第8話:異界人
「はい、おまちどうさま」
「おお、おいしそうだね!」
テレジアが作って持ってきてくれた料理はサンドイッチのようなものと、コーンポタージュのようなものだった。おそらく小麦粉か、もしくはそれに順ずるもので作られていると思われる、薄めにスライスされているパンのようなものに、茹でた卵かなにかを細かく切ったものをマヨネーズと思しき物体であえてあるものと、レタスっぽい葉っぱのような野菜を挟んである。
コーンポタージュらしきもののほうは、ヒカルの感覚では極一般のコーンポタージュのように見えるが、サンドイッチと思われるものを見た後では、正直何を使ってあるのか見当もつかない。
料理を持ってきてもらったときは能天気に賞賛の言葉を送っていたヒカルであったが、こう、知らない物尽くしでは口に入れるのにも多少しり込みしてしまう。
「あ、サラも起きたのね。おはよう」
「うむ。おはよう、テレジア。引き続きヒカルが世話になるの」
「ふふ、はいはい。…そういえば、サラは何か食べるの?喋る精霊はおろか、こうまではっきり具現化してる精霊は初めて見たから、よく分からないのだけど」
「うむ、それならば心配には及ばぬぞ。我は精霊故食物を摂る必要はないし、補給すべき魔力もヒカルから十分に貰っておる」
「そう?それならいいわ」
さらりと何か聞き過ごすべきではないことをいいながら談笑する二人。ヒカルはそれを尻目に目の前の料理を凝視し、やや失礼な感想をいくつか頭に浮かべていた。
「悪いわね、ヒカル」
「え、え!?な、何が!?」
心の中を見透かされたのかと、少しばかり声を上ずらせ、どもってしまうヒカル。
「先生は料理の習慣がなくてね。薬草や丸薬なんかはたくさんあるんだけど、料理に使えるような材料はあんまりなくて簡単なものしか作れなかったわ」
「あ、ああ、そんなことは気にしないでいいよ。十分、その…おいしそうだし」
失礼な感想に関することではないことに安堵すると、先生という言葉が気になった。
「テレジア、先生ってのは?」
「え?ああ、そういえばまだ言ってなかったわね。ここは診療所よ。あなたが意識を失った、テメルって森に近いカイナって村のね。で、先生ってのはここのお医者さんね。今は、日課の散歩と村人の診療に行ってるわ」
あなたの世話をわたしに押し付けてね、とくすくす笑うテレジアに、ヒカルは苦笑し、ありがとう、と感謝の言葉を述べた。
「ここまで運んだのはわたしだけど、ベッドを貸して治療をしてくれたのは先生だから、帰ってきたらお礼くらいいいなさいよ?」
「うん、そうだね。そうするよ」
テメルの森にカイナという村。知らない言葉が増えたがとりあえず後回しにして、今は診療所の先生にお礼を言うことを、ヒカルは心に留めておくことにした。
「よしよし。…ああ、それで、料理食べてみてくれる?得意なほうだけど、材料は少なかったし、新しいことにも挑戦してみたの。よければ感想くれる?」
「え?あ、ああ、うん」
そうだった。目の前の料理を食べなければならなかった。未知の材料軍にしり込みしているヒカルだが、この料理はテレジアが厚意で作ってくれたものなのだ。感謝を示すためには残さず食べきらなければなるまい。ヒカルはお皿に乗っている一切れを掴むと、半分ほどを噛み切って口に含んで、よく咀嚼した。
「ん…あれ、おいしい…」
途端に広がるクリーミーな味。そしてそれを引き立てるような、レタスっぽい野菜のシャキシャキとした歯触りと、全体をやさしく包み込むふわふわとした感触。これは、材料は違えどもまごうことなきタマゴサンドである。
ヒカルは、知らない材料というだけでしり込みしていた先ほどまでの自分が急に恥ずかしくなり、頬をかきながらごまかすと、テレジアの料理を賞賛した。
「うん、おいしいよこれ。すごくおいしい」
「そう?それは良かったわ」
うれしそうに微笑むテレジア。それに少しばかり頬を染めながら、ヒカルはこの料理がいったいどういったものなのか聞いてみることにした。
「質問なんだけど、これってどんな料理?」
「よくぞ聞いてくれたわ!」
その豊満な胸を自慢げにむんと反らし、歓喜するテレジア。
「オリジナルよ!」
「オリジナル?」
「そ!さっき台所で考え付いたの。ヒカルが左腕を怪我で使えないからどうにかできないかなってね」
これなら片手があれば食べれるでしょ?と、再び自慢げにテレジアは胸を反らした。それにしてもオリジナルとは驚きである。どうやらヒカルは、サンドイッチ誕生という料理界の歴史的瞬間に立会人になったばかりか、ある意味切っ掛けとなったようだ。
しかし、むこうではサンドイッチさんが考案したからサンドイッチという名前になったのだから、こっちではテレジアという料理名になるのだろうか?jと、頭の片隅で考えながら、次にコーンポタージュのようなスープをスプーンで掬って口に運んだ。
「うん。これもおいしい。これはどんな料理?」
「トトカっていう家畜のミルクと野菜を煮込んですこし味付けしたスープよ。薄味だから飲みやすいし、栄養が豊富で怪我人や病人にはもってこいの食べ物よ」
トトカという家畜は知らないが、おそらく山羊や牛のような生き物だろうとヒカルは見当をつけた。
しかしながら、サラといいテレジアといい、まだ見ぬ診療所の先生といい、会う人会う人に世話や心配をかけているな、と考え苦笑しながらも、その出会いに、その巡り合せに、大げさな言い方をすれば運命に深く感謝し、残りのサンドイッチとスープを平らげるヒカルであった。
「別の世界からこの世界に、ねぇ…」
食事を終えると、ヒカルは自分のことについて、この世界に来たこと、女の体になったこと、サラと出会ったこと、落ちた場所がテメルの森の広場のような場所であったこと、など包み隠さず話すことにした。
最初はテレジアがサラ聞いたと言っていた通りに全部知っていると思っていたが、サラが話したのはどうやら自分達の名前と、テメルの森で出会ってカイナを目指していたところでグリズルに遭遇してしまったということだけだった。
「それにしても驚きの連続ね。自伝が空想小説になりそうだわ。…ヒカルみたいなのは、ええと…異界人、異世界人、渡来人、ってやつなのかしら?つながって物が落ちてくるのは知ってたけど、人に会うのは初めてだわ。…異界人っていうのは、誰も彼も髪も目も黒いものなの?」
「そういうわけじゃないけど、ボクの周りには黒髪が多かったよ。…異界人はっていうことは、こっちでは黒髪は…?」
「ええ、いないわね。少なくともわたしは見たことも聞いたこともないわ」
「そっか。ちょっと残念だな…」
髪が黒いことで好奇の目にさらされる光景を想像し、思わずため息をついてしまった。
「ふむ。見ぬ色だとはいえ、我は黒い髪はヒカルに似合っていると思うがの」
「あ、それはわたしも思うわ。黒って、暗くて近寄りがたく、畏れ多いイメージがあったけど、あなたの黒髪は違うわね。高貴で清廉で、…うまく言い表せないけど、よく似合ってるわ」
「はは、ありがとう。二人にそう言ってもらえればうれしいよ。ところでテレジア、ボクみたいな異界人っていうのはわりとみんな知ってることなのかな?」
「うーん、それはないと思うわ。わたしは魔法使いだから、修行や研究の一環でそういうことを知っているだけだから、普通の人は知らないし、知りようもないはずだしね。…だから、あまり他言しないほうが良いわね。頭がおかしいと思われるか、その珍しい黒髪も相まって利用しようとされるかのどちらかだと思うわ」
「そうか…気をつけるよ」
「うん。それがいいわね。あ、もちろんわたしも他言はしないわ」
「ありがとう。なんだか世話をかけてばっかりだね」
別に良いわよ。そういって快活に笑うテレジア。…サラといい、テレジアといい、本当にいい奴ばかりだ。そう、改めて思うヒカルだった。
「情けは人の為ならずって言うじゃない。それに…」
「それに?」
「サラシ取るときに堪能させてもらったからね。ヒカルは童顔の割りに結構立派なの持ってるのね。もと男の子なら堪らないんじゃない?」
ヒカルの胸を見てにやにや笑いながら、まるで宴会のエロジジイのようないやらしくてを動かすテレジア。…訂正。テレジアはいい奴だが同時にすこし変わっているようだ。
「うむ。ヨダレを垂らしながら揉んでおったの」
「変わってるどころじゃない。それじゃ、ただの変態じゃないか…」
にやにやと笑っているテレジアを横目に、ため息をつき苦笑するヒカルであった。




