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4.恋色なき園で 1/13

 不届き者が不死帝を襲ったという話が出たのは昨晩のことである。瑠璃(るり)宮は朝まで大変なな騒ぎで篝火(かがりび)は絶えず、夜半だというのに昼間のような明るさだった。


 不死帝が襲われたという話はあれど後宮が騒ぐことはない。相手は死を超越している帝。どれだけ襲われようが毎朝太陽が蘇るように、不死帝も蘇る。誰しもが不死帝のことを案じていなかった。


「……暗殺者ですか?」


 朝になってその話を聞いた(とう)珠蘭(しゅらん)だけは言葉を失っていた。この後宮で唯一、不死帝の謎を知る者である。


 現不死帝は董珠蘭の兄、(とう)海真(かいしん)だ。何があれば他者が不死帝を代わるのだろうが、海真の身はどうなったのだろう。小さな怪我であればいいが、生命の危機に瀕していたら――。


 最悪の想像がよぎり、(シン)花妃(ファフェイ)の髪を梳く手が止まった。


「珠蘭? どうしたの?」

「あ、いえ……少し考えごとを」


 動揺してはならない。そう自らに言い聞かせ、再び髪を梳く。


 明日は翡翠(ひすい)宮の(ハク)花妃(ファフェイ)が主催する茶会だ。不死帝も出席する予定だと聞いたが、この騒ぎではどうなるだろう。

 こちらから瑠璃宮に行く用事がないため、海真や(よう)劉帆(りゅうほ)が来てから聞くしかない。さして必要ない時には現れるくせ、こういう時はなかなかやってこない。


「今日、海真は来るかしら」


 ぽつりと沈花妃が呟いた。切なそうな声音だと思ったが、珠蘭からはその表情は見えない。


「どうでしょう。瑠璃宮は忙しそうですから難しいかもしれませんね」

「そうね……」


 こうして毎朝、朝餉(あさげ)や髪支度に珠蘭は呼ばれる。瑪瑙(めのう)宮に来たばかりの仕事のない頃を思えば、今は随分とやりがいがある。

 用事のない時に呼び出されることもある。ほとんどが沈花妃が暇を持て余している時だ。(つくえ)に果物や菓子が並び、茶を楽しみながら雑談を交わす。

 つまるところ、珠蘭は沈花妃の信を得つつあった。他宮女たちにも認められている。

 だが、例えば沐浴や着替えといった身支度では呼ばれない。これは沈家から連れてきた馴染みの宮女にしか任せていないようで、その時間になれば珠蘭は席を外すよう命じられている。


(今日の昼過ぎには仕事も減りそうだから、瑠璃宮の様子を見に行けるかな。近づいたらだめだろうか。でも気になる)


 珠蘭はというと、心ここにあらずであった。瑠璃宮での騒ぎがどうも気になる。不死帝いや海真は無事だろうか。


「ところで珠蘭。今日はあなたにお願いしたいことがあるの」


 沈花妃がこちらを振り返って言った。少しの無言を経ての提案である。どんな頼み事だろうかと、珠蘭は顔を強ばらせて続きを待った。


「瑠璃宮の()史明(しめい)届物(とどけもの)をしてほしいの」

「瑠璃宮に……ですか」


 今日騒ぎがあったばかりの瑠璃宮に立ち入って良いのだろうか。少しばかり考えてしまう。

 だが沈花妃はふわりと微笑んだ。


「今日だからこそよ。あなた、瑠璃宮のことが気になっているのでしょう?」

「……花妃にはお見通しですね」

「ええ。だって、わたくしも瑠璃宮が心配だから」


 なるほど。瑠璃宮のことが気がかりなのは珠蘭だけではなかった。沈花妃が珠蘭に届物を依頼したのは、史明に会うだけではないだろう。その意図はすぐに、形のよい紅色の唇からこぼれた。


「海真が無事か確かめてきてほしいの」


 おそらくそれが理由だと、珠蘭は薄々勘付いていた。沈花妃は瑠璃宮というよりも海真を案じている。


 沈花妃は不死帝の秘密を知らない。董海真はただの宦官であると思っていることだろう。もしも不死帝だと知っているのなら、不届き者が現れたと話の出たいま、落ち着いていられまい。


「わかりました。瑠璃宮に行って参ります」


 珠蘭が頷くと、沈花妃は微笑んだ。満開の花のようで、しかし庭の毒花とは似つかぬ洗煉された微笑みである。



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