悪趣味な誰か
「わあ!美味しそう」
ベルの目の前には、湯気を立てる紅茶と焼きたてのアップルパイが置かれている。しかも今日のアップルパイは一味違う。上にバニラアイスが乗せられているのだ。パイをナイフで切り崩しながら、熱でじゅわあと溶けてくるアイスにからめて食べる。
「おいし~!」
中世ヨーロッパ風の世界なのに変な所で文明レベルが高いのだ。
不思議に思いつつも、美味しい食べ物は正義だ、と気にしないことにしてカップを傾けた。
「午後は何をしようかな」
食べ終わって外の景色を眺めながら呟くと、皿を下げていたメイドが提案した。
「公爵様が新しく児童書を購入なさったそうですから、読みに行かれてはいかがですか」
「じゃあそうしようかな。ありがとうローザ」
ローザは紺色の髪をお団子にした美人で、すごく優秀なために雇われて半年もたたずメイド長になったらしい。唯一の欠点をあげるとすれば、方向音痴なことくらいだ。普段無表情できつめの印象を受けるが、ふとした時にとても優しく微笑むのがベルは好きだった。
書庫は屋敷の西側にあるのだが、ベルは西の棟が少し苦手だった。普段生活する東側は、ベルの父であるガルシエ=フルールが領主となってから改装されたが、西側は先代領主以前の内装なのだ。そしてそれはなんというか......趣味が悪い。成金趣味というわけではない。むしろ落ち着いた内装で殆どの調度品もシンプルながら質の良いものだ。しかし一部妙なものがあるのだ。
「いったい誰の趣味なのか……」
ベルは廊下に置かれたガーゴイルの置物を見て呟いた。可愛らしいものではなくゴツくてリアルなものだ。他にも骸骨の口に取り付けられたドアノックや、猫足チェアかと思いきや山羊足チェア。真面目に探せばおそらくもっとある。ベルは飾られていた花柄の皿が何となく気になって手に取り、まじまじと見て思い出す。
「ベラドンナじゃん」
飾りとはいえ皿に毒草を描いてどうするのか。
こうも意味深なものがちりばめられていると、貴族の屋敷を模したホラーハウスのようだ。こんな所にずっといてよく父はまともに育ったものだ。落ち着かないだろう、どう考えても。おそらく迷路の悪趣味な石像もこれらを置いた人の趣味に違いない。