記憶が戻るきっかけ
「お嬢様―!どこにいらっしゃいますかー!」
メイドの呼ぶ声を聞いてベルはスケッチの手を止めた。白い紙には幼い少女が書いたとは思えないほどリアルな薔薇が描かれている。パタンとスケッチブックを閉じてベルは立ち上がった。そして大声で返事をする。
「ここにいるよ!今から出るから待ってて」
フルール家には複雑な迷路状の庭がある。それらを全て把握しているのはベルと庭師くらいだ。以前メイドがベルを探しに迷路に入り、迷ってベルに助けられるということがあってからは先に地図を渡しておいたが、それでもなぜか迷ってしまうため、迷路の出口で待っていてもらうようにしていた。
ええと。次は右、まっすぐ、左......。
ベルも最初は迷い、地図を描いて通っていたが今では地図を見なくても歩き回れるようになっている。少し歩くと広場になっている所に出た。ここは百合が植えられているエリアだ。中央には腕の無い死神の石像が立っている。
「いつ見ても気味の悪い像だなぁ。まあ、これが原因で思い出すことになった訳だけど」
実はベルには前世の記憶がある。初めてここに来た時、石像を眺めていたベルの足元に像の持つ鎌が腕ごと落下した。鎌の切っ先がつま先ぎりぎりに刺さったのだ。ベルは逃げ帰った後ショックで高熱を出してしまい、記憶が蘇った。突然鎌が落ちたのは、老朽化のためだった。撤去するのも大変ということで、放置されたままになっている。
広場の四方にある道から、像の後ろ側にある道を選んで進む。
次は左、左、まっすぐ......。
しばらく歩くと出口に着いた。
「お嬢様、お茶の時間です。今日はお嬢様のお好きな林檎のパイをご用意しました」
そう告げるメイドにベルは子供らしい無邪気な表情で言う。
「本当?楽しみ!」
前世を思い出した後もベルは以前と変わらず子供らしい振る舞いをするように心がけていた。正直に話したところで、熱で頭がおかしくなったかわいそうな子供と思われるのがオチだからだ。