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4.恋色なき園で 2



 珠蘭にとって瑠璃宮はありがたい。瑠璃色に塗られた門柱は、色覚に問題を抱えた珠蘭でも視ることができる。故郷では『蒼海色(そうかいしょく)』と呼ばれる、海の色のような青色は他者と同じく認識できた。

 だからか、この瑠璃色は落ち着く。門柱を見上げて、清々しいほどの青さを目に焼き付ける。その後、瑠璃宮へと入った。


 想像と異なり瑠璃宮は落ち着いていた。宦官の一人に、届物の旨を伝えると別室に通された。

 瑠璃宮は昼間でも明るい。不死帝の時世が絶えぬことを願って、燭台の火は常に灯る。そのせいか室内はじっとりと湿り、外よりもやや暑い。瀟洒な金細工の施された椅子に腰掛けてしばし待つと、史明と劉帆が現れた。


「やあやあ。君が来てくれるなんてね」


 珠蘭の顔を見るなり劉帆は片手をあげて、からからと笑った。その後ろに立つ史明は今日も不機嫌そうな顔つきだ。


「わざわざ届物ですか」

「沈花妃から李史明に渡すよう頼まれました」

「はあ。何も今日でなくたって良いものでしょう。どうせ届物を理由に瑠璃宮の様子を知りたかっただけでは」


 ご明察だ、と珠蘭は心の内で史明を讃えた。表に出したところで史明は何とも思わないだろう。だから黙っておいたが。


「しかしあなた、目立つことばかりしてくれますね。先日の瑪瑙宮の騒ぎは、私まで話が来ていますよ」

「あれはその……仕方なく……」

「記憶力のよい宮女が謀りを曝いたともっぱらの噂ですよ。私の遠縁という話になっていますから、もう少し行動を謹んでいただきたい」


 それは珠蘭ではなく、珠蘭を陥れようとした水影に言っていただきたい。とはいえ、機嫌の悪い史明を相手に口喧嘩をすればどうなるものか。「善処します」とさらりと交わしておいた。


「ところで海真は?」


 気がかりは海真のことだった。まさか怪我をしたのではないか。内心冷や汗をかきながら聞くも、劉帆が宥めるように微笑んだ。


「無事だよ。特に怪我もしていない」


 よかった、と珠蘭は安堵の息をつく。沈花妃への報告もできそうだ。


「でも今回の騒ぎがあったから、翡翠宮主催の茶会は妃嬪だけで行われるだろう。不死帝は欠席だ」

「なるほど」

「とはいえ君は落ち着いていられないと思うよ。他宮の花妃たちが集まる場だ。君にとっては情報収集をする最適な場だろう――ちょうどいい、いま話そうか」


 それはいつぞや花妃が言っていた事件のことだろうか。劉帆は真剣な顔つきになる。


「半年前のことだ。珊瑚(さんご)宮の宮女が殺された。ところがこの事件には不可解な点があってね」


 史明は手に持っていた竹簡を広げた。そこには後宮の図が書いてある。瑠璃宮、瑪瑙宮もある。


「一点目は見つかった場所だ。その宮女が見つかったのは、この場所」


 劉帆が指したのは、宮の形は書いてあるものの名前が記されていない場所だった。翡翠(ひすい)宮と珊瑚宮の間、少し離れた奥の方にある。後宮内でも端の方だ。


「ここは(くろ)宮と言う。昔は妃嬪の宮として使われていたらしいが、今は廃宮となってね、近づけば呪われると言われて、誰も近寄ろうとしない場所だ。その黒宮近くで遺体が見つかったらしい」

「『らしい』と断言できずにいるのは理由があるのでしょうか?」


 珠蘭が聞くと、劉帆は「鋭いね」と笑った。


「遺体を発見し、通報したのは珊瑚宮の宮女だ。けれどおかしなことに、発見された場所には遺体の首しかなかった」

「胴体はどこに消えたんでしょう」

「さあ、どこだろう。他の者たちが調べたが、首が発見された場所の付近に少量の血痕しか見当たらず、争った形跡もない。辺りの土を掘り返したり池の底も調べたが胴体は見つからなかった」


 首を切り落とすとなれば相当な出血があるだろうに、少量の血痕となればおかしな話である。ここで首と胴体を切り離したとは考えにくい。その考えに劉帆も行き着いているのだろう。


「普段は誰も近寄らない黒宮と、そこにあった首――この件について、君に調べてほしいんだ」

「その調べるというのは、私に犯人を捜してほしい、ということですか?」

「ううん……難しいね。犯人はもちろん気になるところだけど、調べてほしい理由は犯人探しだけじゃない」


 そして劉帆は再び黒宮の場所を指で叩いた。


「なぜ、誰も近寄ろうとしない呪いの黒宮に近づいたのか。僕はこれが知りたい。それがわかるなら最悪、犯人は見つからなくてもいい」


 殺人事件の犯人でも動機でもなく、黒宮に近づいた理由。犯人は見つからなくてもいいとまで断言するのが不思議だった。

 殺人事件の調査など恐ろしい。それが首しか見つからない凄惨な事件であるから余計に。


 嫌気たっぷりに顔をしかめた珠蘭だったが、すかさず史明が冷ややかに言った。


「拒否権はありませんよ。あなたが後宮にいる限り、この任がついて回ります」

「私が嫌がろうが絶対に調べろってことですね」

「当然です。不死帝の秘密を知った者として、あなたもご協力ください」


 勝手に壕から連れ去っておいてこの言い様である。史明を強く睨んでみるが、冷淡な顏に響くことはない。

 史明と珠蘭の険悪な空気を裂くように、劉帆が手を叩いた。


「まずは珊瑚宮の調査……と行きたいけれど、翡翠宮も気にかけてほしい」

「翡翠宮もですか?」

「どうも珊瑚宮の花妃は翡翠宮の花妃と仲がよろしくない。この事件の犯人は翡翠宮にいると主張しているんだ」


 翡翠宮の花妃は(ハク)家の次女、(ハク)花妃(ファフェイ)。対する珊瑚宮は(リョ)家の長女、(リョ)花妃(ファフェイ)だ。


「瑪瑙宮の沈花妃が入内する少し前に、珊瑚宮の呂花妃が入宮した。比較的新しい妃嬪だと言えるだろうね。序列も低い」

「後宮内の序列としては、伯家次女がいる翡翠宮が一番ですよね?」

「そうだね。翡翠宮の伯花妃は後宮の頂点に位置する。名門伯家の次女だからね」


 珊瑚宮の呂花妃は、後宮の頂点に位置する伯花妃に堂々と喧嘩を売っているのだ。なかなか豪胆な花妃である。


「この揉め事が後宮内で収まるならば良いけれどね。伯家と呂家の争いにも発展しかねないから、まったく頭が痛い」


 劉帆は苦笑した。この殺人事件はそれぞれの家の問題にもなりかねない。難しいものだ。

 かといって調査を断ろうとしても史明が許さないのだろう。巻き込まれてしまった以上、頑張るしかない。珠蘭は覚悟を決めて頷いた。


「……とりあえず調べてみます」

「助かるよ。こちらもなるべく協力する。海真は忙しい時があるから、僕がついていこう」


 と、劉帆が和やかに提案したのだが、史明がきりっと強く顔をしかめた。


「劉帆。あなたも遊んでいる暇はありません」

「いいじゃないか。自由は今だけだろう」

「海真の側で見守り、同じ視界や同じ思考を吸収することが、あなたの仕事です」


 これに劉帆は唇を尖らせ、気の抜けた返事をするだけだった。

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