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5.不死帝の黒罪 3

 宦官に扮した海真と劉帆がやってきたのは昼過ぎのことだった。

 沈花妃は劉帆と珠蘭も同席するよう命じたが、二人は遠慮して部屋を出た。沈花妃と海真が久しぶりに会えるのだから、そっとしておいた方がいい。


 その間、珠蘭と劉帆は庭に出た。今日は日差しが厳しく暑いので外を歩く宮女はいない。


「甜糖豆、ありがとうございました。部屋に帰ったら置いてあったのですべて美味しく頂きました」


 まず昨日の甜糖豆について礼を告げる。開口一番にその話をするとは思わなかったらしく、劉帆はまたしても失笑していた。


「君を素直にさせるほどあれが好きか」

「はい。またよろしくお願いしますね。たくさん持ってきて頂いて構いません」

「そこまで頼みこむほど美味しいものかねえ」


 庭を中ほどまで歩いたところで、珠蘭が切り出した。


「劉帆は、(あん)銀揺(ぎんよう)を知っていますか?」


 劉帆の足が止まった。


「うん? それは先代の翡翠花妃だね」

「先代の翡翠花妃である晏銀揺は失踪しているそうなんです」


 しっかりと頷く仕草から、劉帆もここまでは知っていることらしい。


「劉帆は、失踪した理由をご存知ですか?」

「いやいや。それはさすがに知らないよ。僕はそこまで後宮内に詳しいわけじゃないからね」

「そうですか……」


 劉帆ならば知っているかと思ったが、晏銀揺の失踪理由について知るのは難しそうだ。

 突然晏銀揺の名を出してきたことで察しがついたらしく、劉帆が聞く。


「それは昨日、伯花妃から聞かれたのかい? 調べてほしいって頼まれた?」

「はい。伯花妃から先代翡翠花妃の話を聞きました」

「同じ翡翠宮のものとして、先代の失踪理由が気になるのかねえ……そんなの調べても楽しくないだろうに」


 やれやれ、と劉帆は肩をすくめて歩き出す。


「君も、くだらない噂や話に付き合あうのはやめた方がいい。伯花妃は他にも話をしていたかい?」

「今から二十年ほど前に、後宮に赤子の泣き声が響いたという噂話もしていました。特に探せなどは言われなかったのですが、晏銀揺がいた頃だと聞いたので、少し気になって」


 再び、劉帆の歩が止まる。それから呆れたように言った。


「そういうのはよくある話だろう。やれ幽霊だの赤子の泣き声だの」


 やけに返答が早い。詳しく聞かずに切り捨てるのは劉帆らしくない。珠蘭は眉根をよせて、訝しむ。


「劉帆はこういう話を信じないんですね」

「そりゃそうさ。この後宮は不死帝の庭。不死の帝は子を必要としない。それは珠蘭も知っているだろう?」


 不死帝は一人ではない。不死帝という象徴は、容姿の似た男たちの入れ替わりで続いている。血族重視ではないため子を必要としないのだ。

 だから後宮で誰かを愛することもなく、子を作ることもない。


(その後宮に赤子の泣き声が聞こえたのは……ただの噂話かな)


 霞では、死を超越した不死帝を敬う者もいれば、畏れを持つ者もいる。宮女の中にも不死帝に畏れている者はいるだろう。そういった者の恐怖心が赤子の泣き声を生み出したのかもしれない。


「……珠蘭」


 劉帆は振り返らず、背を向けたまま告げた。


「その好奇心は素晴らしいけれど触れてはいけないものもある。伯花妃の頼み事は忘れた方が君のためだ」


 今まで聞いたこともない、地を這うような低い声。珠蘭の好奇心を押さえつけるような迫力がある。

 だから従うしかなかった。「はい」と返事をすれば、珠蘭が思っていた以上に無機質な声が出た。


(晏銀揺の話を劉帆にするのはやめておこう)


 庭の土を踏みしめ考える。他に聞けるとしたら誰がいるだろう。


 人の気配に振り返れば、李史明の姿があった。相変わらず何を考えているのかわからない冷淡な顔つきをして、不快そうに珠蘭を見下ろしている。


「……劉帆、行きますよ」


 史明は珠蘭を無視して、劉帆に声をかける。

 振り返ったら劉帆はいつものようにへらりとした笑顔を貼り付けていた。


「あれ。史明もきたのかい? 僕と海真で充分だと思ったのに」

「その二人で、あの強情な花妃を説得できるとは思えないから来たんですよ。早く沈花妃のところへ行きましょう」


 どうやら史明も駆けつけるほどの話があるようだ。劉帆も沈花妃の部屋に戻るのだろう。

 次いで、史明は珠蘭を睨む。


「あなたは席を外してください。首を突っ込まれるのは厄介なので」

「……わかりました」


 こうもぴしりと制されれば抗うことはできない。珠蘭は手を組み、一揖した。


(一体、何の話をするんだろう)


 去って行く劉帆と史明の背を目で追いながら考える。その疑問が晴れたのは陽が西へと傾き、その姿を赤く染めた頃だった。

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