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豊饒の女神  作者: 蒼太郎
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第9話:概要と思慕

 この世界を構成しているのは二つの大陸と、そこにある六つの大国らしい。二つの大陸はそれぞれ直角三角形のような形をしているようで、また、小学校等で使用する三角定規で言うところの60度の角を互いに向き合わせるような位置関係になっているようだ。

 六つの大国の名をそれぞれ、ナクシェ、ディヴェール、ウィスウィンダム、ベルダナン、ゼマンキス、アンドラールといい、どの国も600年以上の歴史があるらしいが、極めて閉鎖的で、貿易や一部留学生の交換以外の交流はほとんどないらしい。


 ヒカル達がいるウィスウィンダムという国は、西側の大陸の三角定規でいう60度付近に栄えており、広大な農地と大自然のあふれる緑の国である。国は21人の高位貴族が納める21の領地と王都の合計22の区域で成り立っており、カイナはその21領の中でも比較的北部に位置するウルガ領にある特別目立つものもない小さな村ということだ。

 ウィスウィンダムは特に注目するような国産品はないのだが、その豊かな大地の恩恵をうけた農業が盛んで、また、沿岸部の町や村では質の良い魚介類が豊富にとれるらしく、中々豊かな国のようだ。


 テレジアから聞いた大雑把な話をさらに大雑把にまとめると大体このようになる。その他にも国教だの風習だの通貨だの種族だの現王がどうだのと、さまざまな話を聞いたが、一度に聞いたこともあるせいかそのほとんどが耳を素通りといった感じで、あまり理解できなかった。なんとなく予想はしていたが、話を聞いただけではほとんど分からない。突き詰めて聞いていっても、もともとの知識がゼロなため、ますます混乱するだけだろう。


「はぁ…」


 柔らかい光が差し込む窓をぼんやりと眺め、かるい溜息をつく。現在テレジアはいない。テレジアが修練に使っていた小屋に必要な荷物を取りに帰っているのだ。この診療所の医者も現在は留守。ヒカルの怪我の具合を見て、固定具の調整を行うと、そのままどこかに行ってしまった。せっかくなのでと思い立ち、テレジアに聞いたことをサラの意見も聞きながらいろいろ考え込んでいたところであった。


「まいったなぁ…」


 なめていたわけではないつもりなのだが、少し考えが甘かったのかもしれない。

 まあ、もともと聞いただけで理解できるような話ではない上に、日本で通っていた学校でも歴史や地理、世界情勢といったいわゆる”社会”の授業を大の苦手としていたヒカルには理解しづらいというのもあるのだが。


「新聞ちゃんと読んでおけばよかったかなぁ…」


「ヒカル、しんぶんとはなんじゃ?」


「いろんな情報が文字の羅列で表現してあるサラリーマンの必需品…なのかな?」


「聞いてどうする。質問したのは我の方じゃぞ?」


「あはは、ごめん。ボクもあんまり利用したことなくってさ」


 テレビの番組表以外は、であるが。


「まあ、よい。次じゃ、次。さらりーまんとはなんじゃ?」


「頑張ってる人だよ」


 身も蓋もない言い草である。


 ヒカルの意識が戻ってから、すでに二日が経っている。その間サラは今のように、ヒカルが口に出したり考えたことのなかで疑問に思ったことや、知らない単語や言葉等に対して質問をしてくるようになっていた。ちまっこく愛くるしい紅毛の犬の姿をしているサラは、その外見を裏切らず好奇心が旺盛なようで、ヒカルから聞いたことに対してさらに疑問を上乗せして質問してくる場合もあった。もっとも、その上乗せされた質問のほとんどがヒカルは答えることができなかったが。


「父さんも読んでたな…」


「さらりーまんをか?」


「どうやって読むのさ。新聞だよ、新聞」


「ほう、そちらであったか。しかし、様々な事柄を記載した書物を熟読しているのなら、ヒカルの父君はさぞかし聡明で博学なのであろうな」


「…うん。そうだね」


 朝の食卓で、新聞片手にご飯と味噌汁を食べ、コーヒーを飲んでいた。一度味噌汁にコーヒーはないだろう、と言ったらお互いに会社も学校もあるというのに、朝から1時間ばかり説教をされたこともあったっけ。母さんはにこにこして食器を洗い、兄さんは同情したような表情をしながらも我関せずといったようにさっさと身支度を整えると一人で学校に行ってしまった。


「……」


 母さんは心配しているだろうか、父さんは怒っているだろうか、兄さんは寂しがってるだろうか。知らず、家族へ馳せる思い。考えないようにしようと思いながらも、新聞の話が琴線に触れてしまったようだ。

 女性になったことを知らせたらどうなるだろうか。みんな驚くだろうか。でも、驚いた後に兄さんなら案外諸手をあげて歓迎し、歓喜のあまり号泣するかもしれない。そんなことを考え、苦笑し、少しでもごまかそうとするが、一度押し寄せた感情の波はなかなか引いてはくれなくて。

 自分で言い出しておいてこれでは世話ないな、と悪態を吐くも、溢れ出る感情はヒカルの瞳から陽光に煌めく思いの雫をしたたらせた。


「すまぬ、ヒカル。我の無神経な物言いで、不安な思いを…」


 精神がつながっているからだろう、ヒカルの不安や家族への思いがサラにも伝わり、サラに申し訳なく思わせている。


「ん、大丈夫だよ。それにサラが居てくれてるおかげでこの程度で済んでるからさ」


 もし、サラが自分と居てくれていなかったら、いったいどれだけ泣いているんだろうか。


「…そうか。…我は長年人間と触れ合ってこなかったから、その感情の機微に疎い。だから、ヒカルが教えておくれ。我はそなたを傷つけるようなことは、不安にさせるようなことは、したくない。我はそなたの力になりたい」


 出会ってまだ間もないというのに、ここまで自分のことを思い、支えようとしてくれているサラに、先ほど家族に思いをはせたときとはまた違う意味で泣きそうになるのを懸命に堪え、ヒカルは思いを紡ぐ。


「…その心遣いだけでボクには十分に過ぎるよ」


 涙を堪えた笑顔は少々不格好ではあったが、それでも魅力を損なわない素敵な笑顔であった。


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