最適な魔法
「おい!しっかりしろ!おい!」
乱暴に揺さぶられて、目を開けると視界ががっくがく揺れている。
「誰この美少年......あ、ただの殿下か」
一瞬この状況に困惑したが、すぐに思い出す。ベルは殿下と地下室に閉じ込められていたのだ。しかし死んだのがついさっきのことのように、生々しい感覚が残っている。それを打ち消そうと、若干ふらつきつつも立ち上がった。
「ただのとは何だ!」
「あー叫ばないでください......頭に響く」
「わ、悪い」
ベルは数分の間気絶していたらしい。頭痛は会話ができる程度まで回復したものの、断続的な鈍い痛みは考えることを億劫にさせる。
あれ?今、殿下謝った?
遅れて理解が追い付いて、まじまじと顔を見るベルに彼はわざとらしく咳払いをして言う。
「まあ、なんだ。貴様が弱っていると調子が狂う」
「ふふっ、トゲのない殿下はなんだか不気味ですね。気を遣ってくれるのはありがたいですけど、いつもみたいに尊大な感じでいいですよ」
「貴様は憎たらしいほど態度が変わらんな。ここまで不敬が極まると怒る気にもならない」
はあ、と心底疲れたようなため息をついた殿下は、壁際に積み上げられていた椅子を一脚持ってきて、強引にベルを座らせた。
「黙って休んでいろ。まったく、体調が悪かったのなら先に言え」
「いつも通りでしたし、悪いわけではなかったと思うんですけど」
「倒れておいてよく言う」
それを言われると言い返せないな。
しかし頭痛の原因は精神的なものだと思う。今こうして生きているとはいえ、自分の死を自覚することが負荷にならないはずがない。だからこれまで何度も思い出そうとしていだが、無意識にブレーキをかけていたのだろう。
家を出た後から記憶が途絶えていたため、交通事故の可能性が高いだろうと当たりをつけていた。このまま死因が分からずじまいかと思っていたが、結果としてこの特殊な状況が荒療治になったのかもしれない。
「フォルス君、そろそろ探し始めてるかな」
多分チーノにも私を見なかったか聞くだろうから、今日中に見つけてもらえるだろう。
「しかしチーノは急ぎの用事に行ったんだ。終わるまでは会えないだろう」
殿下は腕を組んで扉に視線を向けた。
「確かに。学園は広いですし、行き違いになるかもしれません」
チーノに連れて行かれた二人が気づいてくれれば、話が早いのだが。ベルは唸って、半分冗談で尋ねた。
「扉を開ける魔法ってありませんかね?鍵を開ける魔法とか」
「そんなものあるか。盗人が入り放題じゃないか」
「ですよねー」
殿下は口には出さなかったが、お前は馬鹿かというような目でベルを見た。いやだって、魔法って何でもありな感じじゃないか。なんだか恥ずかしくなり、ベルは目を逸らして言い訳する。
「水を操って鍵穴から直接サムターン回すとか、できそうだと思ったんですよ」
「さむた......?そんな繊細な魔法を俺たちが使えるわけないだろう。第一どこに鍵穴があると言うんだ」
「無いですね、はい。すみません、無駄なことを申しました」
肩を落として謝ると、殿下は苦いものでも食べたような顔をした。
「何だその口調は。やめろ、貴様が畏ると気色悪い」
「敬えって言ったり畏るなって言ったりどっちなんですか」
全く面倒な人である。
「魔法をぶつけて開けるとかはどうですか?」
「初級程度の威力でどうにかなるとは思えんが......やるだけやってみるか」
殿下は扉の方に手をかざした。
『ストーンバレット』
射出されたこぶし大の石は、ガン、と殴りつけたような音を立てて砂のように崩れた。
「やはり駄目か。火属性なら中級魔法が使えるんだが......」
燃え移りでもしたら2人とも黒焦げになるしかないため、残念ながらその手は使えない。
他に方法はないかな......。私が威力の出せる魔法は闇か無属性だけど、闇属性だと危険だし、無属性だと条件に合った魔法を知らない。
......いや、確か開けることに関する魔法をどこかで見たような。何だったかな。
「どうした、痛むのか?」
思い出そうと唸っていると、怪訝そうに尋ねられた。
「大丈夫ですよ。開ける魔法を思い出せそうなんですけど、なかなか出てこなくて」
深く考えようとすると、痛みでうやむやになってしまう。覚えておけばちょっと便利くらいの魔法だったと思うのだが......。
「ぱかっと、いや違うな。ガチャ?もっと軽い感じか。ぽん......ぽん?」
急に擬音を呟き始めたベルを気味悪そうに見て、殿下は椅子をもう一脚持ってくると寝ていろと強引に肩を押した。
「俺は貴様がどうなろうと知ったことではないが、婚約者がコレではフォルスが哀れすぎる」
「いや違いますよ?おかしくなったわけじゃないですから。思い出したんですよ、ポンズですよポンズ」
「分かった分かった、もういいから休め。貴様も繊細な神経を持っていたんだな」
全く話を聞こうとしないな。確かにこんな場所に閉じ込められて動揺しているが、発狂するほど追い込まれてはいない。そして殿下は私に繊細さが無いと思っていたのだろうか。まったく心外だ。
ベルは見当違いなことを言っている殿下を押しのけて、ドアに駆け寄る。
「何をする気だ。待て、早まるな!」
ベルがやけくそで魔法を暴発させると思ったのだろう。止めようとする殿下に、肩越しに振り返って言う。
「心配しないでください。使うのは初級魔法ですから。失敗しても爆発したりはしませんよ」
「初級魔法?だがそれでは無理だっただろう。無駄に魔力を消耗するだけだ」
ベルの言葉にほっとしたようだが、意味のないことをするなと止める殿下を、一回試すだけだからと説得すると、しぶしぶ認めた。殿下は少し離れたところで、腕を組んで見守る。