書きかけの未来(4)
その日のお昼ご飯の後、漫画を読んだり部屋にあった映画のDVDを見たり各自が自由に過ごしている時にノアは食器の洗い物を終えたリアムに呼び出された。
「じゃあ、話の続きをしようか」
リアムの部屋に着くなり、彼はノアにキッチンから持ってきたアイスコーヒーを置いて言った。
「あの、話って」
「もちろん、大学の話だよ」
リアムはそういってニコッと笑うと大学受験の頃の話をしてくれた。
リアムの両親と兄のブレアと姉のアンは全員難関国立大学出身の超エリート家系だった。
だから、もちろんリアムも国立大学に行くことを期待されており、学校が終わると休む間もなく塾に通い夜まで授業を受けた。休日も模試を受けたり学校の補講に出席したりして過ごした。
そんな彼の束の間の休憩時間は、当時付き合っていた彼女とデーという名の第一志望の難関国立大学のオープンキャンパスに行くことだった。
教育関係の仕事をしたいと考える自分にぴったりなその学科の生徒はみんな生き生きしていて、見てるだけで楽しい気分になれた。来年からは自分もあの中にいるんだ。リアムはそう思いながら受験勉強に励み、受験の日を迎えた。赤本を何度もやっていたおかげで問題はばっちり解けたし、面接も手応えを感じた。
受験が終わってほっとしたリアムは安心して結果を待った。
合格発表の日、同じ大学を受けた彼女と結果を見に行ったリアムは唖然とした。
何度確認しても受験票に載っている自分の番号がないのだ。
その事実を受け入れることができなかったリアムは番号の載った受験票を持ち「どうしたの?」と聞いてくる彼女を置いて家に帰るとすぐにスマートフォンでもう一度結果を確認した。結果は不合格だった。
「どうだった?」
部屋の外から母親の声がする。
受験勉強の時と同様、温かいコーヒーを持ってきてくれたのだろう。
いつもは母親の淹れるコーヒーが美味しくてよくお代わりをしていたが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。コーヒーを口に入れても吐き出してしまうかもしれない。
それと同時にリアムの頭にはもう1つの不安が浮かんだ。
それは、母親に合わせる顔だ。代々難関国立大学に現役合格をし続けているこの家系の恥になることはもう逃れられない。時間は取り戻せない。
それでも「合格した」とすぐにバレる嘘をつきたかった。
それが無理ならもう消えてしまいたかった。
やがて、ドアがガチャッと音を立てて開く。
パソコンの前に突ったったままのリアムの後ろで母親の悲鳴とコーヒーの入ったリアムのお気に入りのマグカップがガシャンと大きな音を立てて割れた音が聞こえた。
その日、リアムはトイレ以外部屋から一歩も出なかった。リアムの勉強机には割れたマグカップのカケラの入ったスーパーの袋と大量の予備校のパンフレットが置いてあった。
下の階からは母親の泣き声と兄や姉が彼女を慰める声、そして怒った様子の父親の声が聞こえた。
リアムはそんな現実から目を背けるようにイヤフォンのついたスマートフォンと財布ををズボンのポケットに入れて家を飛び出した。
外は雨だった。
雨の音ですらイライラしてきてリアムは無音のスマートフォンに好きな音楽を流した。勿論、大音量で。
そんな大音量で音楽を聞きながらムスッとした顔で歩く自分を自分とすれ違う主婦やサラリーマン、部活帰りの中学生が見てくる気がした。
何なの、あの子。近づかない方がいいぞ。こっちに来ないでよ。
そんな声が頭の中で響く。聞こえているのは音楽だけなはずなのに。
むしゃくしゃしたリアムは、ポケットに突っ込んだイヤフォンが繋がったままのスマートフォンを操作して彼女にメッセージを送った。
「今から会える?」
返事はすぐにきた。
「会えるよ」
「どこがいい?」
「私はどこでもいいよ」
「ファミレスとカフェ、どっちの気分?奢るよ」
「ファミレスかな。チーズハンバーグが食べたい。あと、フルーツパフェも」
「じゃあ、学校の近くのファミレスで」
「分かった。すぐ行くね」
リアムはスマートフォンを再びポケットに入れると、約束のファミレスへと向かった。
ファミレスに着くと、彼女はもうチーズハンバーグを注文したようでリアムが席に座ってすぐにチーズハンバーグが運ばれてきた。
彼女は「いただきます」と言うと、ハンバーグを一口大にナイフで切ってそれを美味しそうに頬張った。
「何か頼まないの?」
黙ってじっと前を見ているリアムに彼女が言う。
「オムライス」
「君、本当オムライス好きだねー。じゃあ、注文するね」
彼女はいつもリアムのことを「君」と呼んだ。どうしてそう呼ぶのか分からなくて、彼女に問いただしたところ彼女は笑って「気分」と答えただけだった。
彼女は呼び出しボタンを押すと、黙っているリアムに代わって「オムライス1つと、フルーツパフェ1つ」と店員にオーダーした。




