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 午前中の最後の授業が終わった。学園の生徒たちがカフェテリアに昼食を求めてやって来る。


 アクシアとウィリスはそのままカフェテリアで午後の授業まで時間を潰すことにした。


 子爵や男爵身分たちが使う場所と、王族や公爵身分の者たちが使う専有スペースは分けられており、そのままカフェテリアに居座ったとしても問題はない。

 

 来る者は限られている。来る者がいるとしたら……


「アクシア・エルマン・フォン・サラマンドル!!」


 鬼の形相でやってきたのはシャルロッテ・コルデーであった。貴族に似つかわしくない大股でアクシアに向かってくる。その後ろには口をへの字に曲げたシャルルがいた。


「あらあら? シャルロッテ・コルデー侯爵。ご機嫌麗しゅう。と言っても、随分とご機嫌斜めなご様子ね。領地の貴重な産業が焼け落ちでもしたのかしら?」


 アクシアはそう言いながら美味しそうに紅茶を飲んだ。シャルロッテの怒った顔を見ていたら格段と紅茶の味が上がった気がした。


「えぇ。比喩でもなく、私の領地を不埒者が焼いたのよ! そして、それはあなたの仕業ね、アクシア・エルマン・フォン・サラマンドル!」


「あら? なんのお話かしら?」


 アクシアは涼しい顔をして紅茶を嗜んでいる。


「とぼけても無駄よ! 通信魔法で連絡を受けたわ! あんな広範囲を、民家や、小麦などの作物を綺麗に避けて、ポピーの畑が全部燃えているだなんて。不自然過ぎるわ! 落雷によるものだとか、不審火だなんて考えられない」


「そんなことがあったの! 火災だなんて。領主として、領地管理怠慢及び管理不芳ね。あらあら。神聖ローマ帝国の次期皇帝の婚約者が、なんたる失態なのでしょう」


 おほほほほ、とアクシアは意地悪く笑う。アクシアのそれは、悪役令嬢そのものだった。


「だから、あなたの仕業ね!」


「あらあら、自分の領主としての無能を、人のせいにしないでくださいませ」


「とぼけないで! あの広範囲を恣意的に焼き払う! そんなことができるのは、アクシア・エルマン・フォン・サラマンドル! あなたしかいない!」


「あら? 随分ね。人のせいにして。人に罪をなすり付けるよりも、ご自分の状況を真摯に受け止めたら如何でしょう? ポピー畑と言ったら、コルデー侯爵の……たしか主要作物の、香辛料でしたっけ?」


「話を反らさないで! 認めなさい! あなたの仕業だってことを!」


「残念だけど、それはあなたの妄想じゃないかしら? だって、昨晩、私たち、夜会で会ったじゃない? そこにいる、シャルル殿下とも踊らせていただいたわよ?」


 アクシアは後ろにいたシャルルに話を振る。


「あぁ、踊ったよ。君は僕の足を踏みに踏んだけどね」


 たしかに、アクシアは先端を尖らしたハイヒールで、シャルルの靴をダンスしながら踏みに踏んでやった。


「で、あの時間から、辺境のど田舎であるネーデルラント周辺までどうやって行ったと言うのかしら? それに、「通信魔法で連絡を受けた」とシャルロッテ・コルデー侯爵は言いましたけれど、早馬(はやうま)はいついらっしゃるのかしら?」


「くっ」


 シャルロッテは口惜しそうに言った。


 現場から早馬が到着するのはどんなに馬を休ませずに走ったとしても、夕方となるだろう。


 つまり、アクシアには完全なアリバイがある。


 昨晩、陽が落ちてからの王宮での舞踏会に参加している。アクシアがその舞踏会に参加していた証人には、シャルル王子も含まれる。


 もっと、婚約破棄をしたシャルルにしてみれば、アクシアとダンスを踊るのはいささか不快であり印象に残っており、さらに、ステップのたびに足を踏まれたのであるならば忘れ得ない。


 パーティー参加後、ネーデルラントと神聖ローマ帝国の国境近いコルデー領に行くことはどんなに足の速い馬を使ったとしても不可能である。


 早馬が到着してもいないのに、アクシアが王立学園のカフェテリアで優雅に紅茶を飲んでいる。


 昨晩、アクシアがパーティーに出席していた、かつ、いま、この場で紅茶を飲んでいる。距離関係を考えて、それでアクシアのアリバイが成立している。


 現実的に不可能である。たとえ、アクシアの火魔法を持ってもってしても。


「いや、絶対、あなたよ。あなたの仕業に決まっている。このクソ、悪役公爵令嬢!!!!!」


「あらあら? 自分の無能を棚に上げて他人のせいにするだなんて。神聖ローマ帝国の栄光ある貴族が、あるまじき行為ですわ。領地管理怠慢、管理不芳に加えて、貴族侮辱罪ね」


 アクシアは高笑う。シャルロッテとアクシアの間に火花が散る。


 その光景を見ていて、ウィリスは思う。


 いや……アクシア様……紛れもなくあなたが犯人なのに、よくそんなにしらばっくれて、あんなにも高笑いができますよね。やっぱり、悪役公爵令嬢の素質あるなぁと、ウィリスは刮目してアクシアを見る。


 ぶっちゃけ……アクシアのもう一筋の血筋。アクシアの父親、サラマンドル公爵の魔法適性は炎。アクシアが帝国随一の火魔法の使い手であることは有名である。


 だが、知られていない事実がある。アクシアの母親の魔法系統の血筋は、風魔法であると公式ではなっているが、本当の血統は、『空間移動』である。


 もちろん、その魔法血統は隠されている。


 『空間移動』


 一度行ったことのある場所には、魔力の行使でいける能力。素晴らしく便利な能力であるが、暗殺などが起きた際に真っ先に疑われる魔法血統である。


 逆にいえば、密室殺人など犯人不明の場合に、犯人として粛清される対象であった。ゆえに、すでに大昔に滅んだ魔法血統であると言われている。


 だが、サラマンドル公爵家は密かにその血統を、分家で隠し残した。


 そして、サラマンドル公爵家に隠された魔法の血筋のことを知っているのは、この世でアクシアとウィリスだけである。


 空間魔法を用いて、ネーデルラントとの国境近く、コルデー領まで行き、そして、燃やし尽くし、同じく空間魔法で帰ってきた。アクシアが、ポピー畑を燃やしに行った際、ドレスとハイヒール姿であったのは、パーティー直後であったためである。


 アクシアの魔法を使ったアリバイ工作と犯行。


 種は単純であり、その単純性ゆえに、『空間魔法』の存在を知らなければ、そこに行き着くことは不可能である。


「絶対にあなたの仕業であるって突き止めてさしあげますからね! コルデー侯爵家の名にかけて!」


 シャルロッテが言い放つ。


「言うじゃない。じゃあ、私でなかった場合、また……犯人を突き止めることができなかった場合、どうなさるおつもり?」


 自分の犯行であると発覚することがないという絶対の自信をもつアクシア。


「その場合は、なんでもあなたの言うことを聞いて差し上げますわ」


「じゃあ、その際には、シャルル殿下との婚約を破棄していただきますわ」


 しれっとアクシアは言う。


「確信したわ。あなたの動機は、シャルルを私に奪われたからね! 無様な女の嫉妬、それが犯行の動機」


「犯人であることを立証する前に動機を決めつけるだなんて、倒錯が過ぎるわよ。品がないわ。まるで婚約者のいる男性に近づくハイエナのようだわ」


「アクシア、あなたこそ葡萄を池に落として口惜しそうに池を覗き込む哀れなキツネのようね」


「あら、きっとその葡萄はすっぱいのよ」


「酸っぱくても、砂糖で甘く煮込めればジャムくらいは作れてよ」


「あら残念ね。私はママレードのジャムが好きなのよ」


 関係無い方向に白熱していくアクシアとシャルロッテ。


 ちなみに、『葡萄』と暗に言われているのは、シャルロッテの後ろに立っているシャルル・ホーエンシュタウフェンのことである。


 酸っぱいとか、ジャムくらい作れるとか、言われたい放題であるが、二人の令嬢の言い争いの迫力に押されてなにも言えずにいた。


 そして、二人の令嬢の言い争いは最終局面へと向かっていた。すなわち……


「この貧乏侯爵」

「なんですって! この家柄だけの女」

「むきーー! 田舎娘」

「突進するだけの猪公爵」

「辺境の野生猿!」


 神聖ローマ帝国の由緒正しき貴族……の礼節を棄て去った、知性の感じられない品のない罵り合いである。語彙も稚拙なものとなる。


 それが、二人の令嬢の言い争いの最終局面であった。


 最高の教育と教養を身につけたはずの二人には、知性の片鱗すら見えない。


 

 ウィリスは思う。

 えっと……帝国が憧れる王子の……元婚約者……と、現婚約者……の二人が……これでいいのか……?


「分かったわ。犯人があなたでなかった場合、私はシャルル・ホーエンシュタウフェンとの婚約を破棄するわ。その代わり、犯人があなただった場合、私の指定するパーティーで二本足で立っていることを禁じるわ。カエルのように会場を這いずり回りなさい」


 シャルロッテはそういうと、自分が付けていた左手のレースの手袋を外し、そしてアクシアの足下に投げつけた。


 自分のつけていた手袋を相手の足下に投げつける。貴族の決闘の申込の正式な作法である。その手袋を相手が拾ったら、決闘が成立する。


 アクシアは当然……その手袋を不敵な笑みを浮かべながら拾い上げる。


 アクシアとシャルロッテの決闘が成立した……かのように見える。


 ウィリスは冷静に突っ込む。


 その決闘の作法って……『男性』の貴族の決闘の申込の作法だよな……。『女性』の二人がそんなことしてなんの意味があるんだ? 決闘の正当性に問題があるぞ……。


 要は、二人が手袋投げたり、拾ったりしていることはなんら意味のない行為である。たんなる雰囲気である。


 シャルル殿下、止めてくださいよ……。ウィリスは思考を放棄して、シャルル殿下を見つめる。が、同じくシャルルも自らの思考を放棄して、木の上で囀る雀を眺めながら白目を剥いて気絶していた。


 酸っぱい葡萄とか、ジャムくらいにしか使い道がないだとか、元婚約者と現婚約者に言われたことがシャルルのメンタルを削りきったのである。

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