」


 名は出さなかったが、従わないのなら不死帝を殺しても構わないと告げているのだろう。

 だが、違和感があった。


(兄様が死んだら、次の不死帝は劉帆がなるはずじゃ……)


 史明は『似た容姿の者を探す』と告げた。次は劉帆のはずが、なぜかその名が出ない。


「命を守りたいのなら従え。お前は瑠璃宮の駒だ」


 疑問を口にすれば史明の怒りを買うのだろう。珠蘭は深く頭を下げた。


「わかりました。従います」

「二度と忘れるな。次はお前を斬る」


 珠蘭が大人しくしたがったことで満足したのか、史明は引いた。右手は刀の柄から離れている。

 このまま解放されるのかと思いきや、史明は袂から書状を取り出し、床に放り投げた。


「それが目的だろう。さっさと沈花妃のところへ持って行け」


 その書状は沈花妃の父が送ったものである。書状を拾い、珠蘭は一揖する。李史明は、もうこちらを見ていなかった。


 部屋を出ればようやく、自分の手足が冷えていることに気づいた。かすかに震えて、手は血気を欠いて青白い。

 恐ろしかったのだ。晏銀揺の名を出せば、瑠璃宮の冴えるような蒼色が牙をむく。

 この後宮が抱える闇を、改めて知った。

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