3.謀りの仮面 7/9
沈花妃は主要人物だけを部屋に呼び寄せた。
沈花妃に珠蘭、水影。あと水影と共にやってきた宮女が二人。劉帆と海真も同席しているのは、宦官もいた方が心強いと花妃が招いたからだ。
廊下は野次馬が押しかけているらしく、騒がしい。小窓から覗く者もいる。河江の姿もあった。皆、この騒ぎにどのような沙汰が下るのか気にしているのだろう。特にここ数日疎まれて注目を集めていた珠蘭が絡んでいることも大きい。
「じゃあ、改めて聞かせてもらおうかな」
劉帆が聞くと水影が声を震わせながら言った。
「あたし、ずっと董珠蘭が怪しいと思っていたんです。突然瑪瑙宮に来ることになった宮女ですし、瑠璃宮侍中からの口利きじゃないですか。ここに来たのは何か理由があるはず。だからあたしは珠蘭の行動に目を光らせていました」
演技がましい物言いに呆れたくなるが、ぐっと堪えて水影の言い分を待つ。
「今日の昼前です。花妃の部屋に誰かがいるのが見えたんです。昼前は花妃は瑠璃宮に書を借りに出ていましたから部屋にいるはずありません。おかしいと思って覗いてみれば、珠蘭がいるじゃありませんか」
「……部屋に入ってないけど」
声を震わせながら嘘をつく姿に苛立ち、珠蘭が口を挟む。今日の昼前に花妃の部屋になど入っていない。反対の方にある厨前を掃除していたぐらいだ。
しかし水影は止む気配なく、堂々と嘘を並べ続けた。
「その時に何かを持ち出したのが見えたんです。雨が降っていて暗い日でしたが、彼女は迷わずにさっと塗箱を手にしていました。まさか瑠璃宮から来た宮女が妃の私物を盗むなんて思えませんから、あたしは黙って見ていました」
ふむ、と頷いた後海真が聞く。
「なるほど。では、水影は珠蘭がそれを盗むところを見ていたと?」
「ええ。持ち前の記憶力でどの塗箱に翡翠面が入っているのか覚えていたのでしょうね。手際は鮮やかでした」
「なぜその場で糾弾しなかった?」
「泳がせて証拠を得なければ逃げられてしまいます。ですから――彼女の部屋に入って探してきたんです」
それがこの翡翠面が入った塗箱だと言う。それぞれの視線が、几に置かれた塗箱に向けられた。
「これが、部屋のどこにあったんだい?」
今度は劉帆が聞いた。これも水影は淀まずにすらすらと答える。事前に返答を用意していたのだろう。
「木棚の下段に隠してありました」
「下段に?」
劉帆がぴくりと眉根を寄せる。珠蘭もこの発言は聞き逃せなかった。
「あり得ません。私の部屋の下段に、塗箱を置くような場はありません」
「嘘よ。だってあたしは、そこからこれを見つけたんだもの。あなたの部屋からね!」
「それこそ嘘でしょう。私の部屋にはない。私は盗んでいないもの」
「あなたが犯人よ。あたしは見たんですからね! 早く罪を認めればいいのよ!」
語気を強める様はこれが真実だと告げるようなもの。
珠蘭と水影。二つの意見に、沈花妃は頭を抱えた。
その時である。扉がうっすらと開き、宮女が顔を出した。河江である。
「……沈花妃。申し出たきことがございます」
頭を深く下げたままの河江に、花妃は発言を許した。
「あたしは董珠蘭を気に入っておりまして、本日の夕刻に彼女の部屋まで届け物をしております。その際に木棚を確認しておりますが、そこにあったのは空の水桶と雑巾でした」
河江は珠蘭をかばったのだ。水影がぐっと唇を噛んだのがわかった。
「彼女はよく厨前の廊下を掃除し、水桶はそのために使っていたようです。他の者たちに水桶などを隠されては困るからと部屋に置いていたのでございます」
「河江は木棚を確認していたのね」
「はい。寝台の下も見ておりますが、その豪華な塗箱はございません」
「嘘よ。河江も珠蘭と組んでいるんだわ!」
遮るように水影が叫ぶ。そのあまりの迫力に、おずおずと申し出た河江の顔色がさっと青くなった。
「違います。けしてあたしは――」
「怪しいと思ったのよ。珠蘭が盗むには協力者がいないとできませんもの」
これはまずい。河江まで無実の罪を着せられてしまう。珠蘭は慌てて河江に告げた。
「大丈夫です。証明する方法がありますから」
「……方法?」
咄嗟の発言だったが、賭けるしかない。
珠蘭は花妃に向き直り、深く頭を下げる。
「沈花妃。水影が語るものは嘘です。彼女は私の部屋に立ち入っていないのでしょう」
「どうしてそう言えるの?」
花妃が問う。海真や劉帆たちも目を丸くして、珠蘭を注視していた。
「私は盗んでいません。その証明として来て頂けますか」




