目撃
意を決してドアを開けると、目に飛び込んできたのはテグスと捕獲されたもっちだった。最悪の状況だ。続いて教室に入ったフォルスも、緊迫した空気に息をのむ。
「フルール。ちょうどいい所に来たな。これは」
「せ、先生。違うんです。それは私の友人がくれた超精巧なぬいぐるみで――」
「どこで買ったんだ?」
はい?と一瞬言葉を失う。もしかして、魔物だとバレてない?ごり押せばいけるのでは?とっさに飛び出した言い訳を猛スピードで補強する。
「あー、それはですね、私も知らなくて。本当にリアルですよねー」
「ああ、こんなに素晴らしい物は初めて見た。3つくらい欲しい」
んん?
ベルは耳を疑った。テグスは学校にぬいぐるみを持ってきたことを怒っているのではなく、なぜか欲しがっている。フォルスは頭痛をこらえるように額に手をあて、まず落ちついて話しましょうと促した。
その辺の人の椅子を借り、テグスと向かい合って座る。
「どうしてその、ぬいぐるみを見つけたんですか?」
「落ちていた鞄から飛び出していた。これはお前の鞄で合っているか?」
「あ、はい。そうです。拾ってくださったんですね」
フォルスが眉を寄せて尋ねる。
「そのぬいぐるみをなぜ譲ってほしいなんて話になるんですか?……何か危険があるとか?」
そうか、魔物がぬいぐるみの振りをしていると気づいて、こっそり処分しようとしているのかもしれない。ベルは顔をこわばらせたが、返ってきたのは予想の斜め上の言葉だった。
「いや、自分が単純に欲しいと思った。あまりにも可愛くて」
今のは聞き間違いだろうか。フォルスも同じ心境なのだろう。もう一度言っていただけますか、と言う。テグスはうつむき、コホンと一つ咳をして言う。
「可愛いからだ」
耳が真っ赤である。フォルスは嘘だろ、と漏らして天井を仰ぐ。ベルもかなり衝撃的だったが、思い当たるふしがあった。授業のときに見た可愛いペンだ。あれは貰い物などではなく自分で買ったのでは?
「あの、間違ってたら申し訳ないんですけど。先生は女性が好むような可愛いものがお好きなのでは?」
テグスはまあそういうことだと言い、小さく頷いた。フォルスはおいおいおいと呟いて顔を覆ってしまう。
「自分でも恥ずかしい趣味だと思うが、好きなんだ。つい欲しくなってしまって」
切ない表情で机の上のもっちを見つめる。フォルスは虚ろな目で外を見ている。もうベルの秘密を暴くどころではなさそうだ。
「しかし店は分からないか……」
落ち込んでいる先生に、ベルは言う。フォルスとは対照的に朗らかな表情だ。
「良いと思いますよ、そういう趣味。男性だけだとなかなか入りにくいお店もあると思いますから、そういうときはいつでもお付き合いしますよ」
すると本当か、とぱっと顔を上げた。予想外の食いつきである。ベルはこくこく頷きつつ、さりげなくもっちを鞄に押し込んだ。
「ありがとう。そんな反応をされたのは初めてだ」
テグスは初めて、柔らかい笑顔を見せた。
「はあ......あのテグス先生が」
フォルスは帰りの馬車に乗ってからもまだ精神的ダメージから回復していない。小さい頃から知っている人だもんなぁ。厳しくてクールな先生に憧れている部分もあっただろう。
「誰だって人の知らない一面を持ってるものだよ。仲を深めるきっかけになったと思えば、悪いことではないんじゃないかな」
頭をよしよしと撫でると、フォルスは手をどかして恨めしそうな目でベルを見た。
「お前の隠し事は」
「え?」
「後で話すと言っただろ。吐け」
忘れてたー!
「あー、えっとまたの機会に」
「証拠はしっかり見てる。言い逃れが許されるとでも?」
「あははは......」
必死に目をそらしていると、鞄のふたが勝手に開いた。
「もうイイ。あの男に見抜かれなかっただけで十分」
上半身を出したもっちを抱き上げ、膝の上にのせる。ばれちゃった……。
「やっぱり本物か」
フォルスはため息とともに言葉を吐き、友達というのはまさかそいつか?と尋ねた。
「うん。もっちと名付けた」
「どこから拾って来たんだよ。魔物が危険だって知ってるだろ」
「でも言葉通じてるし、もっちは多分大丈夫」
何を根拠に言ってるんだよと疲れた声が返って来る。もっちは一応弁明した。
「彼女に魔力を提供されているカラ、危害は加えられない」
「お前の言葉なんて信じられるか」
フォルスはベルを哀れむような目で見て言う。
「どうせ絆されて受け入れたんだろ。お前は幸せな頭だから」
「失礼じゃない?」
「魔力提供っていうのはどういうことなんだ」
「それは水魔法で」
魔力を含んだ水を出してしまう欠陥を利用している、ともっちが補足する。
「あの時の妙な質問はそういうわけか」
ベルは意を決して切り出す。
「このことは秘密にしてくれないかな。もっちは話の分かる魔物だし……それに昔助けてもらってるんだよ」
誘拐されたとき、部屋から逃げ出せたのはもっちの蔓のおかげだ。あれをロープがわりに使って窓から逃げたじゃないか。それを言うとフォルスは驚いた様子で、眉を寄せて迷うそぶりを見せる。そして数秒の沈黙の後、口を開いた。
「様子見だ。今は見逃してやる」
「本当!」
でも、と目を鋭くする。
「お前に危害を加えるようなら、何と言おうと処分する。これは絶対に譲れない」
「分かった!ありがとう!」
「本当に分かってるのか?」
フォルスは疲れた様子でため息をつき、今日は厄日だと呟いた。




