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0.プロローグ

 ネーデルラントと神聖ローマ帝国の国境付近。


 満開のポピーが地平線の彼方まで咲き誇っていた。


 満月の光に照らされたポピーの花々は、淡いオレンジ色の光を放っている。妖精が住んでいると言えば、思わず信じてしまうほど、幻想的な光景であった。


 そんなポピーの花畑を踏み荒らす二人の人影があった。


「あら、なんてふかふかの土なのかしら。ヒールの先まで埋まってしまったわ。ドレスも汚れてしまいそうね、ウィリス」


 月光に照らされた原色に近い赤色。真紅の長い髪を風に靡かせながら、アクシア・エルマン・フォン・サラマンドルは言った。


 アクシアは、神聖ローマ帝国の二大公爵家の令嬢である。


「温かい春の太陽を浴びているとはいえ、この土の柔らかさ。きっと、この周辺の農民が、丁寧に土を耕し、世話をしてここまで育てたのでしょうね」


 アクシアが満開に咲き誇っているポピーをハイヒールによって踏みにじっている後ろに控えていた男が言った。


 男の名は、ウィリス・ウィリアム。


 アクシアの従者であり、彼自身もまた、男爵家の三男として貴族に連なる者である。


「耕し……雑草を丁寧に抜き、肥料を撒く……。手塩をかけて育てやっと咲いたこの花畑が、一夜にして灰に返ったとしたら、ここの農民たちはどう思うでしょうね?」


「とても、絶望するでしょうね」


「あら、素敵ね。二度と栽培しようと思わないくらい徹底的にやらなきゃならないわね。それにしても、今からそんな酷いことを実行しようとする私は、なんなのかしら?」


 アクシアは、ルビー色の瞳を輝かせながらウィリスに尋ねる。


「正真正銘の悪役令嬢でございます。それも、国家反逆罪級の」


「悪役令嬢。あら、背徳的な響きね。ウィリス。そのネーミング、やっぱり気に入ったわ。さぁ、すべてを燃やし尽くしましょう——土炎走竜(バジリスク)——」 


 アクシアが天へと向けた両手の掌の上に、炎が揺らめく。そして、やがて両手の炎は形を変えていき、蜥蜴のような炎が地面へと降り立った。


 

 上級炎魔法、土炎走竜(バジリスク)



 魔法を使うことができる血を持つ人間。すなわち貴族。


 土炎走竜(バジリスク)は、炎属性を持つ貴族の中でも魔法に秀でた者しか使う事ができない上級魔法である。


 炎をあたかも生き物、蜥蜴のように地面を自由自在に走らせ、火を放っていく魔法である。


「この季節は風もないですから、お嬢様が魔法の操作を誤らない限りは、農家などに延焼することはないでしょう」


 ポピー畑など、アクシアの魔力を持ってすればいつでも灰に返すことができた。アクシアが本気を出せば、強固な防壁に囲まれた王都シュマルカルデンでさえも焼け落とすことが可能であろう。


 夜間に風が吹かない時期を、アクシアもウィリスも待っていたのだ。何も考えずにポピーの畑を燃やしてしまっては、村にまで延焼が広がり、いたずらに被害を大きくしてしまう。「それは僥倖。思いっきりやっていいってことね。それに、魔法の操作をしくじるだなんて、私を誰だと思っているの?」


「悪役公爵令嬢様でございます」


「分かっているならいいわ。さぁ、燃やし尽くしなさい! 土炎走竜(バジリスク)!!」


 まるで地面に亀裂が入り、そこからマグマが噴き出してきたかのようだった。一瞬にして左右に炎が広がっていく。ポピーの花畑を土炎走竜(バジリスク)は縦横無尽に駆け巡っていく。


「あはは! 燃えているわ!」


 真紅の髪、ルビー色の瞳。そして、王都シュマルカルデンの大通りに店を開く、マダム・ファンタネージュの最上級ドレス。それも、アクシアの為だけに紅色に染め抜かれたドレス。


 アクシアは、楽しそうに笑っている。まるで満月の光と、燃え落ちていく花畑を舞台照明にして、舞っているようであった。


 ウィリス・ウィリアムは楽しそうに花畑を燃やしているアクシアを見つめながら思う。アクシアお嬢様はどうやら、口には出さないが『悪役公爵令嬢』という貼られたレッテルをお気に召したようだと……。


 アクシア・エルマン・フォン・サラマンドルが悪役公爵令嬢という不名誉な二つ名を得たのは、一ヶ月前のことであった。



 話は一ヶ月前に遡る。


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