謎の手帳
書庫の中央には、周りを本棚で囲われるようにして大きなテーブルが置かれていた。近づいていくと、フラスコや試験管など、理科室で見たことのある器具が所狭しと置かれているのに気づく。
「埃かぶってる。普段人が来ないのかな」
まあ、あんなエレベーター頻繁に使いたくないよね。おそらく古い資料とかの保管場所だろう。
手近の棚から適当に一冊抜き出してパラパラめくってみる。
「......何語?」
挿絵はなく、小さな文字でページが埋め尽くされている。専門用語らしき単語があふれていて、前世の記憶が上乗せされていても全く読めない。仕方なく戻して、今度は比較的簡単そうな別の本を抜き出してみる。魔素が植生に与える影響、という題だ。
「こっちはなんとか読めるけど......」
やっぱり難しい。諦めて戻す。
「うーん。小説とかはなさそう」
歩き回りながらタイトルを眺めてテーブルの反対側に回った時、テーブルに引き出しがあることに気づいた。
「お?鍵は......かかってない」
少しドキドキしながら開けると、一冊の赤茶色の手帳が入っていた。人の手帳を勝手にみるのは良くないことだと思うが、好奇心には勝てない。ベルは表紙の埃を払ってそれを開いた。そして黄ばんだ紙に雑な字で書かれた内容に目を通していくと、これが日記であるらしいと分かった。
『4月15日 やはりこの歳になると階段は辛い。昇降機を作ってみたがやや荒っぽい。乗り心地は考えていなかった。気が向いたら手入れせねば』
ベルは思わず机をぺしんと叩いて突っ込んだ。
「犯人か!」
日記の持ち主はエレベーター製作者だった。気が向いたらと書いてあるが、結局直さないままなのだろう。
あの恐怖体験を思えばもはやこの人の日記をみる引け目は無い。ベルは遠慮なくページをめくっていった。
日記らしくとりとめもない日常のことが書かれている。流し読みをしていると、見覚えのある名前があった気がして手を止めた。
『5月1日 キースが子供を連れて来た。そういえば少し前に、子供に実家を見せたいからしばらく滞在してもいいかと手紙を寄越していたな。適当に返事したから忘れておった。ガルシエとグレイスと名付けたらしい。重要なものはこちらに移したとはいえ、研究室を荒らされたらかなわんな』
ガルシエは父の名前だ。もしかして、このものぐさ老人は曽祖父?えぇ......。
複雑な気持ちになりながら、今度は丁寧に続きを読んでいく。
『5月○日 子供達は今のところ、言いつけを守って実験器具に触れないでいる。もし研究の邪魔をするようだったらつまみ出そう』
『○月5日 いやはや驚いた。グレイスはなかなか賢い子だ。あの歳で私の研究の一端を理解するとは。知識を増やしてやれば助手にできるかもしれない』
『○月○日 ドラコルの馬鹿め。何が禁術だ、古臭い法にこだわってなどいては魔術の進歩は望めないと言うのに』
「禁術?」
ちょっと内容が怪しくなってきた。