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2.枯緑の都 1/2

 壕を出てからというもの、光を遮る漆黒の面布を被るよう命じられ、船や馬車に乗る間も景色を見ることは許されなかった。最初は周りの音に集中していたものの疲れてしまって、道中はほとんど寝ていた。壕からかなり離れたところにきたのだろう。


「面布を取っていいよ」


 許可が下りたのは壕を出て二日経った頃だった。賑やかな音がぴたりと止んでいる。声の反響具合から察するに、広い部屋にいるらしい。


 珠蘭は面布を取る。眩しさに目を細めながらも見渡せば、そこにあるのは、壕とは違いすぎる絢爛なる広い部屋だった。切り出した石の床はひやりと冷たく、靴音が心地よい。


 正面には玉座があり、男が座していた。黒々とした髪を結い上げて冕冠(べんかん)を被っている。冕冠には玻璃玉がついた簾がついているものの、これは左右と後方のみ。前方の簾がないのは仮面をつけるためである。仮面は顔の一部を覆うもので、目と鼻と頬の上部にかかる。視界を遮らぬよう目元は穴が空き、目元の穴や仮面の外周は煌びやかな宝飾が埋め込まれていた。着ている深衣も豪勢な作りで、瑠璃色に金色の刺繍が施されている。

 彼の佇まいから察する、帝だ。霞の帝が目の前にいる。


 帝は手をあげて近くにいた者を呼んだ。

 一人の男が帝へ寄り、何やら話をしていた。それが終わるなり、男は珠蘭の方にやってくる。


(とう) 珠蘭(しゅらん)だな」


 こちらに近づいてきた男は綺麗な顔をしていた。顔つきとは似合わぬ冷淡な声音である。嫌なものでも見るようにじとりと睨みつけながら続ける。


「ついて来い」


 不安になりながら、珠蘭は先を歩く男についていく。


 向かったのは奥にある部屋だった。玉座がある部屋ほど広くはないものの、床や壁は先ほどと変わらず。中央には瑠璃色の布地を座面に張った椅子がいくつも用意されている。布地はふかふかと膨らんでいて、座り心地がよさそうだ。

 珠蘭が部屋に入ったところで、男は扉を閉めた。両開きの分厚い扉を閉めた後、これまた分厚い扉を引き寄せ鍵をかける。二重扉だ。どちらも分厚い作りをしているので、外の音は聞こえない。


「まったく。この女人のどこが使えるのかわかりません」


 珠蘭を連れてきた男はぶつぶつと文句を言っていた。あの綺麗な顔が台無しなほど悪態をついている。露骨にため息をはいて、それから顔をあげた。


「出てきてどうぞ。戸締まりはしましたから」


 すると部屋の奥、屏風の裏から男が現れた。

 壕にやってきた男だ。軽々しい物言いをして、珠蘭を蘑菇(きのこ)にもならぬと嗤った男。


「やあ妹御。長旅に付き合わせて申し訳なかったね」


 男はそう言った後、瑠璃の椅子にどっかりと座る。ここが都であることを疑いたくなる振る舞いだ。


「僕は(よう)劉帆(りゅうほ)。よろしく、白蘑菇」

「……まさかと思いますが、その白蘑菇とは」

「そりゃもちろん君のことだよ! 日の当たらぬじめついた場所に隠れていたんだ、白い蘑菇が相応しいだろう」


 初対面から妙なあだ名をつけてくれる。なんて失礼な男だ。珠蘭は苛立ちそのまま、劉帆を鋭く睨みつける。


「へえ。話に聞いていたよりも気が強いね。面白い面白い」


 反抗的な態度をとっても意に介さないときた。疲れる男だ。


 次に屏風から現れて、瑠璃の椅子に腰掛けたのは、劉帆と異なり煌びやかな飾りをつけた――あの帝だった。


「――っ、」


 帝が眼前に、この至近距離におられる。冕冠は外していたが仮面はつけたまま。


 霞に住む者として帝は畏怖の対象である。平民である珠蘭は伏さないといけない。

 しかし戦慄き、後ずさりをしたのは珠蘭だけだった。劉帆やあの綺麗な顔をした男に動く気配はなく、劉帆に至ってはへらへらとした笑みを浮かべたままだ。おかしなことである。

 これは、すぐに答えが出た。


「珠蘭、騒がないで」


 馴染みのある声と共に、帝が仮面に触れる。後頭部で固く結んだ紐を解き、仮面が容易に外れぬよう仮面と肌を接着した米糊を丁寧に剥がす。

 現れたのは紛う事なき、兄、(とう)海真(かいしん)(かんばせ)だった。


「……は、兄様……なぜ……」


 落ち着いた振る舞いをし、瑠璃の椅子に腰掛けるは帝の格好をしているが、兄と同じ顔をしている。

 まったく理解ができない。董家の血筋に皇室に関するものは一滴もなく、海沿いの辺鄙な聚落に住んでいるだけ。その兄が、なぜ帝に。


「久しぶりの再会がこうなって申し訳ないね。事情を話すから落ち着いて聞いてくれるかい」


 宥められ、珠蘭はごくりと喉を鳴らす。簡単に落ち着けるものか。

 着席を進められたが足が動かない。そんな珠蘭の肩を掴み、無理矢理押しつけるように座らせたのは、あの綺麗な顔をした嫌みな男だった。


「早くしてもらわないと困ります。ご着席ください」

「い、いたたた……あなた、力加減を知らないの?」

「そのようなものは生憎と」


 まったく嫌な男だ。きっと睨みつけると、海真の声が割って入った。


史明(しめい)。あまりきつく当たらないでくれ。可愛い妹なんだ」

「善処致します」


 こういう場での『善処致します』は拒否を表している。善処しているふりをして、本人にそのつもりはないのだろう。

 不快感を顕わにし眉根を寄せる珠蘭を見下ろし、史明は冷たく言った。


() 史明(しめい)と申します。お見知りおきを」

「私は……」

「結構です。名前はとっくに伺っているので」


 名乗ろうとしたのは確かだが、口を開こうとすればこうして遮られる。出会って数言しか交わしてないといえ、珠蘭の心に史明への苦手意識が生じていた。


 史明を除く三人が着席し、珠蘭の後ろには史明が立つ。それぞれの名を把握したところで、海真が口を開いた。


「まずは、行方不明だった間に心配かけたことを詫びるよ。連絡できなかったから珠蘭も両親も案じていただろう」

「それは、まあ。定期的に金子が届いていたので、召し抱えられたのかと思っていましたが」

「近いものだね俺の場合は、よくある『宦官として売るため』ではなかったけど。都に送られたところまでは推測通りだよ」


 そう言って、外したばかりの仮面に触れる。


「珠蘭。不死帝の名を聞いたことはあるだろう?」


 珠蘭は返答に迷った。聞いたことはあるのだが、壕に隠れ住んでいたので外のことは両親や兄に聞くまでわからなかったのだ。珠蘭の知るそれが、一般常識と一致するかといえば怪しい。


 珠蘭の代わりに劉帆が口を開いた。鼻歌でも奏でるような軽快な声音で語る。


「霞の中心であり、殺しても死なぬ、永遠を生きる不死の帝。例え体の芯を貫かれようとも、翌日には蘇る」

「本当に死なないのかは、疑問ですが」 珠蘭が渋い顔をして口を挟んだ。不死帝への印象はあまり良くない。

「死を超越するなんて、俄には信じがたい話です」

「ははっ。妹御は不死帝がお嫌いか。でも不死帝は百年以上生きているからね、死を超越しなければできないこと。それに霞が島統一できたのは、殺せぬ帝に他国が恐れたからだ」


 それは珠蘭も知っている。


 霞にはこんな言葉がある。『不死帝、百年を生き、死を超越す』。百年以上も生き続け、霞を治める不死帝を讃えたものだ。


 昔、この島にいくつもの国があり、領土争いが絶えなかった。霞はわずかな領土しかなく、他国とも面する島中心部にあったため、常に侵略の対象となっていた。霞は強国に従属して細々と名を残してきたが、ついに不死帝を生み出したのである。

 不死帝とは、仙術で片付けられない、死を超越した者。暗殺者がやってきても翌日には怪我などなかったように蘇る。これを周辺国は恐れ、不死帝への忠誠を誓った。

 こうして不死帝は悲願であった島統一を果たし、島全土が霞となったのだ。

 戦火絶えぬ場所であった島が平和になった。民としては喜ばしいが、百年以上生きる不死帝が不気味であることは確かだ。


「都から離れたところにいる者たちは不死帝を気色悪いものだと思うらしいからなあ」


 劉帆はそう言って、背もたれにもたれかかる。両手をあげて、ぐいと背を伸ばしていた。


 しかし、だ。兄の海真が、不死帝の格好をしていたことは納得できない。不死帝とは死を超越したものではないのか。疑わしげに海真が持つ仮面を眺める。珠蘭の視線から意図を察したのか、海真が口を開いた。


「珠蘭が言う通り、死を超越するなんて容易じゃない。実際に不死帝というのは、ただの人間だ。仕掛けがあるから百年を生きているだけ」

「その仕掛けを、私が伺ってもいいのでしょうか?」

「もちろん――と言いたいけど、その質問は俺たちがすべきもの。この秘密を知ってしまえばもう戻れない。壕にも、聚落にも、元の生活にはきっと戻れなくなる。話してもいいかい、珠蘭?」


 こうして問いながらも珠蘭に拒否権はないのだろう。既に不死帝の秘密に足を踏み入れている。珠蘭の背後に史明が控えているのは、いつでも斬り捨てる用意があるということ。彼は常に、刀の柄に片手をかけていた。

 珠蘭に問いかけたのは、『巻き込まれて知った』ではなく『自ら望んで巻き込まれた』という立場にするためだろう。


「壕から引っ張り出しておいて、ずるい問答ですね」

「それについては後で謝罪するよ。珠蘭が聞きたいか、聞きたくないか、それだけを答えてほしい」


 背後に立つ史明が苛立ったように、じりと足を動かした。迷いがあれば斬られるのだろう。


(壕を出て、ここまで来たのだから、兄を信じるしかない)


 珠蘭は覚悟を決めて頷いた。


「教えてください。不死帝の秘密を」

「……ああ、よかった。珠蘭ならそう言ってくれると思ったんだ」


 海真が安堵の息を吐く。史明は逆の心境だろう。不満そうに舌打ちを一つ残していた。



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