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2.枯緑の都 2/2

「不死帝というのは、入れ替わり制なんだ」

「となると一人ではない、ということですか」

「妹御は飲み込みが早くて楽だね。不死帝というのは一人ではない、さっくりと言えば団体さ」


 帝とは個を指すもの。そう考えていた珠蘭は、ぽかんと口を開けた反応しかできなかった。不死帝について考えたことはあったが、まさか一人ではないなんて、こうして聞くまでその発想はまったくなかった。

 帝が何人もいる、というのは霞に生きる者にとって当たり前の発想ではない。ましてや不死帝自身が、一人のように振る舞っている。


「わかりやすく言うと、現在の不死帝が死んだら、次の不死帝候補が前に立つ。死んでも代わりがいるということ。つまり今までに何人もの不死帝がいた」

「でも、性格や価値観はそれぞれ異なるはず」

「もちろん、一人一人自由だからね。だからこそ不死帝の候補となった者は、現不死帝の側について知識や記憶を共有する。また現不死帝も後輩たちに全ての情報を余すことなく与える。こうすれば代替わりしても齟齬が減る」


 不死帝が入れ替わり制となれば、殺しても死ななかった謎が解ける。死を超越したのではなく、仕掛けによって超越したと見せかけていたのだ。

 そして記憶や知識の共有も納得がいった。代替わりの際に向けて、不死帝候補たちは入念な打ち合わせを繰り返していたのだろう。


「代替わり……というのは一応納得がいきました。兄様は不死帝の候補として選ばれ、そして現在、不死帝をされているのですね」

「わかってもらえて助かるよ」

「ですが、納得いかないことが一つ」


 珠蘭は兄の顔を、じいと眺める。


「不死帝というのは、皆が同じ(かんばせ)を持つのですか?」


 海真の顔は確かに整ってはいるが、それは辺鄙な聚落内で比較しただけの話。不死帝に選ばれるような特徴的な顔とも、また特段に綺麗な顔とも言い難い。

 それに、不死帝が何人もの代替わりを経たものだとして。この世には同じ顏を持つ者が何人いるだろう。多少の類似はあれど、周りをだませるほどの完全一致は少ない。

 珠蘭の疑問に対し、劉帆が動いた。


「『(かんばせ)は腹の鏡である』――妹御は聞いたことがあるかい?」

「感情や思考は顔に出る、って霞の(ことわざ)ですよね」


 劉帆が頷く。


「そうだね。他人に腹の内を見せてはいけないってことで、不死帝は他者に会う時必ず仮面をつけるし、皇宮や都の者たちも仮面をつけるようになった――さてこれを最初に唱えたのは誰だと思う?」


 話の流れからして、一人しか浮かばない。珠蘭がはっとして海真を見やれば、正解だと言わんばかりに微笑んでいた。


「初めて仮面をつけたのは不死帝だ。彼は国や人のために諺を作ったのではなく、自分たちが代替わり制であることを隠すために仮面をつけたんだ。仮面をつければ目元や鼻筋といったある程度は隠せるからね。あとは、体つきや背丈、輪郭に唇、鼻尖等の部位が一致すれば、不死帝候補となる」

「つまり兄様は、それが一致したので不死帝候補として連れていかれたのでしょうか?」

「その通りだ。俺の場合は、鼻孔の形が違うから詰め物をしているのと、口も横長になるように頬と頭の肉を少し吊っているかな」


 多少の差異はあれど工夫でごまかせる程度ならば許されるのだろう。

 工夫してもごまかせないもの、例えば背丈や声といったものはどうしようもない。海真はそれらが都合良く一致していたようだ。


「僕は、次の代の不死帝だね」


 飄々と言ったのは劉帆だ。確かに、劉帆と海真は背丈が似ている。


「海真の次は僕だけど。それは、妹御にとって最悪の展開だろうからね」

「最悪の展開とは」


 首を傾げる珠蘭に、劉帆はからからと笑いながら言った。


「海真が殺された時ってことだ。その時は僕が、次の不死帝になる」

「……兄様が、殺される?」


 嘘であってほしいと願いながら海真を見やれば、認めるようにゆっくりと首を縦に動かした。


「代替わりってのはそういうことだから。僕が死んだら次は劉帆だ」

「だから言っただろう。妹御にとっては最悪の展開だと。不死帝というのは常に命を狙われる。君の兄はいつ死んでもおかしくない立場にいるんだよ」


 めまいがした。兄が不死帝になっていることさえ驚きだというのに、その立場が常に命を狙われているとは。

 珠蘭にとって兄はかけがえのない家族だ。壕にいた時からいつも珠蘭を気にかけ、外の話をしてくれた。その兄がここで無残に殺されてしまえば、珠蘭は一人になる。


「君は兄が死ぬことをどう思う?」

「……嫌です」


 珠蘭が呟くと、劉帆がにたりと笑みを浮かべた。


「ならば、妹御に手伝ってほしい」

「私に手伝えることですか? 申し訳ありませんが、私は兄のように背丈がないので不死帝のふりをすることは――」


 珠蘭が言いかけた時、くく、と喉奥で笑う音が聞こえた。ちらりと見やればそれは史明だった。珠蘭が不死帝のふりはできないと言ったことが、彼なりに面白かったようだ。


「珠蘭に不死帝になれと言いたいんじゃないよ。をここに呼んだのは、信頼できる仲間を増やしたかったからなんだ」

「信頼できる仲間と言われても、兄様のような才もなければ、壕に閉じこもっていたので、自信がありません」

「大丈夫だよ。こういう時こそ珠蘭の《《瞳》》が活きるはずだから」


 瞳。その単語を聞いて、珠蘭は縋るよう二の腕に触れる。そこには二本の腕輪があった。これは両親から賜ったものだ。貴重な品で、紅玉を切り出した紅の腕輪と、翠玉を切り出した碧の腕輪《《らしい》》。

 《《らしい》》、というのは、珠蘭が本来のその色を見たことがないからだ。


「珠蘭。これから君には後宮に入ってもらう。不死帝は子を成さぬ存在だから後宮といっても権威誇示の場でしかないけれど、色々な事件が起きていてね。宮女として忍びこみ、君の瞳で情報を集めてほしい」


 ここに連れてこられた理由は、珠蘭に情報収集をさせるためだったのだ。不死帝の秘密を知った今、それを断るわけにはいかない。それにこれを引き受けることが兄を助けることにもなる。


「わかりました。私にできることなら」

「ありがとう。珠蘭になら任せられる」


 海真は珠蘭の手を取り、そこに髪飾りを置いた。銀細工の花弁と、中央に小さな瑪瑙玉が埋まっている。既に用意していたものだろう。それを渡すなり、海真は告げた。


「明日から、瑪瑙宮に行ってもらうよ」


 話がまとまったと思いきや、ここまで黙っていた史明がついに動いた。どうにも納得いかないらしい。


「ところで、その女は本当に役に立つんでしょうか。ここまで聞いていて、便利とはどうにも思えませんが。まさか血のつながりだけで妹を推薦したのでしょうか?」


 史明はやはり珠蘭のことが好ましくないようだ。話から察するに、珠蘭を呼ぶと言い出したのは海真だろう。


「どう説明したらいいですかね……こればかりは信じるのも難しいと思いますが」


 海真は考えこんでしまった。その間、史明にじとりと睨まれるのは居心地が悪い。


 助けを求めるように劉帆へ視線を送れば、彼はにやりと笑った。


「妹御。君はその瑪瑙玉が何色に見える?」


 その問いかけは、劉帆も珠蘭の《《瞳》》について知ってるということ。

 劉帆は髪飾りの瑪瑙玉を指さしている。瑪瑙玉は黄味の混ざった鮮やかな朱色だ。橙に似ている。海真や劉帆、史明たちにはそのように見えているのだろう。


 だが、珠蘭は違う。手中の髪飾りを眺め、答えた。


枯緑(クーリュー)


 枯緑色とは、生気はなく枯れ落ちた葉色のことである。緑とつくが若々しい色ではなくかなりくすんで、茶や土色に近い。ひとたび触れればぱらぱらと砕け散りそうな葉に似ている。

 珠蘭には、そう見えている。生気のない土色に近い玉だと。


 珠蘭は一部の色を正常に認識することができない。紅色と緑色が土色のように見えてしまう。はっきりと認識できるのは青だけだ。

 霞では、女人での色覚異常は珍しいと言われている。しかし珠蘭が生まれ育った聚落ではよくあることで、青だけが正常に認識できることから海への供物として扱われた。そのため、彼女は壕に閉じ込められていたのだ。


「……どこが枯緑ですか」


 史明は呆れながら言った。しかし劉帆の好奇は止まない。


「この椅子は? 座面は何色だ?」

「椅子は……大丈夫だと思います。瑠璃色をしてます」

「ほう。海真の言った通りか。愉快だ! これはいい!」


 劉帆は納得したようだ。史明も渋々と言った顔であるが、珠蘭の瞳について把握したらしい。

 こうして珠蘭の瑪瑙宮入りが決まった。



 正常に色の認識ができぬ瞳。そして珠蘭は仮面後宮に触れる。

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