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4.恋色なき園で 4

 翌日。朝から宮女たちが慌ただしい。それは本日開催される翡翠宮茶会が理由だ。午後に開催されるとあって、朝から身支度で忙しない。


 珠蘭(しゅらん)(シン)花妃(ファフェイ)に呼び出されたのは一段落ついた、まもなく正午刻になろうという頃だった。

 部屋に入れば、沈花妃は細部まで装飾の施された襦裙(じゅくん)被帛(ひはく)を纏い、髪は歩揺(ほよう)(かんざし)を挿し、準備はすべて終えているようだった。どの衣も珠蘭の瞳には枯緑色として映っているが、実際は瑪瑙を模した朱色や、それに近い色をしているのだろう。


 沈花妃は微笑んで向かいの席を指した。言われるがまま珠蘭は向かいに腰掛ける。


「茶会に行く時は、珠蘭もついてきてほしいの」

「いいのですか?」


 茶会には数名の宮女を連れて行くのが決まりだが、身支度に呼ばれなかったことから茶会は留守番になるかと思っていた。まさか声をかけられるとは。


「もちろんよ。他の宮の花妃もくるから役立つこともあるかもしれないわ。残念ながら不死帝はいらっしゃらないようだけれど」


 なるほど。沈花妃は珠蘭の仕事についても考慮してくれたらしい。翡翠宮や珊瑚宮の妃嬪に会える絶好の機会だ。


「ありがとうございます」


 珠蘭は深く頭を下げた。しかし困ったことがあった。

 茶会では、各宮の宮女たちも華やかな装いをする。衣は各宮で定められたものを着るが、髪は自由だ。それぞれが家から持ってきた歩揺や簪を着ける。仕えている宮の花妃よりも華美にならなければ許されるようだ。

 珠蘭はそういった装飾品を持ち合わせていなかった。何も着けない宮女というのも、宮の品位を落とす。どうしたものか。


「何か困りごと?」


 珠蘭の憂いた様子から察した沈花妃が訊く。


「その、相応しい装いなるものを持ち合わせていないので……どうしたものかと」


 髪につけるもので持っているのは、瑪瑙宮に入る時にもらった髪飾りだ。普段から身につけているので特別な装いと言い難い。

 すると沈花妃は笑った。口元を扇で隠してはいるが、くすくすと鈴を転がすような笑い声が響いている。


「そうだと思っていたの。あなた、史明(しめい)が用意した荷物しか持っていないんでしょう?」

「……はい」

「あの唐変木に女人の必要な道具などわからないでしょう。簪ならわたくしのを貸すわ」


 史明を唐変木と言ってのけるのは沈花妃ぐらいかもしれない。ここに史明がいたらどんな顔をしていただろう。先日の瑠璃宮での冷ややかな扱いはまだ頭に残っているから、花妃の鋭い物言いがたまらなくおかしい。笑いを堪えるのが大変だった。


 その間に沈花妃は厨子(ずし)から髪飾りを取り出した。花妃ほど華美にしてはならないという暗黙の了解を知っているのだろう。選んだのはどれも質素で、しかし品のよいものだ。


「ここに座って」


 数本の簪を手に取り、花妃が言った。指定された位置に座れば、ふわりと後ろに甘い香のかおりが漂う。沈花妃が後ろにいるのだとすぐわかった。

 きっと、珠蘭の髪を飾ろうとしているのだ。宮女を飾るなど妃嬪のすることではない。沈花妃の意図を知り、それを止めるため慌てて振り返る。


「花妃! そ、それは自分で――」

「あら、だめよ。わたくしはこれが楽しみだったの。珠蘭の髪は癖のないまっすぐの髪でさらさらと流れるようだから、飾り付けてみたかったのよ」


 止めようとしても花妃は頑なである。これ以上は逆らえず、珠蘭は大人しく座るしかなかった。


 髪がさらさらと揺れる。沈花妃は鼻歌交じりで楽しそうに珠蘭の髪を結っていた。


 几にはこれから挿すだろう簪が並んでいた。そこに金や銀の簪がほとんどの中、一本だけ枯緑色の簪があった。他の簪に比べて足が太く、文様が彫り込まれている。よく見れば毛地黄(ジギタリス)の花だ。波打つ文様の合間に毛地黄の花が三つほど咲いている。

 珠蘭が簪を眺めていることに気づいたらしい花妃が口を開いた。


「それは朱色よ。瑪瑙で作られているの。わたくしが瑪瑙宮に入った記念として作られた簪なのよ」

「そんな高価なものを用意したんですか?」

「宮女たちにも贈ったものよ。だから今日はあなたに着けようと思って」


 沈花妃はそう言って、簪を手に取る。不安そうな珠蘭を宥めるように「他の宮女も、今日着けてくると思うから」と呟いて、簪を挿した。


***


 翡翠宮茶会が始まった。場所は翡翠宮の奥にある(てい)だ。

 翡翠宮に合わせて作られただろう亭の柱は翡翠色をし、三角型の屋根を四枚貼り合わせたような薄鼠色の屋根が美しい。

 亭に壁はなく屋根と柱のみの開かれた場所であるため、周辺の庭まで細やかな手入れをしなければならないのだが、翡翠宮の亭は見事だ。様々な花や緑が植えられている。中でも翡翠宮の宮花である夾竹桃(キョウチクトウ)はいくつも植えられていた。時期がもう少し遅ければ鮮やかに咲くのだろうが、他の花たちが咲き誇っているので物足りなさは感じなかった。


(翡翠宮は夾竹桃……これも毒の花だ)


 沈花妃の付き添いとして翡翠亭にやってきた珠蘭は、翡翠宮のあちこちに植えられている夾竹桃を眺めて考えこんでいた。

 瑪瑙宮には毛地黄(ジギタリス)、翡翠宮は夾竹桃。どれも毒のある花だ。例えば夾竹桃ならば、あの枝を切り落として燃やすだけで毒煙が出る。美しい花を咲かすが取り扱いは大変だ。


 取り扱いが大変といえば花だけではない。ここに集まる五人の花妃たちも、なかなかに扱いが難しい。

 不死帝は参加しないとなったものの花妃たちは皆仮面をつけている。沈花妃のように主催の妃からもらった仮面をつける花妃もいれば、自らの宮の仮面をつけている者もいた。

 それらを眺めながら珠蘭は考える。


(ここで翡翠仮面をつけている花妃は、翡翠宮と友好関係を築いているのかもしれない。翡翠仮面をつけていない花妃は、敵対もしくはそこまで親しくないのかも)


 まず中央に座しているのは主催である翡翠宮の(ハク)花妃(ファフェイ)。彼女は翡翠の仮面をつけていた。顏はあまりわからないものの、艶やかな黒髪を高い位置で結って垂らしている。立ち上がれば他の花妃よりも背が高いのでひときわ威圧感があった。


 その隣には琥珀(こはく)宮の花妃と真珠(しんじゅ)宮の花妃が座っているが、どちらも翡翠の仮面をつけている。どちらも翡翠宮の花妃とはよい関係を築いてそうだ。


 この並びは後宮内の序列となっているのか、五人の中で新参である瑪瑙宮の(シン)花妃(ファフェイ)は末席に腰掛けていた。しかし伯花妃が何度も話を振っていることから、末席であるからといって二人の仲が悪いわけではないようだ。


(となると、やはり)


 五人の花妃で唯一、仮面の色が異なる者がいた。珊瑚(さんご)宮の(リョ)花妃(ファフェイ)である。


 仮面をつけているものの、眼光の鋭さは隠しきれず、隙あらば伯花妃を射るように睨みつけている。伯花妃もまた呂花妃のことを快く思っていないのか、彼女に話しかけようとはしなかった。

 呂花妃と伯花妃の冷え込んだ仲に、他の者たちも気づいているのだろう。亭は重たく暗い空気が流れている。周りの花も泣き出しそうなほどに。


 次に珠蘭は翡翠宮の宮女たちを見た。珠蘭は水影(すいえい)のことが気になっている。彼女が最後に目撃されたのは翡翠宮周辺だと聞いたことから、翡翠宮に隠れたのではないかと思ったが――宮女にそれらしき姿はいない。


(瑪瑙宮の宮女が少なすぎるだけで、翡翠宮にはたくさんの宮女がいる。ここに来ていない人もいるだろうし、水影を探すのは難しいか)


 後宮は息苦しい場所だ。気になるものが多方面にあって、常に気を張らなければならない。険悪な花妃たちに消えた水影。珊瑚宮の殺人事件。頭が痛くなりそうだ。


「……やっぱり翡翠宮は寵愛の宮だものね」


 ひどくなる頭痛にため息をつこうとしたところで、他宮女たちの声が聞こえて我に返った。寵愛の宮という単語が気にかかり、耳をそばだてる。


「過去に不死帝が足繁く通ったのは翡翠花妃でしょう? この宮は本当に豪華な作りだわ」

「寵愛の宮という別名はさすがね。うちの宮も、これほど美しい亭があればいいのに」


 違和感が生じた。珠蘭は不死帝の秘密を知っている。入れ替わり制で続く不死帝が、誰か一人を寵愛することがあるのだろうか。

 宮女たちはそこで話をやめてしまったので珠蘭の疑問が解決することはなかった。これについては劉帆に聞いた方が良いだろう。頭の片隅にとどめておく。


(時間がある時に、黒宮を調べないと)


 黒宮は翡翠宮と珊瑚宮の間、後宮の奥まで歩いていったところにある。その方角に目をこらしてみるが、鬱蒼と茂る木に遮られている。近づかなければみえないだろう。


(なかなか進まないな)


 調べたいものはたくさんあるのにうまく行かない。もどかしさに俯こうとした時、呂花妃がこちらを向いた。


(……目が、合った?)


 仮面の奥に潜む瞳が、こちらを捉えた気がした。それは一瞬のことであったが、気のせいではないと思う。仮面の奥にある瞳はきらきらと輝いて澄んでいたから。


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