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口惜しい……という感情の前に、アクシアは悲しかった。
シャルルとシャルロッテが見つめ合い微笑んでる。シャルルがアクシアに笑顔で接していたのは、いつが最後だろうか?
王立学園に入学してから距離を置かれ、ほとんど会話をすることがなくなってしまった。王立学園に入学する前は、週に一度はお茶会に王宮に呼ばれていたが、それも無くなった。
舞踏会でも、シャルルと最後にダンスを踊ったのは半年以上前である。
「シャルル・ホーエンシュタウフェンはこの場にて申請する。アクシア・エルマン・フォン・サラマンドルとの婚約の破棄をな」
婚約破棄の申請。
王族のシャルルと公爵家のアクシア。婚約が両家両者の同意のもとに成されたものであるが故に、一方的な婚約破棄は許されない。婚約破棄には双方の同意が必要。王族や貴族たちは人間であるがゆえに、権利や個人の意志が、皇帝の勅令に反しない限り最大限保障される。
「アクシア・エルマン・フォン・サラマンドル、返答はいかに?」
シャルルの言葉とともに、視線がアクシアに集まる。パーティーに集った全員が、アクシアの返答を、固唾をのんで待っていた。
アクシアはシャルルを見つめる。シャルルの傍らでは、勝ち誇った顔をしてアクシアを見つめるシャルロッテ。
そして、シャルルの左手とシャルロッテの右手は堅く握られている。
さよなら……私の愛しい人……
「アクシア・エルマン・フォン・サラマンドルは、シャルル・ホーエンシュタウフェンの……」
涙なんか流してなるものか。グッと手を握りしめる。爪が掌に食い込んでしまいそうな程強く。
「婚約破棄の申請に承諾いたしますわ……」
その瞬間、パーティー会場に歓声が沸く。四面楚歌。パーティー会場の真ん中にポツリと立ったアクシアに味方はいなかった。
「シャルル・ホーエンシュタウフェンとアクシア・エルマン・フォン・サラマンドルの婚約は双方の合意により、無効となった。ここに集った諸卿らの中で、この事実の証人となってくれるものはいないだろうか?」
シャルルが再び演説めいた口調で言った。
「私が!」
「是非、俺を証人に!」
「私も証人になるわ!」
パーティー会場にいた全員が、嬉々として証人として立候補していく。
そして、再び管弦楽の演奏が流れ始めた。が、その演奏をシャルルは右手で制して辞めさせた。
「ここに集った諸卿らにもう一件、証人となって欲しいものがある。おっと、サラマンドル公爵にも是非、証人となっていただきたい」
その場を静かに立ち去ろうとしたアクシアにシャルルが声をかけた。
『もう……「アクシア」とは呼んではくれないのね……シャルル……いえ、シャルル・ホーエンシュタウフェン王子』と、婚約者から学友、顔見知りとなってしまったこと事実をアクシアは噛みしめる。
「シャルル・ホーエンシュタウフェンは、シャルロッテ・コルデーに婚約を申し込みたい。どうか私たちの婚約の証人となってはくれないだろうか?」
「まぁ、婚約だなんて、殿下!!」
花が咲いたような笑顔でシャルロッテはシャルルを見上げていた。
白々しい……。アクシアはシャルロッテを憎らしげに見つめてしまった。慕っていた婚約者から婚約を破棄されたすぐそばから、婚約の証人とならなければならない。
「シャルロッテ・コルデー。どうか、私の婚約者になって欲しい」
「えぇ。よろこんで」
パーティー会場に狂気染みた熱気に包まれる。万雷の拍手である。
「殿下……私は証人となることをお断りさせていただきます。私は今日はこれで失礼いたしますわ」
この中でもっとも身分の高いシャルルへ挨拶をして、アクシアは胸を張り、ゆっくりとパーティー会場を後にする。
静かにその場から立ち去る。
本当はドレスの裾を巻き上げて、走ってでも逃げたかった。
出来るなら、アクシアは今すぐにでもその場にしゃがみ込んで泣き出したかった。
しかし、それをアクシアの矜持が許さなかった。
神聖ローマ帝国の二大公爵としての矜持が。
一人の女としての矜持が。
理想を貫く、一人の人間としての矜持が。