私の知らない母の恋(4)
夜ご飯になってもクレアは降りて来なかった。
彼女と口喧嘩をしたギルは降りきてはいたけど、いつもと違って無言で黙々とご飯を食べ部屋を後にしてしまった。
部屋には「クレアちゃんへ」とリアムがメモを貼ったラップがかけられた冷めた料理が寂しく机の上に置かれていた。
あの時の様子からしてクレアは誰も部屋にいない時に晩御飯を食べるつもりなのだろう。
機嫌のいい時の彼女からどんな時でもすれ違う時は挨拶をしてくれるような子なのをノアは知っている。彼女はあんな風にギルのことを言っているけど、彼女も充分良い家庭の育ちなんじゃないかとノアは思っていた。
ゲームを買ってもらえなかったり、ここで漫画を読んでダラダラ過ごしている理由は厳しい家庭育ちのためだからじゃないだろうか。そうじゃなきゃ、あんな風にギルに嫉妬したりしないだろう。
ノアは部屋に戻ってライラと共に今日拾った封筒を開けることにした。
「今日はアルちゃんに会えたし、これ絵本のページのヒントかな?」
ライブがわくわくした様子で言った。
「開けてみないと分からないけどね」
ノアはそう言うと、封筒を裏返した。封筒の封は黒猫のマスキングテープでとめてあった。ノアがマスキングテープを剥がすと、コピー用紙に絵本のイラストとその隣にコーラのイラストが大きく書いてあった。
「なんで絵本とコーラなの?」
不思議そうな目で見つめるライラがノアに聞く。
「僕に聞かれても分からないよ」
強いて言うなら昼間クレアがコーラを持っているのは見た。でも、コーラと絵本のページに直接的な関係があるわけない。ドラマやアニメと違って現実の世界はそんなに都合よくうごかない。
でも、少し気になる。もしかしたらクレアがあのコーラのペットボトルを下に捨てているかもそれない。
ノアはそんな自分の淡い期待をライラに伝えると、2人でキッチンへと向かった。
案の提、コーラはキッチンのゴミ箱に捨ててあった。
ノアはそっとそれをゴミ箱から取り出してみる。だが、それはただのペットボトルのゴミにしか過ぎなかった。
「何か分かった?」
後ろからライラがゴミ箱の方を覗き込んで言う。
「いや、何もなかったよ」
ノアは残念そうに答えると、ペットボトルをゴミ箱に戻した。
やっぱり、現実は上手くいかない。
そんな言葉が頭よぎった。
「また別のところを探してみよう」
ノアは何事もなかったかのようにニコニコしてミルクティーを淹れているライラにそう声をかけた。
「うん。まだ時間があるから大丈夫だよ」
ライラはそう言うと、ノアの前に出来上がったミルクティーを置いた。紅茶からふわっとミルクの匂いがした。
ノアがティーカップに一口口をつけると同時にキッチンのドアが開いた。
「クレアちゃん」
息を切らしてそこに立っている彼女を見て反射的に声が出た。
「絵本のページは私が見つけたから」
クレアはそう言うと、1枚の紙をノア達に見せつけた。それは、ご馳走の書かれたイラストだった。
「誰も気づいてなかったけど、これずっとお菓子の入っている戸棚にあったんだよ。私が今日食べたポテチと別のお菓子の間に挟まれてたの、この紙」
「そうなんだ」
それだけしか言葉が出てこなかった。
抜け駆けはなし、なんて誰も言っていない。でも、いざ誰かが絵本のページを見つけたとなると裏切られたとしか思えなかった。
クレアはページを見せつけたまま今度はキッチン全体に向かって叫んだ。
「アル、そこにいるんでしょ?」
すると、「呼んだ?」という超えとともに突然アルが現れた。
「あんたに頼まれたもの、私見つけた」
クレアがそう言って、アルにさっきの紙を渡す。
ノアはそんな彼女達のやりとりを見て生き地獄にいるかのような気分になった。
「どれどれ」
アルはクレアの持っていた紙をじっくり見て言った。
「クレアちゃん」
「何?」
「本当に悪いんだけど、これ違うよ。これはただのチラシ」
「は?」
「チラシ?」
苛立った様子で返事を返すクレアに続いてノアも彼女に聞き返す。
アルはいたずらっぽい笑みを浮かべるとライラに言った。
「お姉ちゃん、今日私が封筒をあげたよね。その中身の絵、ちょっと見せてくれる?」
「うん。いいよ」
ライラはコーラと絵本が描かれた紙をアルに見せた。
「ご馳走の絵もコーラとメニュー表の絵もファミレスのチラシなの。素敵なイラストだったから私がとっておいたんだ」
「これ絵本じゃないの?」
ライラがイラストを指差して言う。
「違うよ。絵本と似てるけどそれはメニュー表だよ」
アルはそう言うと、ポケットから全く同じイラストが描かれた2枚の紙を取り出した。
「これが本物のチラシでこれはそれをコピーしたもの」
「何それ。馬鹿にしてんの?」
クレアが言う。
「違うよ。キッチンに飾ろうと思ってただけ。でも、冷蔵庫に貼れる場所がなかったから1枚はそのままここにしまってもう1枚はお姉ちゃんに渡したの」
アルはそれだけ言うと、クレアを睨みつけた。
「何?」
クレアは怒ったような泣いたような表情でアルを睨みつけた。
「良いこと教えてあげる。絵本のページはまだ誰も見つけてないよ。でも、近いうちに1枚見つかるかも」
アルはさっきと同じようにいたずらっぽい笑みを浮かべて姿を消した。