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第3幕 仲間発見

いくら気合を入れたって、自分の体質には勝てない。

今日も今日とて、体調崩して保健室へ直行する。


「失礼しま…」


そして、目の前に広がる光景に絶句した。


「先生、もう少しだけ、ここにいていいですか?」

「治療は終わりました。この程度の怪我なら、安静にしていなくても問題はありません」

「テメエ、桃谷はよくてどうして亜里沙は駄目なんだ!!!」

「比較対象が不適切です。健康体な亜里沙嬢と、虚弱体質の彼。比べる時点で、間違いです」

「っ…!いくら病弱だからって、保健室を占拠していいってわけじゃねえだろ!!!」

「彼の滞在時間は非常に適切ですよ。もう大丈夫なはずだから帰ってくださいと言えば、素直に戻ってくださいます。むしろ、今この状況だけを見れば、占拠しているのはあなた方の方では?」

「はあ!?」


橙山と義妹が、保健室にいた。

義妹の足には、きっちりと巻かれた包帯。あ~、あったあったこんなイベント。


乙女ゲームにはありがちだけど、「異能姫」の主人公(すなわち義妹)にはステータスが設定されている。ダンス、料理、お針、魅力、学力、作法、異能の7つだったかな?それぞれ、最高レベルは10。異能以外のレベルは授業やミニゲームで上がるけれど、異能はイベントを一定数発生させないと上がらないんだよね。


それで、ダンスのレベルが5以下の場合、高確率で何かしらのハプニングが発生する。転んだり、ステップを間違えたり、足を踏んだり踏まれたり…

これも、確かそれのうちの1つ。でも、これは初期にしか拝めないイベントだ。何せ、レベル2以下のときのみ発生するイベントなんだから。

ダンスの授業中に、転んで足ひねっちゃうんだよね。で、その時のパートナーが、お姫様抱っこで保健室に連れてってくれる、というもの。全てのキャラの共用イベントだし、好感度の状況でドレスが変わるのだけど、そのすべてに対応したスチルが存在していて、製作陣の気合がありありと伝わってくるイベントだった。


ちなみにこれは、キャラの好感度と、自分の好感度の両方が上がる、貴重なイベントだ。

「異能姫」には、キャラから自分への好感度と、自分からキャラへの好感度が設定されてて、その両方が同じくらい高くないと、ハッピーエンドにならないんだよね…。自分からの方が高い場合はまだいいよ、片思いで終わるから。問題は、キャラからの方が高い時。

何が問題かって?ヤンデレエンドになるんだよ!!!


「異能姫」のエンディングは、5種類。逆ハーエンド、ノーマルエンド(つまるところ友情エンド)、ハッピーエンド、バッドエンド、ヤンデレエンドの5つだ。

悲劇的なバッドエンドに対し、ヤンデレエンドはホラーだ。監禁されたり、無理心中持ち掛けられたり、食べられたり(エロい意味でなく)。


このゲームを作った会社、ウォーターマイナス社というんだけど、とにかく重いストーリーとエベレスト級の難易度で知られてるんだよね。何作ったってそう。そしてこれは、その中でも屈指の難易度の高さを誇る作品。公式サイトの概要を見て、あれ、今回は簡単(当社比)なのかなー?と思って買って、蓋を開けたら今までの以上の高難易度。

重さで言うなら、別の作品の方が数段勝ってるけど、やり込み要素ならこっちのが上。なんだよ「赤坂と橙山の好感度が親友以上で、夏休み中で、自分から紫藤への好感度が友好以上の場合にのみ発生する、青沼ルートのイベント」って!!面倒くさすぎるわ!!しかも好感度には微々たる影響しかないし、こんなもん実装するくらいなら飴田先生ルートを実装しろ!!確かに麗しいスチルが拝めるけども!!!…失礼、話がそれた。


そんなふうに、自分が思考を横滑りさせていると、先生が自分の存在に気づいた。


「おや、噂をすれば影、ですかね?」

「!?」

「に…義兄様…」

「……お取込み中のようなので、失礼します」


暗に、お前らが邪魔で入れない、と言ったつもりなのだが…果たして、伝わるか?


「この…テメエ喧嘩売ってんのか!?」

「何故、そのようなことを?あの状況で入っていくのは、誰しも、勇気がいるのではないでしょうか。自分は、勇気の欠片もない、臆病者ですゆえ、逃げようとしたまで。それに…」


ついっと、視線をベッドに向ける。2人が振り向いたときに気づいたのだが、生徒が1人、休んでいた。

女子生徒である。長く美しい銀髪は、大きく波打っている。かわいらしい丸っこい目をしていて、瞳の色は薔薇色。色白だが、自分の病的な白さとは違い、赤みのある白。心底うんざりだという顔をして2名を見ている彼女は…ちょ、紫藤の次の次に権力持ってる、白銀を与えられた色彩の華族の、白銀(しろがね)家の長女の野ばら様じゃないですかやだー。ちなみに彼女は3年生ね。

おい、気づいてるか2人とも。今ここで権力使われたら、確実に負けるぞ。桃谷はまだしも、橙山はぎりぎり上公なんだからさ。それに、確か白銀家は、十数代前に帝の妹君が嫁がれた家…。

郷主殿下(帝のご息女以外の、帝の御家系の女性のこと。ご息女の場合は帝姫殿下とする。どっちも中国の称号だった気がするんだが)は基本、婿入り婚をされるから、お嫁入なさった家というのは珍しく、尊ばれる(紫藤家が尊ばれているのは、やはり十代ほど前に当時の帝の末の帝姫殿下が嫁がれているのと、異能によるもの。紫藤家と、その次に権力持ってる金井家、そして白銀家の差は、とんでもない僅差)。ぶっちゃけ、帝姫殿下または郷主殿下が嫁がれた家>>>超えられない壁>>>>>その他 なのだ。

そんな家の令嬢の彼女が、この場にいるということは…これ以上は、言わなくてもわかるな?


「そのように、声を、荒らげて…ご令嬢が、ここにいらっしゃるのに、お気づきでないので?」


これ以上は、自分で気づけ。


「はあ?………!?え、あ…」

「あら、ようやくお気づきになりましたの?わたくし30分も前からここにおりましたが」


強烈な一言。かわいい見た目に反して、やるな、野ばら様。

橙山は、弱きを助け悪しきをくじく、一昔前の少年漫画にいそうなタイプの不良だ。そんな彼だから、女子供には強く出られない。虎の威を借るのは不本意だが、ここは保健室。怪我人や病人がいるかも、ということは、想定して当たり前。そんなところで騒ぐのは、マナー違反。つまり、「だから注意したのですよ」という言い訳が可能。


「橙山家では、いったいどのような教育をなさっておられるのでしょうか。最低限のマナーも守れないだなんて…」

「ぐッ…」


視線が冷ややか。絶対零度とまではいかないけど、氷点下3度くらいにはなっている。冷凍庫かな?


「ど、どうしてそんなこと言うの!ちょっと気付かなかっただけじゃない!」


義妹よ、この場合は野ばら様に謝罪して、橙山連れてさっさと退散するのがベストだ。そうやって噛みついても、ますます野ばら様の視線が冷たくなり、評価が下がるだけ。橙山はそれを理解してるから、いまだかつてないほど顔を青ざめさせてるんだが。


「まあ…あなた、自分が迷惑をかけていること、理解しておりますの?」


桃谷と白銀は、同じ色彩の華族。位も、同じ上公だ。けれど、前述したように、位は同じでも格が違う。わかりやすく言ってしまうなら、そうだな…同じ事務所に所属してる、売れっ子アイドルと箸にも棒にも引っかからないアイドルの差、みたいな?同じだけど、それで威張ることなんてできないし、張り合うこともできない。当然ながら、さっきの義妹の発言は、完璧にアウト。

「どうして」も何もないわ。保健室で騒いでる時点で、マナー違反だわ。気付かなかった?それじゃ済まされないんだよ。

迷惑なんてかけてません!なんて、この状況で言っても無駄。さっきまで大声出してたのは橙山だが、そのあとの義妹の対応の方が問題。橙山の言葉は野ばら様ご本人に向けたものじゃなかったけど、義妹のはご本人に向けている。たぶん、野ばら様の言葉は、「他人(=野ばら様)と、すぐにでも退散したいであろう橙山、そして家に迷惑をかけていることがわかっているのか」という意味だろう。

義妹、正しい対応ができるか?


「そんな、酷い…!どうして…」


はいアウト。私なんにも悪いことしてないのに、って顔してますがね。そんなも酷いもどうしても、全部お前に返したいわ。

しかし、どうしたものか。このままだと、家の評判が落ちてしまう。かといって、下手に自分が口出ししても駄目。火に油を注ぐことになりかねないし。ついでに言うなら、体力がもう限界に近い。いつ崩れ落ちるかわからんぞ。


「…亜里沙、戻るぞ」

「えっ?」

「野ばら嬢、申し訳ございませんでした」

「周囲を見ることも、大切ですのよ」


よし、ナイスだ橙山。おそらくゲーム脳であろう義妹のことだ、ここで橙山に反抗したら好感度が下がる、とでも思うだろう。


2人が退室したのち、野ばら様に謝罪する。


「白銀様、義妹がご迷惑をおかけしました」

「まあ、そんなにかしこまらないでちょうだいな。昔みたいに、野ばらちゃんって呼んでくださらないんですの?」

「勘弁してくださいませ。もう、幼子では、ございませんゆえ…」

「じゃあせめて、野ばら様とでも呼んでくださる?」

「………ですが」

「呼んでくださる、では駄目ね。呼んで頂戴」

「…では、以後、野ばら様と…」


心の中で呼ぶならまだしも、口に出すのは勇気がいるし、非常識に思われがち。皆様、白銀様とか、白銀のご令嬢とか、そう言うふうに呼んで、あまり名前では呼ばない。


「あら?先生、どうしましたの?」


野ばら様の一言で、先生の方を向き直ると…え、何これ激レア。先生が、まるで鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしていた。


「いえ、その…声が」

「…ああ、自分の、声ですか」


保健室で先生と2人きりとか、そう言うときは地声で話しているが、普段は声を低くしている。しかし、今さっき自分が野ばら様に話しかけた時の声は、地声。それで驚かれたのだろう。


「わたくしの幼いころの静養場所が、藤城家の里でしたので、そのご縁で出会いましたの。知ってしまったのは、偶然でしたけれど…」


藤城家の里というのは、正しく言うなら「藤城家が存在している里」。認識の異能があまりにも強すぎるため、藤城家の人間は、基本的にここで育つ。里の中なら、限られた人間にしか会わないから。

野ばら様は、病弱ではないのだが、気管支が少々弱く、空気がきれいな里に来ていた。何故里だったかというと、「ある程度白銀家と親交があり、勢力争いとの縁が薄く、かつ静養に適した土地を持っている家」という条件を満たしていたのが、藤城だけだったため。なんでも、野ばら様のひいお婆様は、自分の曽祖父のはとこに当たるらしい。認識の異能は強力だが、諸刃の剣だから、どの家も、あまり積極的に藤城の血を入れようとはしない。


そんなわけで、里にやってきた野ばら様だったのだが…ある時、私が隠れて姉のドレスを着ているのを、見てしまったのである。藤城の屋敷にいたし、ある程度自由に屋敷内を動けたから…

で、女装癖があるんだと思われるよりはと、勢いでばらしてしまったわけ。どうかこのことはご内密に!と土下座で頼み込んだのが、今でも昨日のことのように思い出せる。


「そうでしたか。…それはさておき、今日はどうしました?」

「さっきのダンスの授業での、疲労と、人酔いと、あと頭痛が…」


先生方の配慮のおかげで、どうにか自力で歩けるくらいには、体力残ってるけどね。


「頭痛は心労では?」

「…否定できないのが、悲しいですね」

「妹君はずいぶんお転婆でいらっしゃるのね」


いきなり会話に入ってこないでください野ばら様。そしてそれは皮肉ですか。皮肉ですよね。


「返す言葉も、ございません…」

「人酔いと疲労が回復するまで休んでいくように。もし頭痛が悪化したようなら、言ってくださいね。桃谷家に連絡を入れなくてはいけないので」


保健室では、薬出せないからね。出せたとしても、自分の体質考えると、軽めの頭痛薬だろうけど。あまり強い薬は毒となる、というのは有名な話だが、自分はちょっと強い程度でも具合が悪くなるのだ。免疫の方に問題があるのか、それとも処理に体が耐えられないのか…生物、あんまり得意じゃなかったんだよな。


とにかく休もうと、野ばら様の横のベッドに潜り込む。大きくなってからは話す機会もなかったから、今この時くらいは話していたい。


「光様、ずいぶん苦労していらっしゃるのね」

「わかりますか」

「ええ、見ればわかりますの」


えっと、まさかと思うけど若白髪…ではないよな、顔?


「お友達から聞きましたわ。妹君の暴走を、お1人だけで食い止めようとしていると」

「自分の、責任でも、ありますので…」

「そうやってご自身を責めないでくださいませ。…ところで、話は変わりますけれど」

「はい」


この後、野ばら様が小声で放った一言に、自分は本気で驚くこととなる。


「『大正浪漫恋愛譚 ~異能姫は選択を迫られる~』というものに、聞き覚えは?」

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