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 アクシアがポピー畑を焼いた翌日。

 王都の一角。広大な敷地に建てられたサラマンドル公爵邸の屋敷。アクシアが眠る私室にの扉をノックする音が聞こえる。

「アクシア様、朝でございます」


 ウィリスはノックをしたあと、しばらく待ったがアクシアの返事はなかった。


 昨日のことを考えれば、深く眠っているのであろう。ネーデルラントと神聖ローマ帝国の国境付近のポピー畑を焼き払って回ったのだ。


 延焼がないこと、また、人的な被害を出さないように高精度で、上級炎魔法、土炎走竜(バジリスク)を操作していく。


 アクシアは集中力と魔力を著しく消費したのであろう。それに、公爵邸に秘密裏に帰ったのは三時を回っていた。


 睡眠も数時間ほどであるだろう。


「アクシア様、入りますね」


 ウィリスはそう言って扉のノブを回した。鍵は掛かっていない。


 サラマンドル公爵家の令嬢。妙齢の未婚の女性の私室に男性であるウィリスが立ち入る。事情を知らない貴族であれば誰でも眉をひそめそうなことであるが、二人には特別な関係があった。


 アクシアとウィリス・ウィリアムは、乳兄弟である。同じ女性の乳を分け合って乳児期を過ごしたのである。


 乳母は、ウィリスの母親である。アクシアの母は、もともと身体が弱かったこともあり、アクシアという新たな生命を生み出すことに力の全てを使い切り、出産後直ぐに帰らぬ人となった。


 そこで、ちょうど同時期に男爵家の三男を出産した女性に白羽の矢が立ったのである。それが、ウィリスの母親である。


 母乳期間が終わると、乳兄弟の慣例に従い、ウィリスはアクシアの従者となった。アクシアとウィリスには血縁関係はない。だが、そこには同じ乳を飲み、そして同じ教育を受け、同じように育ってきたという擬似的な兄弟姉妹の関係も成立していた。


「アクシア様、起床のお時間でございます」


「まだ眠いの……。魔力も十分回復していないし、しばらく寝かせて……」


 アクシアの眠気の混じった甘い声が響く。上質の薄いシルクのネグリジェからは乳白色の肌、細い首筋が露わになっている。薄く仕上げられた生地は、アクシアの豊満な乳房の形をそのまま表現していた。


 男ならそのままむしゃぶりたいという誘惑に絡め取られてしまいそうな光景である。


 だが、ウィリスは冷静である。


「もういつもより三十分ほど起床時間が遅いのです。このままでは公務が滞ってしまいます」

 

 アクシアには、王立学園に通う日々に加え、三年前から公爵当主としての仕事もあった。多くの業務は信頼の置ける家臣たちに任せているが、報告書に目を通さなければならないし、当主であるアクシアの判断をあおがなくてはならない事案も存在する。


「じゃあ……あなたの魔力分けて……」

 

 アクシアはベッドに横たわりながら潤んだ瞳でウィリスを見上げる。あれだけ魔力を消費し、睡眠時間も少ない。アクシアの魔力は枯渇していた。


「畏まりました」


 ウィリスはアクシアの寝ているベッドに腰を下ろした。そして、そっと目を閉じたアクシアの唇をウィリスは見つめる。淡いピンク色の唇。


 冷静であるべきはずのウィリスの心臓が一瞬だけ強く鼓動した。魔力消費の激しい魔法を好むアクシアに対する魔力譲渡。


 二人が少年少女であったときから幾度となく行われてきた行為。だが、ウィリスの心は最近ざわつく。


 ウィリスは、自らの唇に己の魔力を集め、その唇を優しく重ねた。

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