生き埋め
ラナは庭の惨状に顔をしかめ、不良令嬢たちに視線を向ける。
「大体の状況は分かりましたわ。あなた方、覚悟はできているのでしょうね」
怒りをにじませた声に、赤髪と黄髪の人は顔色を変えて必死に言いつのる。
「ちっ違いますわ!私は反対したんですの!でもミランダが聞かないから!」
「そうよ、ここまでするなんて思わなくて!」
「何と言おうとこのことは報告します。退学で済めば良いですね?」
断固とした言葉に二人は血の気の引いた顔で立ち尽くした。しかし緑髪の人だけは余裕の態度を崩さず、嘲るような口調で言う。
「よく言うわね。あなただってこの女のせいで迷惑してるくせに。どうやってやり込められたのか知らないけど、大勢の前で謝らせれば名誉挽回できるんじゃない?」
ラナは口を引き結んでうつむく。それを見て優位に立ったと思ったのか、たたみかけるように言う。
「二度と調子に乗れないように、分からせてあげましょうよ。ねえ?噂はあてにならないものだわ。何が暴風姫よ。反撃一つできないくせにっ」
振り返ってつま先で倒れたままのベルを蹴りつける。だが令嬢の蹴りなど大したことはない。反射であいたっと声をあげると、彼女は面白くなさそうにふんと鼻を鳴らした。
「やめなさい!」
ラナはまっすぐに緑髪の人を見て、迷いのない声で言う。
「私は、名誉を挽回したいなどとは思っておりません。私はフルール嬢を侮り、貶めましたわ。その報いを受けるのは当然です」
「はぁ?なに綺麗事言ってるのよ。このままじゃあなたの未来は真っ暗よ。せっかくいいお家に生まれたのに、それで良いの?」
「ええ。温情をかけてくださった人を裏切るほど、落ちぶれる気はありません。あなたのように、姑息な手段で気に入らない相手を引きずり降ろそうとする、気色の悪い人間にはなるものですか!」
それを聞いて、緑髪の人はぎりぎりと歯を噛み締めた。その唇が僅かに動いてエアロスラッシュと言いかけたのを聞いた瞬間、ベルは彼女に飛びついた。
「なっ!」
「ラナさん!誰か人を呼んできて!おねがぶっ」
振り払われてラナの方へ転がる。
「ベルさん!」
「大丈夫です。あの困った人を何とかしないと」
顔を上げると、緑髪の人はものすごい形相で腕を振ったところだった。
『エアロスラッシュ!』
不味いと思ったとき、ラナが素早く地面に手を向ける。
『ソイルウォール!』
すると地面が盛り上がり、一枚の壁ができた。直後に届いた攻撃が阻まれてバシッと音を立てる。
黄髪の人と赤髪の人は、巻き込まれてはかなわないと思ったのだろう。悲鳴をあげて走って行く。
「すごい!魔法使いだってこと忘れてました!」
ラナは戸惑った様子を見せつつも、真剣な声色で言う。
「これは一時しのぎにしかなりませんわ。何とか拘束できれば良いのですけれど、今出て行ったら当たりますわね」
彼女は狂ったように連続して魔法を飛ばしている。すぐ脇の草が跳ね上がったのを見て、足を縮こめながらベルは尋ねる。
「魔法ってずっと使い続けられるものなんですか?あの人さっきから使いまくってますけど」
歩きながら飛ばすことはできないようなので、その点ではこちらが有利と言える。
「いいえ。それならそろそろ疲れてくるはずですわ。攻撃が止まった時、私が出て押さえます」
そんな危ないことさせられない、と言ったとき、攻撃が止まった。
「!!」
ラナが壁の脇に飛び出す。
「ソイルっ!?」
風を切る音がして、はらりと師匠の髪が落ちた。頬をつ、と血がつたう。
「ラナさん!」
ベルはラナの前に飛び出した。
「どうして、魔力はもうないはず」
「あははっ!簡単なことよ」
投げつけられた何かをキャッチする。それはガラス製の小瓶だった。意味がわからず顔を見返すと、ラナが険しい声で言った。
「魔力回復薬……」
「正解よ」
回復薬ってゲームとかでお馴染みの、傷とかを治す薬だよね?
「何でそんなの学校に持ってきてるんですか」
魔物を持ってきているベルが非難できることではないが。
「もしもの時の為に持たされてたの。こんな形で使うことになるとは思わなかったけれど。結果的に役に立ったわね」
「その持たせてくれた人は、誰かを傷つける為に使うなんて望んでませんよ」
「知らないわよそんなの。さあて、どこから切ろうかしら?殺しはしないわ。喉を潰させてもらうけど」
情に訴えかけようとしたが効果はなく、笑いながら恐ろしげなことを言っている。
どうしましょうとラナに尋ねようとして、気づいた。
「っは、はぁ、っは」
歯をかちかちと鳴らしながら、胸元を握って震えている。
そうだよ、異世界だからって令嬢が凶悪犯と対峙して平静でいられるわけはない。逃げたいのを我慢して、私を守ってくれたんだ。
「ラナさん」
呼びかけると、彼女ははっとしてぎこちなく視線をこちらに向けた。
「だっ大丈夫ですわ。私が何とか、してみせます。ベルさんは後ろへ」
いやいや、駄目だろ私。年上がかばってもらってどうするんだ。しっかりしないと。
「相談は終わったかしら?」
エアロスラッシュと聞こえたのと同時に、ベルはラナを庇った。
『やめて!』
「うぐっ!」
目をつむってぎゅうっとラナを抱きしめ、いつまで経っても音が聞こえないことを不思議に思う。
「......?」
「ベルさん!怪我は!?」
ラナが勢いよく起き上がったことに驚いて目を開けた。
「無事ですか?」
「私は平気ですけれど、ベルさんは」
「私も大丈夫みたいです。やっぱりあんなにばかすか撃ってたからエネルギー切れになったんですかね?」
膝の上に乗ったまま後ろを振り返る。
「......ん?ラナさん、この庭ってこんな感じでしたっけ」
「......違うと思いますわ」
雑草が伸び放題になっていた庭は、ベル達がいる場所を境に土がむき出しになっていた。不思議に思いながら視線を上げると、壁の前に緑髪の人がもたれかかっている。おっかなびっくり近づいて、目の前で手を振ってみるが反応はない。一応目は開いているのだが、白目をむいている。......泡を吹いて。
女の子が絶対に人に見せたくない顔を晒しているのを見て、ラナは何とも言えない表情になった。
「これは......」
「なんかちょっと哀れですね」
ひとまず緑髪の人は頭だけを出して土に埋めた。
「これ起きた時びっくりしません?」
「このぐらいの扱いが丁度いいのですわ。さあ、先生を呼びに行きましょう。ベルさ、フルール嬢の傷の手当もしませんと」
魔法が掠って手足が薄く切れているのに加え、派手に転げまわったため、わんぱく坊主が遊びまわった跡のようになっている。またローザとリーナに心配されてしまうな。
「ラナさんも顔切れてて痛そうです」
「このぐらい、なんともありませんわ」
ぐいと手の甲で血を拭う。ワイルドである。
「申し訳ありません。結局何の役にも立てなくて」
「何言ってるんですか。ラナさんのおかげで助かったんです。怖かったでしょうに、ありがとうございました」
毅然とした態度で不良に立ち向かうことは、正しい行動だと頭では分かっていても、なかなかできないものだ。ハンカチを出してラナの傷口をそっとおさえると、痛そうにはにかんだ。
「あなたは、本当に令嬢らしくありませんわね。そんなに優しくしてばかりいたら、蹴落とされてしまいますわ」
「そうですか?優しいと言われるほどの事はしてないんですけど。......まあ、私は小心者なのでなるべく敵を作りたくないんです」
そういう所がムカつく、って前世のあの人にはよく言われたなぁ。
過去に飛びかけていた意識はラナの控えめな笑い声で引き戻される。
「そのわりには、殿下に冷たくなさってませんでした?」
「あー、それはつい言っちゃったんですよね。自分でも不思議です」
庭を抜けると、こちらに向かって走ってくる人達がいた。グロリアとフォルス、テグスと逃げたはずの赤髪の人だ。
「ベルさーん!」
グロリアはものすごい速さで突っ込んでくると、そのままの勢いでベルを抱きしめる。
「あだだだ!ちょっ、苦しいです」
ギブギブ、と手を叩くとはっとして体を離した。
「ごめんなさい!嬉しくてつい」
上から下まで見てベルの怪我に痛ましそうな顔をする。
「こんなに傷が......!あなたも、怪我してるのね?」
「っ!?」
ラナはグロリアの勢いに気圧されて言葉が出ないようだ。
他三人も遅れて着く。
「俺はよく事情が分からないんだが、何があった?」
テグスは通りかかったところを連れて来られたらしい。
「えーと、嫌がらせ?」
実はベルも何故こんな目にあったのかよく分からない。気に入らないというだけで、あそこまで振り切った行動ができるものだろうか?フォルス様がどうとか言っていた気がするが、本人にきちんと話を聞かないことには謎のままだ。
テグスは主犯は奥か?と聞いて一人で中に入って行った。
フォルスは制服のあちこちが切れて血がにじんでいるのを見て、赤髪の人を睨みつけた。彼女は顔を白くして、ぶるぶる首を振って否定する。
「ちが、違います!ミランダがやったんです!」
「その人の言ってることは本当だよ」
ブチ切れそうな様子に、慌ててフォルスの腕を押さえて言うと、フォルスはその手を掴んで手のひらの傷に気がつく。
「ここも......!悪かった、俺がもっと早く来ていれば」
「いやいや、フォルス君が責任を感じることはないよ。助けに来てくれてありがとう。その人に聞いたの?」
赤髪の人に視線を向けると、ひっと短く悲鳴をあげて震える。別にやり返そうなんて思ってないのに。
「ああ。こいつも今すぐ同じ目に遭わせてやろうか?」
「いやぁ!」
赤髪の人は背を向けて逃げようとして、つまづいてすってんと転ぶ。
「いや、暴力反対だから。処罰は先生方に任せるよ」
フォルスは不満そうにしながら拳を下ろした。まさか女子をグーで殴るつもりだったの?
緑髪の人を担いで戻ってきたテグスは、心底疲れたようなため息をついて言う。
「フルール、お前やったな」
「あはは......何のことだか分からないです」
それはある意味嘘ではない。あのとき魔力が抜ける感覚があった気がするから、自分が原因だとは思うのだが、なぜああなったのかさっぱり分からないのだ。
「詳しい事情は後で聞く。フルールとラドミレは保健室に行け。そこの赤いのは先に話を聞く。他二人は授業に出ろ」
他二人、でフォルスとまとめられたグロリアは待ってくださいと声をあげた。
「友達を放って自分は授業に出ろっていうんですか?」
「お前らがまとめて欠席するとまた妙な噂が立つだろう。関係のないふりをするのがフルールの為だ」
説得され、しぶしぶ頷いた。
「フォルスもいいな?」
「はい。治療後は早退になりますよね?荷物を届けますか?」
「そうだな、頼む。まったく、また教頭にいびられる」
ベルはちらりとテグスの頭を見上げた。
「ん?どうしたフルール。痛むか?」
「いえ、まだ白髪もはげもないようなので良かったなぁと」
ひくりと口の端が引きつった。フォルスがわざとらしく心配そうな顔を作って言う。
「先生、来るときは一気に来るらしいですよ。そのときは中途半端にハゲないように全部剃って差し上げます」
「いらん心配をするな!」