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ガラスの中で夢をみる  作者: 七瀬優愛
プロローグ
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プロローグ

 今でもあの日の夕方のことを夢で見ることがある。

 燃え上がる炎、逃げ遅れた妻を助け出そうと炎の中に消えて行った夫。

 叫ぶ僕の両親の声。

 泣きじゃくる幼い頃のライラ。

 鳴り響くサイレンの音。


 今日もまた、同じ夢を見た。


 幼馴染みのライラの6歳の誕生日である8月31日にノアはケーキを焼く予定だった。

 ノアはその日、ご馳走を用意する大人達に混ざってケーキの準備をしていた。

 ケーキの生地を型に流し入れ、オーブンに入れて後はケーキが焼きあがるのを待つだけとなった。

 ノアは時間を待つ間、ライラの家の庭でライラと2人で将来の夢の話をしていた。

「ライラは大人になったらお姫様になるの」

 ライラが大事そうに『シンデレラ』の絵本を持って言った。

「ライラちゃんがお姫様になったら今日みたいに毎日ご馳走が食べられるね」

 現実が分かってしまった今はもうそんなこと思わないけど、現実の世界を知らずに絵本の世界が本当にあると信じていたあの頃は素直にライラの夢が素敵だなと思っていた。

 その頃のノアには、金髪のサラサラしたロングヘアーにふわっとしたワンピースをいつも着ていたライラは絵本のお姫様そのものに見えた。

 でも、ライラはよくノアの髪色を羨ましがっていた。

「ミルクティー色の方がお姫様っぽいよ」

 お姫様に髪色なんて関係ないと僕は思うけど、ライラにとっては小さい頃に見たお姫様のアニメの主人公の髪色がミルクティー色だったとかでかなり重要になるらしい。

 そんなライラがお姫様になったらどうなるだろう、と少し想像してみる。お姫様になれば彼女は毎日ご馳走が食べられる。お金もたくさんあるから欲しいおもちゃや絵本が必ず手に入る。それに女の子なら毎日可愛いドレスが着れたりするなどたくさんの良いことが待っているだろう。

「じゃあ、ライラがお姫様になったらノアを招待してあげるよ」

 ライラはノアの両手を握って言った。

「本当?」

「うん。だって、ノアは赤ちゃんの頃からの友達だもん」

「やったー!ありがとう、ライラちゃん」

 ノアがそう言ったのと同時に後ろでドンッと生まれて初めて聞く音がした。

 振り向くと、さっきまで普通にそこに建っていたライラの家が燃えていた。

 突然のことにびっくりしてライラと2人でその場に立って後ろを見ることしかできなかった。もちろん、「逃げなきゃ」と思った。でも、足が地面に張り付いてその場から動けなかった。

 ライラと2人で立っていると、家の前を通りかかった知らないお兄さんに「そこにいたら危ないよ」と言われ腕を強く引っ張られた。

 お兄さんはノアとライラの腕を引っ張って道路に避難すると、すぐにどこかに電話をかけはじめた。

「火事です。場所は・・・」

 そう話すお兄さんの隣でライラが今にも消えそうな声で言った。

「ごめんなさい」

 どうしてライラが謝るのかノアにはよく分からなくても言えずにいるとライラはノアの手をぎゅっと握ってもう一度言った。

「今日が誕生日でごめんなさい」

「そんなことないよ」

 ノアはそう言うとライラをぎゅっと抱きしめて自分に言い聞かせるように言った。

「大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのか自分でもよく分からなかった。でも、こう言っていれば本当に大丈夫な気がした。

 絵本みたいにきっと魔法使いが助けにきてくれて炎を消してくれる。ライラの両親もノアの両親も助かる。家も元通りになる。

 そんな想像をしていた。

 でも、そんな夢の世界は激しい炎と共にすぐにぶち壊された。

 火を消しにやってきたのは、黒や紫の服を着て帽子を被った魔法使いではなくオレンジ色の服を着た消防士さんだった。

 それに炎が消えても家が元通りになることはなかった。ライラの家は壁のない真っ黒な家になってしまった。

 そして、ライラの両親が亡くなった。

 あの炎は一瞬で人2人の命を奪ったのだ。


 ノアの両親は、お兄さんが電話してすぐ自力で家から脱出した。2人の顔は黒くて疲れているように見えた。

 だけど、2人は何度も何度もライラの両親の名前を呼び続けた。

 ノアは隣で泣き出してしまったライラをぎゅっと抱きしめながら黙ってその声を聞いていた。幼いながらライラの両親はもうダメかもしれない、と心のどこかで思っていた。


 その日の夜、ノアとライラはライラの両親が天国へと旅立ったという話をお母さんから聞かされた。

「いつかはみんな行かなくちゃ行けない場所なの」

 お母さんはノアやライラにも分かりやすく説明すると、すぐに病院の部屋に戻って行った。

 ドア越しに静かな泣き声が聞こえた。

 ライラはそれを聞きながら繋いだノアの手をぎゅっと握って言った。

「ライラは平気だよ」

「え?」

「だって、ノアがいるもん!」

 ライラの返事にどう答えたらいいのか分からなくて黙って頷くだけのノアにライラは言った。

「それにライラが大人になったらお城からの迎えがくると思うの」

「どうやってくるの?」

「シンデレラみたいにカボチャの馬車とかかな」

「そうだね。その時は僕も一緒に行ってもいい?」

「もちろん。ノアも一緒に行こっ」

 ライラはそう言ってニコッと笑った。


 その日の夜、ライラはノアの部屋で隣に布団をしいて寝た。

 途中でトイレで目が覚めてトイレに行こうと廊下に出ると両親の話し声が聞こえた。

「出火の原因はオーブンの劣化だって」

「じゃあ、ノアが焼いていたあの誕生日ケーキが・・・」

「うん。でも、自分が原因じゃないにしろノアがこのことを聞いたら傷つくと思うから本人にはこの先も何も言わないでおこうと思う」

 全部聞こえてるよ、とノアは思った。

 でも、何も言わずにパジャマの袖を目にあててまま黙ってトイレに行った。


 その後、ノアと同じ小学校に入学したライラは事故のショックからかほとんど学校には通わなかった。仮に行ったとしても保健室で本を読んでいることが多かった。

 それは、中学校も同じでたまに別室登校をしては保健室やカウンセリング室で読書をしたり課題をしたりしていたりしていることが多かった。

 たまにノアが給食をライラと食べることもあった。その度に彼女はノアにたくさんの空想話を聞かせてくれた。

 卒業後の進路に選んだ高校は、自転車で通える圏内にあるノアと同じ公立高校の不登校枠を受験した。

 そこでもあまり学校には行かなかったけど、中学校の時と比べて同級生と一緒に教室で授業を受けることが増えた。

 ライラはそんな感じで少しずつ立ち直っていったけど、ノアの両親は何も変わらなかった。それどころか、テレビで事故のニュースや再現ドラマが流れるたびに急によそよそしくなったりしてノアはイライラしていた。

 自分が全て知っていることを両親に伝えても良かったけど、ノアにはそれを言う勇気はなかった。


 結局、両親はそれから10年後に起きた交通事故で亡くなるまで火事の出火の原因をノアに話すことはなかった。

 ノアがそのことを知ったのは昼休みの時間だった。友達とお弁当を食べている時、別室でご飯を食べていたライラが教えてくれた。

 先生がいなくなった隙を狙ってこっそりテレビをつけたらお昼のニュース番組で事故のニュースが流れていたらしい。

 それを聞いて、最初に浮かんだ感情は両親を失った悲しみではなく、両親に隠し事をされたことに対しての怒りだった。あの人達は、本当に最後までノアに話さなかった。本当にあの話を墓場まで持っていった。

 でも、ノアは知っている。出火の原因が自分であることを。両親が亡くなった事故の原因が相手の車の飲酒運転が原因だったのと同じように事故には必ず人が関わっている。


 ノアの両親のお葬式の日、ノアは棺の中にいる両親の姿を見なかった。見たくなかった。

 ノアの代わりに両親の姿を見たライラは「白雪姫とその王子様みたいだった。明日には家にいるよ」と見慣れない制服姿でノアに話した。

 10年前の火事以来、現実逃避という意味もあってかライラには空想癖がついた。

 だから、ノアの両親が亡くなった時も「明日には家にいるよ」と言った。

 そして、小さい頃と同じように「将来はお姫様になるの」だとか「お城から迎えがくるの」とかと明らかに現実離れした話ばかり語っていた。


 無理してるんだろうな、とは見ていてすぐに分かった。

 でも、彼女には現実逃避という意味も含めて空想の世界に浸る時間が必要なのだろう。そして、それが彼女にとってストレス発散法になるのなら自分に何か言う権利はない。


 ノアはあの日以来、ライラを守るために生きると決めた。

 だから、両親が事故死をした年の一学期いっぱいで高校を辞めてパン屋でアルバイトをはじめた。

 ノアの働いているパン屋は廃棄商品が貰えるから食費も少し浮く。

 それに時間がある時は深夜にコンタクトレンズの工場で短期アルバイトもした。

 少しでもお金を多く稼ぎたかった。

 ライラもノアと同じ時期に高校を辞めて今は郵便物の仕分けのアルバイトをしている。

 2人で生活費を稼ぐことでいっぱいだった。

 奨学金を借りようかとも思ったけど、そこまでして一度辞めた高校に通おうとは思えなかった。

 ライラが笑っていてくれたらそれでいい。

 いつしかライラの存在がノアの生きる理由になっていた。

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