第2幕 義妹への疑惑
婚約者(正式に手続きをしたわけではないので、正しくは後ろに「候補」が付く)になりはした自分と先生だが、それ以降、特に変わったことがあったわけでもなく、いつも通りに日々を送っていた。
けれど、自分単体で見ると、かなり変わったと思う。
それまで、時間が足りないからとおろそかにしがちだった淑女教育を、(学園にいる間は受けられないので)図書館から本を借りて独学で学ぶことにした。普通の令嬢であれば、侍女から教わることができるけど、自分の専属の侍女すら、自分が女だということは知らないし、教えることは許されない。どこから漏れるかわからないからね。
それから、素行。元から、自分の首を自分で締めるようなことはしないようにしていたけど、さらに気を付けるようになった。この行動は、桃谷の人間として適切であるか。その行動をとったら、どう言う結果になるか。今まで以上に気を配りながら判断するようにした。
その結果、と言っていいのかわからないが…義妹に、ある疑惑が浮かぶようになってきた。
義妹も、転生者なのではないか?
例えば、隠しキャラである紫藤を攻略するには、1学期の中間テストよりも前に赤坂と青沼の好感度を「友好(50%以上70%未満)」以上に上げ、ミニゲーム「光の作法講座(クイズゲーム。光に作法についての2択問題を出される。10問中、間違えられるのは3回まで。3回間違ったら失敗)」を10回以上失敗しなくてはならない。この条件を満たすと、赤坂と青沼が、義妹に作法を教えるために、紫藤を紹介するのだ。
前者は、彼らのミニゲームをクリアするなり、サブイベントを発生させるなりすれば、容易に達成できる。しかし、「光の作法講座」は、内容自体は簡単なものの、失敗すると、そのたびに全キャラの好感度が少しずつ下がっていき、「友好」の状態で10回失敗すると「無関心(0%以上15%未満)」にまで下がってしまう。
つまり、この条件を満たすには、綿密な好感度調整が必要なのである。偶然紫藤を出すことは不可能に近い。
にもかかわらず、義妹は見事赤坂&青沼と良好な関係を保ったまま10回作法を間違え、紫藤との接点を作ってみせた。
他にも、入学前からやたら自分を敵視してきたり(これと言って何もしていないのに)、やってもいないいじめ容疑を自分にかぶせてきたり(そしてその内容がゲームで実際に光が行っていたもの)…
そのため、この世界にゲームの強制力があるか、それとも義妹が転生者か。そのどちらかだろうと踏んだわけだ。
自分が自由に動けていることから、強制力があるとは考えにくい。となると、義妹は転生者だと考えるのが妥当だ。
だが、ひょっとしたら違うかもしれない。例えばそう、義妹が「男好きで、プライドが高く、他所の人間が当主になることを許せない令嬢」に育ってしまった可能性だってあった。
そこで、自分はある人物に接近することにした。
ゲーム内で、確実にすべてのプレイヤーがお世話になるキャラクター…お助けキャラの「藍原 優奈」である。
藍色の髪をおかっぱにし、瓶底眼鏡をかけ、いつだって本を抱えている。その見た目に反しておしゃべり好き(母親似だそうだ)で、情報通(こちらは割と見た目のイメージに近いだろうか)。彼女が知らない情報は国家機密くらいだという噂が、まことしやかに流れていたりする。
もしも義妹がゲーム脳の転生者なのならば、1度は彼女と接触するはず。
そう思い、彼女に「最近なんだか義妹の様子がおかしくて、心配になってしまった。何か知らないか」と、いかにも「義妹が心配で仕方がないお兄ちゃん」のようなことを言ってみたところ。
「私は学園に来る前の妹君を存じ上げませんが、ゲームがどうの好感度がどうのとよくわからないことを言われた経験ならございます。何をおっしゃっておられるのかわかりかねますと申し上げましたら、またもやよくわからないことをわめき散らし…いえ、叫び…いえ、おっしゃりながらどこかへ行かれてしまって、それ以降お話したことはございません」
はい確定。義妹は転生者で、しかもテンプレな電波ヒロインだと発覚した。
何をやっているんだ、義妹。ここはゲームの中だとでも思っているのか。多少はゲーム通りに事が運ぶかもしれないがな、相手は生きた人間なんだぞ。それに、この国にゲームという言葉は存在しないんだぞ。
しかも、礼儀作法が満点で、「少しおしゃべりすぎるのを除けば令嬢のお手本」とすら言われている優奈嬢に、2回も言葉を訂正させるとか…いったい何を言ったんだ。
幸いだったのは、強制力がないこと。これで強制力ありだったなら、確実に自分は追放エンドだったことだろう。
自分は自由に動けている。そして、学園の生徒たちは、義妹の行動をおかしいと感じている…これは僥倖だった。自分が義妹の素行を諌めたとしても、ひどい義兄だとなじる人はいない。…義妹によって、色ボケと化した攻略対象以外は。
赤坂、相手が飴田先生だと怒るのに、義妹だと異性に手を出しまくっても怒らないのか。青沼、作法の講師として紫藤紹介したくせに、なぜ自分が義妹を咎めると不機嫌になるんだ。橙山、お前のタイプは一途な淑女じゃなかったのか。紫藤、何故義兄が義妹の間違いを正してはならないんだ。
唯一まともなのは、黄瀬。義妹のことは好き、でも義妹がやってる事が令嬢らしくないことはわかってる。ただ、惚れた弱みというやつなのか、それとも元来のおとなしさゆえか、あまり強く出られないらしいのだけど…
というか、何故義妹は逆ハールートを目指しているのか。このルートには2パターン存在し、その違いは紫藤がいるかいないか。
義妹が、紫藤がいない場合は赤坂、いる場合は紫藤の妻になることを決めるが、あきらめきれない他の攻略対象たちは、残された時間で義妹の心を奪うべく奮闘することを誓う…という終わり方だったはず。ただ、この後、エンドロールで「亜里沙は花嫁修業のために、遠くに住む叔母のもとへ行き、残された彼らは亜里沙のために自分を磨くのだった」という文が流れるのだ。
この「遠くに住む叔母」というのが、作中では影も形も出てきていなかったが…鬼なのだ。いや、もちろん形容詞だが。
人呼んで、作法の羅刹女。おっとりとしていて優しい義母の妹とはとても思えないほど、苛烈で、自他ともに厳しい鬼軍曹(もちろんこれも例え)。自分も、かつて、さんざん叱責された記憶がある。
その裏に愛があるのはわかる。わかるのだが、トラウマになりかねないレベルで怖かった。
この実態を知ってから、あのラストがどうしても「義妹の色ボケを治すために、叔母のところに送り込んで、花嫁修業という名目で性根をたたき直させました」というものにしか、思えなくなってしまったのである。
義妹も、小さいころ会ったことがあるから、知っているはずなのだが…まさか、忘れたのか?あの、鬼教官を…?