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4.恋色なき園で 3



 話が終わったところで部屋を出る。史明と劉帆は早々に仕事へと戻っていったはずが、珠蘭が瑠璃宮を出たところで劉帆が追いかけてきた。


「瑪瑙宮まで送ろう。暇だからね」

「いいんですか? 史明に怒られるのでは」


 おそるおそる聞くも、劉帆は「慣れてるから」と笑っていた。この分ではまた叱られるのだろう。


 瑠璃宮を出る際、また門柱を見上げた。目が覚めるほど青々としている。この色だけは他者とわかりあえることが、珠蘭にとって嬉しかった。


「おや。この色は視えるんだっけ?」

「はい。海のような青色は他の人と同じように視ることができます」

「じゃあこの色は、僕と同じようにみえているんだ?」


 珠蘭は頷いた。するともう一度、劉帆が門柱を見上げる。


「……ふむ。稀色まれいろの話を聞くと、同じ色を認識していることが奇跡のように思えるね」

「確かに。奇跡かもしれません」


 それから劉帆は珠蘭の肩を優しく叩いた。


「困った時があればこの瑠璃色に逃げてくればいい。君の瞳でも褪せず視る色だ、わかりやすい目印だろう」


 蒼色だけ他人と同じ色を視ていることが目印になるとか奇跡であるとか、そんな風に考えたことはなかった。軽い口調のくせに面白いことを言うから、つい口元が緩んでしまう。


 笑顔の珠蘭に気づいたのか劉帆が足を止めて、その顔を覗きこんだ。背の高い劉帆がわざわざ腰を曲げて覗きこむ様子もまた面白く、珠蘭は再び笑った。


「いい笑顔だ。いつもそうやって笑っていればいいのに」

「宮女ですから。それは出来ません」

「だよなあ、勿体ない。そうだ、僕が偉くなればいい。そして君を仕えさせるんだ。そうしたら君は一日中笑っていられるぞ」

「またそんなこと言って」


 劉帆は次の不死帝候補だ。もし不死帝になったとしても身分を隠すため、珠蘭を特別扱いするなどできないだろう。夢物語だ。わかっていながらも、珠蘭の笑みを得るためそのようなことを語るのだ。悪い気はしない。


「今まで一人で壕にいたんだろう。後宮はたくさん人がいるから慣れないんじゃないか?」


 劉帆が訊いた。


「そうですね。一人でいる時間があまりにも少なくて、閉じこもりたくなります」

「ははっ、閉じこもりたいってのは僕にない発想だ。面白い」


 瑠璃宮を出て、毒花門を越える。玉砂利の道を歩けば石のこすれる音が響く。その音を聞きながら、再び劉帆がこちらを見た。


「どうして君は壕に閉じこもっていたの?」

「私の故郷では、蒼海色のみ判別できる者を『海神(かいじん)(にえ)』と呼びました。海に愛され、海に捧げられたから、海以外の色を視ることができない――贄は、豊漁を願って壕に隠され、海を眺めて過ごす。そういう決まりです」


 壕を出て自由になる日はこないと思っていた。自由など考えたことさえなかった。それが今は都の中心、霞正城(かしょうじょう)にいるのだ。こんな日がくると露も思わなかった。


「へえ、それは寂しかっただろう。外に出たいと思わなかったのか?」

「考えたことはありましたが、そのうちに諦めました」

「いまは? 外に出られて幸せ?」


 この問いかけにしばし悩んだ。


 壕にいた頃と後宮にいる頃とどちらが幸せかの判断は難しい。殺人事件の調査を託されず、誰かに仕えることもなかったら、外の方が楽しいと答えたかもしれないが。

 返答に悩む珠蘭を見かねて、劉帆が再び訊く。問いかけは形を変えていた。


「壕に戻りたい?」


 これはすぐに返事がみえた。首を横に振る。


「今の方が……面白いです」


 瑪瑙宮には沈花妃や河江がいる。瑠璃宮には海真と劉帆がいて、いけ好かないところはあれど史明という顔見知りだって。

 壕にいた時よりも変化が多い。誰かと知り合うことは難しくもあれば、楽しい時もある。


 こうして瑪瑙宮についたものの、劉帆は中まで入らず瑠璃宮に戻っていった。なんだかんだ言いながら忙しいのだろう。彼は急ぎ足で去っていった。

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