体育ではない
午後は実技の授業があるらしい。体育か、と思っていたが更衣室で着替えているときに、聞き捨てならない言葉を聞いた。
「今度の初級魔法のテスト、ちゃんとできるか不安ですわ。テグス先生恐いんですもの」
「あと2日あるのだから大丈夫ですわ。それに練習では成功したでしょう?」
そう見知らぬ人たちが話しているのを聞いて、ベルはグロリアの肩をたたいた。
「グロリアさん、グロリアさん」
「どうしたの?そんなに慌てて」
「実技の授業って、魔法なの?」
恐々と尋ねると、当たり前じゃない、と容赦のない真実が突き付けられた。
「嘘。誰か嘘と言って」
ベルの落ち込みようにグロリアは安心させるように言う。
「心配しなくても、初級だから難しいものではないわ。練習の時間も取られているし」
そんなに落ち込むなんて、いったい何の実技だと思っていたの?と尋ねられる。
「走ったり、ジャンプしたり、とにかく運動するものと......」
「ご令嬢方がそんなことするわけないわ」
確かに。
嫌だなー、嫌だなーと思いながら重い足取りで校庭に出る。体育というと出席番号順に整列しているイメージだが、ここではそんなことはしないようだ。一か所に固まってはいるものの、バラバラでお喋りしている。いや、一人だけ直立不動の人がいた。フォルスである。ベルがその隣に並ぶと、グロリアも真似をしてさらに隣に並ぶ。
フォルス君は顔だけを少し横に向けて、呆れたように言う。
「何やってんだお前ら。別に並ぶ必要はないんだぞ」
「親近感が湧いて」
意味が分からん、と言うフォルスになぜ自発的に並ぶのか、と尋ねると苦い顔になった。
「単に習慣になってるだけだ。家庭教師をしてくれていたのがテグス先生でな」
それは羨ましいな。自分は家庭教師の期間が終わってからはドリーネに会っていない。見知った人が学園にいたら嬉しいだろうに、フォルスはあまり嬉しそうではないのが不思議だ。
急に話していた生徒達が静かになった。不思議に思って前を向くと、担任の先生が歩いてきていた。テグス先生ってあの人か。名前を知らなかった。
「これから魔法実技の授業を始める。やることは前と変わらない。各自得意属性の初級魔法の練習をしろ。習得数に応じて加点する。始め」
テグスは淡々とそう言い、生徒達は慣れた様子で友達同士で固まって練習を始めた。
授業もこんな感じなんだ......。
他の先生なら行っている、授業開始の挨拶すらなしである。
「フルールは別でやるから来い」
「あ、はい」
ベルだけ初回だからだ。お手数おかけします。
「え?フルール?」
なぜかグロリアがぎょっとした顔をして、他の人も振り返った。妙だと思ったが、どうした、と先生に言われ、ひとまず後回しにして急いで後を追った。
楽しそうにしている皆から離れて、個別指導を受ける。やはり気のせいではなく、ちらちらと見られている。一人だけこういう扱いだと目立つよね......。
「祖母から話は聞いている。魔法をまともに使えないらしいな」
「へっ?......祖母?」
「お前の家庭教師をしていた老婆だ」
老婆と称されるとものすごく違和感を感じるが、ドリーネ先生のことですか、と尋ねると肯定が返ってきた。
「お前の場合テストで加点ができない。そこは了解してくれ」
「はい。となると、必然的に赤点ですか?」
「いや、真面目に受けてさえいれば赤点にはしない。入学前に魔法を学んでいない平民もいるからな」
ほっとした。
「ええと、では私は何の練習をすればいいんでしょう」
先生は眉を寄せて言う。
「使えるのは闇属性と無属性、水属性だったな?そうだな......今日は魔力が続く限り水魔法を発動させていろ」
きっとそれなら予想外の事態が起こらないからだろう。先生はほかの生徒の様子を見に行ってしまい、ベルは見学生徒のように体育座りで水魔法を使い続ける。気分は壊れた蛇口だ。寂しい。