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 朝の執務を終えたアクシアは、王立学園へと走り急いでいた。公爵邸も王立学園も王都の一等地に存在している。馬車を使わないのは、近いし、早いからである。


 王都の朝は早い。市場や人の往来がすでに始まっている。貴族優先通行で、路上を歩いて要る人々は道を譲らなければならないが、それでも、歩くのと同じ程度の速度となってしまう。


「アクシア様、だからロールパンを咥えながら走るのはお止めください」


「あわふわふふ、ふわわ、ふわふわ」


「口に食べ物を入れたまま、喋ることもお止めください」


「もう、あんなに処理事項が溜まっていたなら教えてくれても良かったでしょ」


「昨晩の分もあったからです。昨日は、パーティーに出席したまま、件の場所に行ってしまったて、そのままお休みになられましたよね?」


 件の場所とは、ネーデルラントとの国境近くのことである。ポピー畑をアクシアが焼き払ったことは、ウィリスしか知らないし、誰にも教えるつもりもない。


 アクシアが早朝から処理した案件も膨大であった。


 広大な公爵領地の経営となると、日々、多くの報告、案件が発生する。


 裁判権は領主の権利であり、いざこざは日々発生する。刑事罰など犯罪性が高いものは公爵領の法律に照らして家臣達に委任しているが、アクシアは民事訴訟に関しては自分で目を通して判決を下すようにしていた。


 裁判に関して、各地から寄せられる嘆願書。村の一年間の減税申請、橋の建設、道路の整備、騎士を派遣して猪退治の山狩りを実行して欲しいというような各種様々である。


「ん? ウィリス。あそこ、見て」


 アクシアは足を止めた。王都の市場からやや外れた隅っこで争いが発生していた。


「あれを止めに入ったら、確実に今日は遅刻してしまいます」


「そんな軽率なことはしないわよ。よっと様子を見てくるだけよ。単なる酔っ払いの喧嘩かもしれないじゃない」


 ウィリスはため息をついた。なんでアクシアお嬢様はそんなに嬉しそうな顔をしているのだろうかと。


 そして、ウィリスは、影でアクシアの護衛をしている一人に手話で、学校に遅刻する旨を伝えておくように指示を出した。連絡せずに遅刻した場合、王立学園側は国家の要人の誘拐事件の可能性ありとして迅速に通報してしまうからだ。


 それに、アクシアがこのまま争いを見逃して学校へと急ぐということはウィリスには考えられない。

 アクシアは、何にでも首を突っ込みたがる性格に加え、貴族の義務ノブレス・オブリージュに重きを置いている。


 争いとそれを遠巻きに見つめる人々に輪の中にずんずんと入っていくアクシアの後ろ姿を見て、ウィリスはため息を吐いた。


 また、アクシアお嬢様の『悪役公爵令嬢』という汚名が、さらに光輝くことになるであろうと。


 そもそも、一ヶ月前、シャルル王子から婚約破棄された口実となった事件、チョーサー・ジェフリーの使用人に全治一年の怪我を負わせた、という事の顛末はこのようである……。


 ・


 ・


 ・


 一ヶ月ほど前の王立学園への通学途中。


 アクシアは、王立学園への通学途中で、ジェフリー商会が権力と暴力で、市場でもっとも人が賑わう場所を、強引に横取りしようとしている場面に遭遇したのだ。


 王都の外で朝採れた新鮮な野菜を売ろうとしていた、二人の子ども。


 薄汚れた服装、痩せ細った身体。子ども二人で来ている。大人がいないということで、二人が孤児か、親が病気かなにかで生活が困窮していることは容易に想像がついた。


「ねぇ、これはいったい、どういう状況?」


 アクシアは、お気に入りのカルメ焼きを作る屋台の店主に話しかけた。


「これはアクシア様! ご機嫌麗しゅう」


 アクシアは、貴族からの評判は最悪と言っていいものであるが、平民たちからは意外と人気があった。


 人気がある理由は単純である。


 平民を同じ人間として接するからである。


 魔法という圧倒的な力を持つ貴族達は、平民を同じ人間とは見做していない。代金を踏み倒すしのは当たり前で、気に入らなければ力に訴えることもある。


「ジェフリー商会の奴ら、あの子たちの場所を横取りしようとしているんですよ」


「この市場の売り場は、早い者勝ちではなかったかしら?」


「えぇ。あの子たちは太陽の昇らないうちから暗い中必死に収穫して、あの場所に露店を開いているんです」


 大通りの噴水の前。人の往来が激しい場所。一番、通行人の人目につきやすく、もっとも商売に良い場所であのだ。


「あら。いつもあの場所はあなたの屋台があったと思うのだけど、今日は寝坊したのかしら?」


 アクシアは屋台の店主に尋ねた。


「面目ねぇです。あの子たちの親父が病で倒れちまって。そんな話を聞いたらうっかり二度寝して、この場所に屋台を開くことにしたんです。薬代が必要でしょうから」


 カルメ焼きの屋台の店主はそう言った。



 自由市場の隅。香ばしいカルメ焼きの匂いが漂うとは言え、このような端っこでは売上は落ちるであろう。店主が自由市場で一番の場所をあの子たちに譲ったことは明白であった。


 カルメ焼き店の店主、ワーグマン・チャールズは体格のよい身体付きに加え、スキンヘッドに強面である。


 一見すると近づきがたいが、繊細にふっくらと焼き上げた、中は熱々、表面カリカリのカルメ焼きを食べれば、店主の人柄が情に厚く、優しさを持ち合わせた人となりであることが分かる。また、時々、カルメ焼きの表面にキャラメルで描く似顔絵には、愛嬌があり、食べるのがもったいないと思ってしまうほどの腕前であった。特にアクシアがお気に入りなのは、『公爵令嬢が屋台で買い食いだなんて他の貴族に見られでもしたら……と困り顔をしているウィリスの似顔絵入りカルメ焼き【ワーグマン・カルメ焼店謹製】』である。


 悪いのは、二人の少年少女か、それともジェフリー商会の使用人たちか。それは周りの様子を見ても明らかであった。


 市場に出店している他の人たちも、ジェフリー商会の暴挙を憎らしげに見つめている。

「そういうことね。わかったわ」


 そして、アクシアは今後の教訓の意味を込めて、ジェフリー商会の使用人にきつめの仕置きをしたのだ。


 髪の毛をチリチリにゆっくり焦がし焼くが、頭皮を一切傷つけないという、高度な魔法技術によって……


 ・


 ・


 ・


「そこまでよ。アクシア・エルマン・フォン・サラマンドル公爵よ。この場は私が預かるわ!」


 不敵な笑みを浮かべて、アクシアは高らかに宣言をした。きっと、ただの酔っ払い同士の喧嘩ではないと確信したのだろう。


 アクシアが堂々と争いごとが起こっている輪の中へと堂々と入っていく。真紅の長い髪が歩くたびに左右に揺れる。まるで炎がうねっているかのようである。


 周りで様子を伺っていた平民たちが、海が左右に分かれていくが如く、アクシアの通る道を空けていく。


「さ、サラマンドル公爵様だ!」


 平民達から喜びの声が沸き起こる。

 

 あぁ、やっぱり遅刻届けを出しに、先に護衛の一人を学園に行かせたのは正解だったな、とウィリスは自分の予見が正しかったことを非常に残念に思いながらまた、ため息を吐いた。

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