表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

白煙たちこめる世界から

お題:文中に「大統領」「幼女」「カニバリズム」を入れた短編小説


ちょっと長めの7900字、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

 と或るオフィスビルの廊下。



 ――あんの、クソ社長めッ!!


 佐藤は鍛えられた理性で、その言葉を何とか口から出さず抑えこむことに成功した。

 しかしながら、足どりはどうしても荒くなり、思わず頭を掻きむしってしまう。


 ほんの数分前、会議で起きた忌々しい()()()()を、おそらく数か月は克明に思い出してしまうことだろう。



………

……



「今回のAI新商品は第1企画営業部と第2企画営業部の案、どっちも最高だ! だから、同時に発表して、同時に売り込む」

「――は?」


 あの時佐藤は、社長の言葉に耳を疑った。


「お言葉ですが社長! そもそも今回は莫大な制作コストが掛かる新分野、重ねて世間に受け入れられるかも博打なこのプロジェクト、より有望な方向性を設定するための社内コンペだったじゃないですか!」

「なんだ佐藤、自信がないのか?」

「そういうことを言っているのではありません! 両案は根本的なシステムから違うんです、同時に進めるにはコストが掛かりすぎる、それは最初の段階からわかっていることです! それに、売り込む先の分母は限られているんですよ……需要を食い合うだけです!」


 思わず語気が強くなるが、言わずにはいられなかった。

 先ほどの会議で行われていたのは、社長と役員を集めた最終社内コンペティション。長い日数をかけて練り上げてきた2つの新商品案の内、どちらの方向性で売り込むかを決めるという趣旨だった。

 『切磋琢磨』という言葉が好きな社長の一声で、最終段階まで2案を残すという方針自体納得いっていないというのに、最後の最後で()()だ。


「社長、考え直してください。我が社は今や世界のトップランナー。()()ベンチャーだった頃とは違うんです」

「ま、宇宙のトップランナーぐらい言ってもいいかもしれんな。しかし、だからこそだ。ありとあらゆる新しいものが一瞬でありふれたものに変わる今、ファーストインパクトをどれだけ残せるかが重要だと思わんかね」

「そのファーストインパクトを、()()()()残せるかというのが今日の趣旨でしょう」

()()()()同時に発射する、それこそが最もインパクトがあるだろう」

「インパクトさえあれば良いわけじゃないでしょう。何度でも言いますが、今回のプロジェクト、踏み込むことこそリスクがあると社長自ら(おっしゃ)っていたじゃないですか!」

「あぁ、言ったとも。それが何だ?」


 社長がニヤニヤと笑いながら、佐藤を見つめる。

 ――世間は彼を『探検家(エクスプローラー)』などと評するが、『計画無し(スプロウラー)』の間違いじゃないだろうか。

 佐藤は、社長の縮れた金髪を掴み浅黒く日焼けた顔面を張り飛ばしたい衝動と共に、その言葉をぐっと飲みこむ。


「いつも通り、未踏エリアにリスク承知のチャレンジだ。今更何が不満だ?」

「ですから、チャレンジ自体がリスク満載だというのに、身内で食い合う危険をさらに負う必要などないと――」

「はっはっは! 食い合う? 上等じゃないか。それこそ研鑽(けんさん)、切磋琢磨というものだ! 喜んで互いを食い合え! そういうのを何と言うんだっけか――そうそう、『カニバリズム』だ。実に良い()()じゃないか!」


 無暗矢鱈(むやみやたら)と大きい笑い声が響く。役員どもは雁首揃えて、ただ愛想笑いを浮かべて汗を拭くだけ。

 もうこうなってはもう、社長の意見は揺るがない。

 悲しいかな、それがこの会社だ。

 


……

………



 今一度不愉快なやり取りを思い出し歯を噛む佐藤は、勝手気ままが服を着たようなあの男にはもちろんのこと、結局言い返し切れなかった自分にも心底腹を立てていた。

 このままでは怒りのあまり、毎週手入れをしている大切な革靴を窓の外に蹴り捨ててしまうかもしれない。

 ――何はともあれ今必要なのは、ニコチンだ。


 濃紺色のジャケットの胸を叩き、内ポケットに電子タバコの入っている感触を確かめながら、佐藤は荒い足取りを早める。

 

 

 佐藤は、所属する第1企画営業部ではエースであると自負している。

 まだ課長職ではあるが、ゆくゆくはもっと上に行くと確信しているし、周りからも期待されている。

 商品知識とマーケティングに対する勉強は欠かしてこなかったし、事実新企画の採用率や営業の達成率も随一だ。

 

 特に、自社の主力分野である『AI(人工知能)』に対しての思い入れは一入(ひとしお)だ。


 幼少からずっと興味を持ち続け、大学の専攻はもとより卒業論文でも徹底的に研究し、教授の評判も非常に良かった。部活のハンドボールも真剣に打ち込んだが、全ては希望の会社に入社するための手札にすぎない。

 だからこそ、AI開発のベンチャー企業から世界的企業へと成り上がったこの会社に入社が決まった時は、文字通り飛び上がったほど喜んだ。

 常に情熱をもって仕事に打ち込み、着実に成功を積み上げてきた。汚い妨害をしてくる下らない奴らもいたが、全て真正面から叩き潰してきた。

 おかげで、役員もいるような大きな会議においても、それなりの発言力と影響力は持っているつもりだ。



 ――それが、さっきの会議はなんだ?


 

 ようやくたどり着いた喫煙室の扉を乱暴に開き、未だ怒りに震える手で電子タバコを取り出す。

 その地獄の形相(ぎょうそう)を見て、先客として居た数人がそそくさと気まずそうに部屋を出るが、佐藤は気にしない。

 ニコチン入りの水蒸気を思い切り吸い込み、思う存分肺に貯め、一気に吐き出す。

 いつもであれば白い煙と一緒にストレスも出て行ってくれるのだが、今日ばかりは上手くいかない。

 それどころか、またあの社長のにやけ面と笑い声がリフレインされてしまう始末。


「……やってらんねぇ」

 

 呪詛の声を吐き出し、力なく頭を壁に打ち付けたと同時――



 コツコツコツ

 ガチャリ



「……あ」

「げっ……」



 硬い足音と共に扉を開け部屋へ入ってきた女性と目が合い、思わず同時に声を上げた。

 


「よぉ、鈴木ぃ。オレは今、宇宙で2番目に会いたくない人間を目の前にしているんだが、そこんとこどう思う?」

「はぁ……全くもって同意です。しかし、可及的速やかにニコチンを補給したいのはあなただけじゃない、ということですよ。佐藤課長どの」

「くそったれが。好きにしろ」

「はいはい、言われずとも好きにさせていただきます」


 鈴木は慣れた風に悪態をあしらい、細いシガレットを口に咥え火を点ける。

 彼女は佐藤と違い、いつも軽く吸って細く長く吐き出す。

 トントンと灰を落とすシガレットに薄く残る口紅の色が妙に艶めかしいが、流石に今は()()()気分にならない。


「はぁ……まったく」

「もしかしてさっきの会議のこと、ですか? 仕方ないじゃないですか。あの社長のことですから」

「それにしたって、だ。あれが曲がりなりにも大企業のトップが言うことか?」

「今に始まった話でもないじゃないですか。まぁ――」


 ふぅ、とまた一つ鈴木が煙を吐き出し、切れ長の目を細め佐藤を見据える。口には薄い笑みが浮かぶ。


「勝つのは私たち、ですけどね。」

「……へぇ。言うじゃねぇか」


 彼女の空気の変化を感じた佐藤もまた、眉根を寄せ三白眼を見開き、その挑発的な笑みに応じる。

 暗い窓の外で(きら)めく星々も、釣られて光を(かげ)らせたようだ。


「第2企画営業部が、ウチに勝てたことがあったか? 甘い見通しと無駄な自信は、後で(つら)くなるだけだぞ」

「あら? 覚えてないのでしたら、大分お疲れなんだと思いますよ。さっさと帰って寝ることをお勧めします」

「米粒みてぇにしょぼい案件なんぞ、(はな)からカウントしてねぇんだよ」


 バチバチ、と音が聞こえてきそうなほど視線がぶつかり合う。

 佐藤のセピア色のソフトモヒカンは静電気を帯びて逆立ち、鈴木の深青なセミロングが陽炎(かげろう)のように揺らめく。


 ――そんな様子を目にした者は、喫煙室の扉を開ける前にもれなく回れ右して去っていくのだった。



 第1企画営業部の押しも押されぬ大エース・佐藤、そして第2企画営業部の麗しき参謀・鈴木と言えば、社内で知らない者はいない『犬猿の仲』である。

 そもそも、ことあるごとに同じ顧客を巡り争ってきた両部署は、構造的必然として仲が悪い。

 その中でも卓越した貢献率と飛びぬけた獰猛さを兼ね備えているのが、この二人なのだ。

 『情熱の佐藤』『知略の鈴木』と呼ばれる通り、仕事の取り組み方は正反対。

 鈴木は、愚直なまでに真っすぐに突き進む佐藤と違い、論理を愛し過程の美しさに(こだわ)る技術畑出身者なのだ。

 ゴールを見据えたら、効率的な道筋を徹底的にシミュレートし最短距離を進むのがやり方。二人は情熱の掛けどころからして根本的に違う。


 しかし何故か、ターゲットはいつも見事に(かぶ)る。そして当然のごとくぶつかるのだった。


「今日は一段と生意気じゃねぇか。だが、一番槍はウチで決まりだ」

「社長が同時発表と決めたじゃないですか。それに、先攻後攻に興味はありません。ただ最終的に勝つのは私たちだと言っているだけです」

「いいや、オレはどんな手を使ってでも社長を考え直させるぞ。そして、まずウチの作るAIが世界を席巻する。お前らは後ろからついてくりゃ、おこぼれには(あずか)らせてやるよ」

「……流石に聞き捨てならないわね。コンセプトの独自性は明らかに私たちのAIの方が上よ。仮にあんた達が先に()ったとして、それは単に鉄砲玉というだけでしょ」

「おうおうおう、口調の化けの皮が剥がれてるぞ。どうした、余裕ないんじゃねぇの?」

「はんっ、礼儀が必要な相手じゃなかったことを(ようや)く思い出しただけよ」


 二人のボルテージの高まりを示すように、佐藤のすり減った靴底が苛立たし気に床を打ち、シガレットを挟んだ鈴木の右手が二の腕を小刻みに叩く。


 はぁ、と一際大きく煙と息を吐いた佐藤は、「大体なぁ――」と左手首を3度素早く(こす)った。


 すると、目の前の空中に色鮮やかな資料映像がホログラムとして映し出された。

 先の会議で第2企画営業部が提出したプレゼン資料の一部だ。お互いの資料は社内サーバーにて公開されているので、アクセス権限を保有する者がこうして体内端末から呼び出せば、ビル内のどこでも閲覧することができる。


 鈴木自らが心血を注いで作り上げた資料の冒頭。そこには、第2企画営業部の新作AIコンセプトネームとデザインイメージが強調してレイアウトされていた。



「――なんだこの『AI女王(クイーン) ロリザベス(仮)』ってのは。気が狂ってんだろ! なんで、国王を幼女にする必要があるんだよ!」

「あら。国王とは、全国民が(あが)(たっと)(いつく)しむ象徴よ。だったら可愛い方が良いに決まってるわ」

「お前、マジで言ってんのか? 深夜3時に考え付いたものをそのまま出してんじゃねぇだろうな」

(おお)マジのマジよ、失礼ね。この素晴らしく愛らしいモデリング見た? こういう見た目で中身は最高級の演算性能(スペック)を持っているのが良いんじゃない。ギャップ萌えってやつよ!」


 それに、と今度は鈴木が右手首を4回素早く叩く。

 間髪入れず空中に映し出されるのは、第1企画営業部部のプレゼン資料。佐藤が徹夜で作り上げた、渾身の力作だ。


「あんた達の方がよっぽど頭おかしいわよ。何この『(仮称)AI大統領(プレジデント) クリキントン』って! 駄洒落だし、面白くないし、喧嘩売ってるし! ていうかこの5秒ごとに歯が光る仕様、最高にウザったいわ!」

「これぐらいわかりやすくパロディの方が、かえって親しみがあって敵愾心を作らせねぇんだよ! それに筋骨隆々で精悍な顔立ちにビッグスマイル。正に、全国民が頼りたくなる理想のタフガイだろう」

「発想が古いのよ、いつの時代の映画? 今回は実在の人物像に(こだわ)る必要なんてないんだから、頼りがいなんて無駄よ無駄!」

「あのな、世界は新しい発想についていける人間だけじゃねぇんだよ。いきなり『王様はこの幼女です』って言われて受け入れられるか!」

「そんなの、そのデジタル偽マッチョも同じ話じゃない!」



 一歩も引かない口撃(こうげき)の応酬は膠着状態となり、しばし歯を軋らせながら睨み合う。


 ――が、それも長くは続かず、同時に深く息を吐き、力なく肩を落とした。



「……あほらしい」

「……そうね」



 どちらともなく投映されたお互いの資料映像も消す。



「――というか、なんなんだよ! この『国家元首をAIにする』なんて()()()()プロジェクトはよぉ」

「確かに世界人口の半分がスペースコロニーで暮らす現状、宇宙空間で大人数の統率ができる『人間』なんていないのかもしれないけど。だからって、AIにそこまで任せる人達がいるのかしら?」

「あの社長(クソ野郎)のことだ。どうせ最低でも1つ2つは売り込み先の根回しは終わってるんだろうよ」

「やめなさいよ、どこで聞かれるかわからないわよ。ま、そうだといいけど……ね」

「所詮オレ達は会社員だ、何であれ与えられた仕事はやるさ」


 はぁ、と再び二人で深い溜息をつく。

 静かになった喫煙室に、換気ユニットの作動音だけがうるさく鳴り響いていた。





 ――300年前。人類はあまりに増えすぎていた。


 世界中の国家文明が成熟しきり、各国の抱えた膨大な人口がそれぞれの幸福を身勝手に追及し始める。

 結果として起きたのが、地球規模の『食糧不足』、歯止めのかからない『環境問題』、そして国境内外関係なく起きる大小様々な『戦争』だった。


 もう残ってやしないパイを奪い合うことの不毛さに、いい加減人々が気が付いた時。


 希望となったのが『スペースコロニー技術』だった。

 有限の土地という縛りから解き放たれる宇宙空間で生活するという発想である。

 

 幸いに技術はほぼ確立されており、国際連合主導によりまず行われた4基の大規模居住計画も、驚くほど順調に進んだ。

 そして地球の衰退を()いた人類は、新たに地球圏連合をスペースコロニー上に発足し、再起の道へと歩みだした。


 宇宙という漠野(ばくや)での人類再繁栄もまた、ひどく順調に進んだ。

 当初スペースコロニーの建材不足が不安視されていたが、安定した長距離宇宙航行技術が確立された事と、小惑星帯(アステロイドベルト)で鉱物を含む大量の衛星群が見つかった事により解決された。

 

 そして、地球人口と地球外人口がほぼ等しくなった今。

 陸地という線引きから解放された人類だったが、今度はスペースコロニーの統治という問題に直面しつつあった。


 スペースコロニー同士は、言うまでもなく宇宙空間で分断されている。

 それゆえ、スペースコロニー毎に国家と同じような統治の仕組みを必要とされているのだ。

 しかし、文字通り地に足つかない宇宙空間で、未だ上手い統治モデルは確立されていなかった。





 『――そういった現状に、今こそ我々が一石を投じるのだ!』

 

 新規プロジェクト発足を告げる社長の熱がこもった言葉を、佐藤は電子タバコのカートリッジを交換しながら思い出していた。

 今でこそこうして文句を散々と垂れているが、モニター越しにあの説明を聞いた時、この上なくワクワクしたのも事実なのだ。


 『AIが人間にとって代わる世の中にするのではなく、人間が出来なかったことをAIの力を借りて実現する』

 それがこの会社立ち上げた社長の理念であり、その言葉を信じて今まで働いてきた。

 そして、リスクとかそういった余計なものを取り払えば、今回も社長の考えは全くブレていない。

 

 『宇宙空間で住むという人間にとって歴史の浅い行為でも、AIであれば膨大な情報を分析し、上手く管理することができる』

 それこそが今回の新プロジェクト、『AI国家元首』の骨子なのだ。



 ――わかってはいるのだ。


 会社員としての下らないあれこれや、自身の取るに足らないプライドを捨て置けば、文句を言う余地のない『楽しい博打』だ。

 いつから染まってしまったのだろう。でも、今更戻れもしない。



「……そろそろ行くわ」


 鈴木は最後の煙を吐き切り、シガレットの吸い殻を灰皿に落とし入れて、佐藤の方を見る。

 表情に出にくい彼女だが、付き合いの長い佐藤には、『気持ちの切り替えは終わった』とでも言うような雰囲気の変化を見て取ることができた。

 だから、答えるように、上方へ水蒸気を盛大に吐き出す。


「まったく……今日は4番ブロックのカレー屋のテイクアウトでいいな?」

「また? まぁ、私もあそこ好きだし、今日は疲れてるから文句言わないわ」

「酒はいつも通り、冷蔵庫に入ってるのを好きにやっててくれ。」

「言われなくてもそうするつもり。……じゃあね、佐藤課長どの」


 鈴木が、ひらひらと白い手を振り、喫煙室を出ていく。

 コツコツと打ち鳴らされるハイヒールの音が遠ざかるのを聞きながら、佐藤もまた最後の水蒸気を吐きだした。

 カートリッジはまだ半分ほど残っているが、もう十分だ。


「……さて、仕事だ仕事」



 佐藤はジャケットの襟を今一度(ただ)し、喫煙室を後にする。

 ニコチンの補給と気持ちの切り替えは完了した。


 今日もまだまだ、仕事があるのだ。









 ――10年後。



 あれから『AI女王(クイーン)』と『AI大統領(プレジデント)』は、紆余曲折ありながらも無事にリリースされた。

 事前の綿密な布教活動と根回しも功を奏し、両製品はそれぞれ6つのスペースコロニーですぐに採用が決定した。


 導入の効果は、すぐに表れる。

 大小様々な問題がAIの立てた方針により着実に解消され、AI国家元首は『宇宙時代の救世主』として、スペースコロニー中で瞬く間に広まっていったのだった。



 そして、と或るスペースコロニーの一角でカレー屋を営む店主は、続いていた客足がやっと落ち着き、ひと呼吸していた。

 流し放しにしていたニュース放送へと目を移し、電化煙管(キセル)を咥える。

 今日は仕事が妙に忙しく内容は全く頭に入っていなかったが、どうやらかなりの頻度で同じ内容のニュースを繰り返し流しているようだ。

 

 <<本日、スペースコロニー ブルツランド共和国において、過激派市民団体と国軍鎮圧部隊との間で大規模な武力衝突が発生しました。ブルツランド共和国では、以前よりAI大統領からAI国王への転換を求める運動が活発化しており――>>


 AIニュースキャスターが無感情にニュースを読み上げ、鎮圧部隊の催涙ガスと市民団体の火炎瓶が上げる白煙が朦々とたちこめるスペースコロニー内部の映像が流れるが、店主は特に表情を変えることなく口から煙の輪を吹き出す。

 他所のコロニーの出来事とはいえ映像としては中々衝撃的なはずだが、店前を歩く人々も特に気にしている様子は無い。


「またAI国王変革派の運動ですってね。今年に入って2箇所目?」

「それにしても多いわね。そんなに良いのかしら、AI国王って」

「まぁ、可愛いからね」

「うちは『AI国家元首を導入しない』って法律で決めたからな、大丈夫だろ」

「……導入派が余計なことしなければいいのだけど」


 開けっ放しの窓から、人々の世間話が聞こえてくる。

 口から一際大きい煙の輪が飛び出し、店主は至極満足そうに笑みを浮かべた。


「しかし、いくら有能で可愛いとはいえ、あんな幼女を国王として考えられるもんかね」

「ほんとそうねぇ」

「でも本当に可愛いぞ」

「噂では、AI大統領排斥運動を焚き付けているのが、他ならぬAI国王らしい」

「うーんなんというか、そうだなぁ……まるで、『共食い(カニバリズム)』みたいに見えるね」

「うへぇ、嫌な表現だけど……まさしくそんな感じね」



 同時にリリースされたAI国王とAI大統領だったが、数年経つ内結果に差が出始めた。

 何が功を奏したか分からないが、AI国王を導入したスペースコロニーの方が発展目覚しく、住民の幸福度も高くなっていったのだ。

 加えて、国王に対する住民の忠誠心は、大統領に対するそれよりも圧倒的に()()()だった。

 他所の評判を聞いた大統領コロニーでは、程なくして国王への鞍替えが叫ばれるようになり、その波は今大きな広がりを見せている。


 見た目の影響は誤差程度だったかもしれない。しかし、確実に最後の一押しにはなっていそうだ。



 ――人間なんてそんなもんさ、と感想を胸の内に浮かばせた店主は、チリンと扉の鈴が鳴る音に腰を上げる。



「いらっしゃい。……なんだ、浮かない顔だな」

「ほっといてくれ。バターチキンカレー、それに豆とほうれん草のカレー。テイクアウトで、1つずつ頼む」

「はいよ、いつも通りね」

「そうそう、いつも通り」

お題:文中に「大統領」「幼女」「カニバリズム」を入れた短編小説。


SF風味に仕立ててみましたが、如何でしたでしょうか。


気軽に感想頂ければ幸いです。

また楽しんで頂けましたら、是非評価・ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] Aiを題材にするというのが、現代的で言いかなと思いました。 [気になる点] 何点かございます。 一つ目が、コンセプトが異なるのなら、ターゲットも変わるのではないでしょうか? 二つ目は、同じ…
2020/05/24 16:22 退会済み
管理
[良い点] なるほど、そのカニバリズムで来ましたか! 語義の捉え方のみならず、全体の流れやテンポも絶妙でしたね。ネーミングセンスも最高。笑いました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ