不安な頼み
説明の途中でチャイムが鳴り、チーノはばつが悪そうな顔で頭をかいた。
「あちゃ~。2ページ進めといてって言われてたんだけどなぁ。まあいいか、はい授業終了!お疲れさまでした!」
ちゃんとニガリ先生に謝ってくださいよ!?
どうにもしまらない空気で授業が終了し、クラスメイト達はえ?終わったの?と戸惑った様子で顔を見合わせて、ぱらぱらと席を立ち始めた。
「あー、フォルスとベルさんはちょっとこっち来てー」
フォルス君は分からなくもないが私も?
不思議に思いながら先生の方へ行く。
「ちょっとお願いなんだけど、昼食食べたら俺のとこ来てくれる?」
理由を尋ねようとすると、先にフォルスがジト目で言った。
「また授業の準備でも手伝わせるんですか?」
「いや、今日はそういう頼みじゃない。うーん、今教えたらつまらないな。来てのお楽しみだ」
温室に集合だぞ、と言い残して足早に去って行った。
「えっ?まだ私たちやるって言ってないんだけど」
「あの人、お願いと言いつつ強引に押し付けるんだよ。まあ、やることは荷物運びとかだ。難しいことじゃない」
フォルスは既に諦めた目をしていた。
あの変わった先生が、もったいぶって言わなかった頼み事とはなんなのだろうか。
何をやらされるのか不安を抱えたまま、今日のお昼ご飯を選んでいると皿に伸ばした手が丁度誰かとぶつかった。
「あっすみません」
「いや、かまわない。ってお前!」
ベルの顔を見るなりのけぞったその人は、殿下だった。
「あ、お久しぶりです。お変わりないようで」
「お前もな!暴行を受けたと聞いたが、どこも怪我していないようだな。ふん、容姿にそぐわずタフなことだ」
実際、傷は袖と靴下で見えなくなっているだけだ。しかしそれを見たら見たで暴風姫の名は飾りか?とか馬鹿にしてきそうなので言わないでおく。
ふと殿下の持っているプレートを見て気づく。
「あ、駄目ですよ殿下。野菜もちゃんと食べないと」
殿下の選んだ料理には、野菜が全くと言っていいほどなかった。唯一野菜が使われているのは付け合わせのフライドポテトくらいだ。
「ほら、フォルス君を見習ってください。ピーマンだって好き嫌いせずに食べてるんですよ!えらいでしょう!」
するとフォルスは耳を赤くして抗議した。
「別にピーマンは苦手じゃない。小さい子供じゃないんだから、いちいちそんなこと言うな」
「えー?」
だってしょうがないじゃないか。褒めたくなっちゃうんだもん。
フォルスの苦手な野菜は何か考えていると殿下が悔しげな顔で言った。
「何を食べようが俺の勝手だろう!人の食事に口を出すな。まったく、気の強い女は嫌いだ」
フォルス、と幾分か同情の混じった視線を向ける。
「父上から聞いたぞ。この女と婚約しているらしいな。家の都合とはいえ、こんな女と婚約させられるなんて運がない」
それを聞いて、フォルスは真面目な顔に戻って言った。
「私は幸運だったと思いますよ。父ではなく、私自身が彼女と婚約したいと思ったんです」
殿下は目を見開き、不快そうに顔を歪めて、趣味が悪いと吐き捨てて去って行った。ベルはその背に言葉を投げる。
「殿下!好き嫌いは体に――」
「分かった!分かったから黙れ!」
何事だと周囲の人から視線が集まったため、殿下は慌ててサラダを手に取った。特に嫌いな食材が入っていたのか、いやな顔をしている。
殿下から目線を外すと、フォルスは呆れた顔をしていた。
「あまり殿下を刺激するなよ。セレスティーナにいびられるぞ」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
いつもの席に向かいながら、フォルス君がさっき殿下に言ったことだけど、と口にするとフォルスは声を上ずらせた。
「それがどうした」
「かっこよかったなあって」
急に足を止めたため、どうしたの?と振り返るとかなり動揺したようで固まっていた。
「今、なんて」
「え?あの場で嘘をついてでも女の子を立てるのは、かっこいいと思うよ。流石フォルス君。婚約解消してもすぐに相手が見つかるね!」
性格も顔も良いなんて、モテモテ間違いなしだ。
「あー、そうだな。はいはい、だと思った」
フォルスは何故かがっかりした様子で、額に手を当ててため息をついた。