4.恋色なき園で 10
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翌日はからりと晴れていた。青い空に雲は一つも見当たらない。
珠蘭は珊瑚宮へ向かっていた。沈花妃には珊瑚宮に行く旨を伝えてある。それもこれも先の珊瑚宮女殺人事件についてだ。
(仮説を確かめよう。きっと珊瑚宮は隠し事をしている。それを明かさないと犯人に辿り着けない)
問題は呂花妃が隠し事を認めるかである。こればかりは難しい。
どうしたものかと考えながらもひとまず珊瑚宮へ向かう。庭に出ていた珊瑚宮女に声をかけた。
「呂花妃はどちらに?」
「先ほど散策に出てしまったの。花妃は花壇作りに夢中でしょう? 素敵な植物がないか後宮内を探しているのよ。翡翠宮には立派な庭があるんだから分けてもらえばいいのにね」
勝手に珊瑚宮に立ち入れば疑われてしまう。花妃が不在ならば諦めるしかない。珠蘭は礼を伝えて、珊瑚宮を離れた。
このまま瑪瑙宮に戻ることもできるが、黒宮に向かう手もある。昨日は老宦官がいて妨げられたが、柳には手がかりが残されているかもしれない。
(もう一度黒宮に行こう)
そうして黒宮に向かおうとした時である。遠くから枯緑色の衣を纏った集団が歩いてくる。
何だろうかと目をこらせば、先頭にいるのは翡翠宮の伯花妃だった。
この天気だ、散策に出たのだろう。珠蘭を道端に移動し、頭を下げた。伯花妃一行がそのまま通り過ぎるかと思いきや――珠蘭の前で、伯花妃が足を止めた。
「……瑪瑙宮の董珠蘭」
強ばった声が落ちる。珠蘭は返事をしながらもより深く頭を下げた。
「なぜここにいる? 向こうは黒宮だ、近寄ってはならない」
こうして伯花妃が声をかけてくれたことは好機だ。事件について知りたいことがある。どうにかして翡翠宮の簪を見せてもらわなければ。
どう伝えればよいだろうかと悩み、珠蘭は顔をあげた。
「先の、珊瑚宮女が亡くなった件について黒宮を調べていました」
正直に伝えれば、伯花妃の後ろに並んでいた翡翠宮女たちがざわついた。伯花妃は仮面をつけているため表情がわかりづらいが、声音が硬い。
「それは我も知っている。珊瑚宮の呂花妃は、我が犯人だと思うているのだろう?」
「はい」
すかさず珠蘭が返事をした。これまた宮女たちがざわざわと騒ぐ。
「おぬしはそれを調べている……どうだ? 我が疑わしいと思ったか?」
「わかりません。それを調べていますから」
呂花妃や沈花妃と違って、伯花妃は目つきが鋭い。仮面の奥にある瞳は冷えていて、嘘偽りを並べようものならすぐに見抜かれてしまいそうな迫力がある。
この人に嘘偽りはよくないと直感し、珠蘭は素直に述べるようにした。それが功を奏したらしく、伯花妃はにやりと口元を緩めた。
「我が手伝おう」
開いた扇を勢いよく閉じる。それから振り返って宮女たちに告げた。
「散策はやめだ。翡翠宮へ戻る」
「花妃……それは……」
「この者がどのように調べているのか興味深い。我も知りたいのだ。引き返すぞ」
すると一人の宮女が一揖して、花妃の前に歩み出た。いつぞや珠蘭が持ってきた届物の菓子を踏みつけた者だ。
「花妃、この者は瑪瑙宮の手先です。いつ伯花妃の御身を襲うか知れませぬ」
その宮女が喋るたび、ぱらぱらと粉のようなものが落ちる。
(土……泥……?)
泥が乾いて粉になって落ちていくのに似ている。粉は口元から落ちているらしい。気になったがそれを遮るように花妃が答える。
「構わん。この者を連れて戻るぞ」
宮女の提案を一蹴し、伯花妃は翡翠宮へと歩き出す。珠蘭もそれについていった。




