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 アクシアがパーティー会場から出た先は、学園の中庭であった。アクシアがいた場所からもっとも近い出入り口であったからである。

 噴水によって空中に投げ出された水しぶきが、月の光に照らされて銀色に輝いていた。


 アクシアは噴水の近く設置してあるベンチに座った。待たせてある馬車にのってすぐに公爵邸に帰ることもできた。だが、予定よりも早い帰宅。屋敷の人間を心配させたくはなかった。もっとも、どうせアクシアとシャルルの婚約破棄、そして、シャルルとシャルロッテの婚約の発表は、明日にでも王都中の人間の知れ渡るところとなるであろう。


「シャルル……」

 アクシアは長い真紅の髪が地面についてしまいそうなほど、項垂れ、頭を自分の太ももの上においた。


 考え方に違いがあるのは分かっていた。

 目指すべき理想の、描く神聖ローマ帝国の姿も異なっていた。

 だけど、いつか、シャルルとはわかり合えるとは思っていた。

 喧嘩をするかもしれない。政策立案や外交政策で衝突することはあるかもしれない。もしかしたら、意見の合意を得られずにお互いに口を聞かない日だってあるかもしれない。

 だけど、シャルルとなら一緒に手を取り合って、今日よりもよい明日の帝国を築いていけるだろうと信じていた。

 いつか……シャルルとの愛の営みのなかで新たに自分の中に宿る命に、きっと今よりも素晴らしい明日を提示できると思っていた。


 だが……それは叶わなくなった。


「シャルル……。ヴォルテール先生……私は間違っているのでしょうか?」


 アクシアの頬を涙が流れた。


「あなたが泣いているところ、見るのは、三年ぶりかしら」


 不意にアクシアに話しかけてきたのは、シャーリー・シャーレッグ・カーラッハ・フォン・コキューゼジアであった。


 シャーリーも、神聖ローマ帝国の公爵である。サラマンドル公爵家とコキューゼジア公爵家。この二つの公爵家が、この帝国における二大公爵家である。


「シャーリー?」


 突然声をかけられたアクシアは顔を上げた。そして、その瞬間に、頬に流れていた涙が凍った。そして、石畳の地面へと落ちた。その凍った涙はまるでダイヤモンドのように輝いていた。


 シャーリーは『氷』の魔法を得意とする。アクシアの燃えるような髪の色とは対照的に、全てを凍てつかせるような白銀色の長い髪の毛。眉まで白く染まり、まるで霜が全身に降りて美しさを永遠に閉じ込めているようである。


 氷の女王、の異名で讃えられるシャーリーはアクシアに微笑みかける。


「やっぱりアクシアには涙が似合わないわ」


 シャーリーは魔法を使って、アクシアの涙だけ凍らせたのだ。頬に一切の傷をつけることなく、涙だけを瞬時に凍らせる。神聖ローマ帝国の貴族のなかでも、できる者が少ない魔法操作能力である。


「あなたも、私を笑いに来たのかしら?」

 アクシアは自嘲しながら言った。


「違うわ。私はここにずっといた。騒がしいパーティーは苦手だから。ここで時間を潰していたらあなたが来たの」


「気配を消していたじゃない。あなたがいるなんて声をかけられるまで気付かなかったわ」


「私はいつもと同じ。あなたにその余裕がなかっただけだと思う」


「……」

 アクシアはシャーリーの言葉に反論することができなかった。


「シャーリー。ごめんなさい。あなたに辛く当たってしまったみたいだわ。謝罪するわ」


「謝ることないわ。アクシアが泣いている姿なんて、本当に珍しいもの」


「三年前、泣いているあなたを一晩中介抱したのは私なのだから、これでお相子ね」


 アクシアは負けじと言った。サラマンドル公爵令嬢とコキューゼジア公爵令嬢が奇しくも同じ年に生まれた。

 帝国を支える二大公爵家は当然ながら、二人を幼い時から引き合わせていた。


 時にはライバルとして。二人は競い合った。

 時には同じ痛みを知る子どもとして。二人は、公爵家に生まれた重責をともに分かちあった。

 時には、友人として慰めあった。同じ時期、今から三年前に、愛する親を亡くした者同士として。

 13歳にしてアクシアがサラマンドル公爵家の当主となったように、同じく13歳でシャーリーは、コキューゼジア公爵当主となったのだ。

 三年前、ともにオスマン帝国への十字軍遠征により、父親であった当時のサラマンドル公爵当主とコキューゼジア公爵当主が戦死してから。


「私、もう泣かないから」


 アクシアはそう言って、親指と中指でパチンと指を鳴らした。その瞬間、シャーリーが凍らせた涙は、一瞬にして蒸発した。


 アクシアは、自分には大事なものが二つあると考えていた。


 一つが、シャルルへの愛。シャルルと描く自分の未来は悲しい過去に囚われようとする自分をいつも救ってくれた。


 だが、それは、今日、失われた。


 残されたもう一つは、彼女の家庭教師をしていたヴォルテール師の教えである。


 彼女に残されたのは、ヴォルテールの教えである。

 もっとも、ヴォルテール自身は、自らが発表した著作によって、神聖ローマ帝国から追放処分となってしまったが……。


「シャーリー。私に残されたのは、理想だけなのね。私はそれを追いかけるわ」


 シャーリーには、アクシアの周りに炎が宿ったかのように見えた。炎の魔法の天賦の才に恵まれ、外見も真紅の髪にルビー色の瞳。

 そんな彼女が宿した炎。


 アクシアの決意とともに溢れ出たのは、全てを燃やし尽くしてしまいそうな炎だった。

アクシアの周りには魔法の作用により炎が渦巻く。だが、その中にあっても、シャーリーは平然としてる。彼女の周りには氷が張り巡らされ、アクシアの熱量は届かない。


 シャーリーはその光景を見ながら言った。


「あなたがうらやましい……」


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