ピリピリした夕食
「はい、もう動いていいよ。ありがとう」
スケッチブックに描かれているのはもっちだ。両手をあげて口を大きく開けるポーズをとってもらっていた。
「うーん。恐くて迫力がある感じにしたかったんだけど、かわいい感じになっちゃった」
ぱかっと口を開けたパペットのようだ。ようは生々しさがないのである。
「何故か可愛いと言われると妙な感覚が」
照れている感じではない。もしかしてテグスに捕まった時のことがトラウマに......?
「舌とか唾液があると生っぽくなるのかなぁ」
鉛筆を顎にあてて考えていると、コンコンとドアがノックされた。顔を上げるともっちは既に隠れている。早い!この弾むようなノックの仕方は多分リーナだ。晩御飯を運んできたのだろう。はーいと返事してドアを開けると、思った通りリーナだった。しかしリーナは複雑そうな、うかない顔をしていた。
「どうしたの?何かあった?」
「あー、あのですね。そのー、公爵様がお夕飯を召し上がるのですが......」
宣言した通りきちんと食べると知って安心する。
「お嬢様もご一緒されることを希望していて......奥様もいらっしゃるんです」
「えー......」
何話したらいいのか分からないし、昼間の食事の様子を見るに口を開いていい雰囲気ではなかった。お通夜みたいになるんじゃない?いいの?
「行くのは別に構わないけど......」
これまでベルが部屋で夕食をとっていたのは、一人しかいないのにあの大きなテーブルを使うのは気が引けたからだ。三人一緒に食事をするなら、使用人の負担が減るだろうからその意味では良いと思うのだが。
「お断りしますか?突然ですし、今日のところは別々でも」
「ううん。大丈夫だよ」
そうですか、と肩を落とし暗い顔で私の前に立って歩き始めた。お葬式に行くわけじゃないよね?
父は無表情でお手本のような姿勢で座っており、母は足を組んでイライラとした様子で床にヒールを打ち付けていた。
えぇ、この空気の中に入るの?
ベルは2人の居る側の端に案内された。自分だけせり出しているような形だ。
お誕生日会か!他にも席はあるのになぜそこなのか。
しかし考えてみると父の隣でも母の隣でもかなり気まずい。離れて座るのは不自然だ。色々考えて最善の選択だったのだろう。
着席すると同時に二人の視線がベルに向いた。え、これ何を言えばいいんだろう。
「こ、こんばんは?」
無難に挨拶したが、二人は応えない。挨拶されたら適当でもいいから返してほしい。今から食事をするとは思えない緊張感だ。数秒の沈黙があって、母が口を開いた。
「あなたも来るなんて聞いていないわ」
「私が呼んだ」
父が言うと、母はそう、とだけ言って顔をそむけた。
会話終わっちゃったよ!話題、話題の提供をしなければ。
「あー、お父様とお母様はどういったお仕事をされてるんですか?」
言ってから気づく。お見合いの席での質問みたいだ。位置的に私は仲人か?
「領主の仕事をしている」
短すぎるよお父様。数秒沈黙が続いて答え終わったのだと分かった。母も一応答えてくれるようで、嫌そうに少し顔を傾けて視線をこちらにやる。
「社交よ」
母もか!なんなんだこの二人。面接とか絶対落ちるよ?
どう質問したらいいのか考えていると、夕飯が運ばれてきた。きっとタイミングをうかがっていたのだろう。目の前に皿を置かれた。その手が震えていたのを見て、そのメイドの緊張が知れた。
心の中でいただきます、と言ってフォークを取る。ナイフとフォークを動かす音だけがしており、重たい空気に包まれている。
全然味が分からない。
「えーと、お二人の趣味は何ですか?」
「読書だ」
へぇ。そういえば前に書庫で会ったな。調べものをしに来たわけではなかったのか。
ベルは会話を盛り上げるべく更に聞く。
「どういった本を読まれるんですか?」
「色々だ」
何でもいいからジャンルを言ってください。
そう答えられてしまえば、もう聞くことはできない。仕方なくベルは母に視線を向けた。
「ショッピング」
ああ、昼会ったときも散財を咎められてましたもんね。
「それだと今月は楽しみがなくなってしまいましたね。これを機に新しい趣味を探してみるのもいいかもしれませんね」
ぎろりと睨まれた。え、そんなに怒るようなこと言った?
「馬鹿にしているのかしら。はっ!大事にされて傲慢になっているようだけれど、あなたなんてただの代わり――」
「カトリーナ」
父が一言名前を呼ぶと、母は口をつぐんでしまった。多少重さが薄れていた空気がまた戻ってしまったような気がした。父はともかく母はもう何かを聞いても答えてくれないだろう。
ベルは味の感じられないご飯を、胃に入れることに専念するほかなかった。




