第1幕 回想始め 運命を変えると決めた日
ここから回想です
自分は途中から憑依したとかでなく、最初からこの世界に「桃谷光」として誕生した。
だからか知らないが、割とこの状況も受け入れられているものの…憑依型だったなら、きっとパニックを起こしていたことだろう。
だって…光さんだよ?最悪兄貴の二つ名を全プレイヤーから送られた、鬼畜義兄だよ?目的のためなら手段を問わない最強の敵だよ?しかも声がかなり低くてどう聞いても男声だよ?
そんな彼が、「彼女」だったとか…ねえ?
…ただ、恐ろしいのは、思い返すとゲーム内にもそれっぽい描写があったこと。
顔と名前が中性的だし。寮の私室が、人数の関係という事情はあったものの、1人部屋だし。大浴場使えるときでも、かたくなに自室のシャワーで済ませるし。病弱じゃすまされないほど、立ち絵が小柄で華奢(身長167㎝で攻略対象中最も小柄な黄瀬よりも!)だし。その割には、体が丸っこいし。おまけに、毎月1週間くらい、やけにイライラしてる&具合悪そうにしてることがあるし…
ぶっちゃけ言うと、光さん女の子説も出回ってたんだ、ネットで。私は否定派だったけど。
肯定派の皆の衆、さんざん暴言はいてすまんかった。君たちは正しかったぞ。
声に関しても、元々アルト、すなわち地声が低めだったのを、意図的にさらに低くしてただけ。ボソボソ話せば、まず間違いなく気付かれることはない。割と大きな声出しても、若干の違和感こそあるものの、男の声にしか聞こえない。
では、どうして男装しているのか。これは割と単純、俗信と習慣に基づくものだ。
元々この世界には、「病弱な子は結婚するまで性別を入れ替えると丈夫になる」という俗信がある。そこに、「少しでも強い力を持った子は、能力を完全に制御できるようになるまで性別を入れ替えて育てる」という藤城家の謎の習慣が加わった結果、今も昔もずっと男装というわけ。
義妹が異能持ちだって発覚する前は、自分が後継者ということになってて、さすがに後継者が女で病弱というのは…と義父が考えたのもあり、桃谷家に来てからも男装は続けさせてもらえた。
じゃあ今はどうして男装してるんだよと言われると…はっきり言おう、引き際わからなくなった。
いやだってずっと男ですよって言ってたのに、いきなり女ですってカミングアウトするのは…勇気いるよ?あらゆる人に性別偽って接してたとか、とんでもないスキャンダルだからそれ。これには義父も頭抱えたよ。
前述の俗信&習慣もそこそこ知られてるから、教養があって勘のいいひとはなんとなく察してる、というか半ば公然の秘密のような状態らしいけれど…藤城に倣って性別お披露目パーティーするにしても、どの前例より長く男装してるせいでタイミングがつかめない。とりあえず、学園を卒業するまでは、男装を続けることになってしまった。
とはいえ、戸籍まで男で出すわけにもいかない。だから戸籍は女のままだし、正式な書類だって、性別欄には女と書いてある。
制服は女物なんじゃないのかって?いえいえ、この学校、制服が原則だけど私服も可です。制服によく似た、細部が若干違うものを、私服と言い張って着ております。あとは男物の和服とかね。さすがに行事のときは正式な格好しなくちゃいけないけど、そう言うときは仮病使って休んでいる。次期当主はあくまでも義妹、そのスペアがいなくなったところで、誰も気にする者はいない。
先生方は全員事情を知っているのもあり(なのにどうして青沼は自分のこと強姦魔だと思い込んでるんだろうな)、そこまで不自由したことはない。
あ、この学校の制服は、男子が軍服に近い黒の詰襟で女子がセーラー。びっくりするほど装飾がないのになんだかかっこいい。デザイナーのセンスを感じる。
さてそんな自分だが、実は、始めはもうどうなってもいいやー、いじめとかは面倒だし動機がないからしないけど、糾弾するならしとけやー、という波に揺蕩うクラゲのごとく投げやりな思考回路になっていた。
だって、ゲームの光に残されていた道は、「藤城家に戻る」「家を追い出される」「処刑される」の3つ。
家に戻るのは大歓迎。追い出されるのはつらいし不安だが、自分なりにやっていけばいい。何が起きても自業自得だし。処されるほどひどいことなんて、やる気はありません。やってるうちに自己嫌悪にさいなまされるからね。
でも、あるときをきっかけに、その考え方が変わったのだ。
××××
自分が入学する数週間前。
義父に連れられ、学園にやってきて、先生方…正確には、学園長、副学園長、寮監、そして自分が学園生活を送る上で確実にお世話になるであろう人物と、顔合わせをしたのだ。
「お初にお目にかかります。自分は桃谷光と申します」
「そんな軍人みたいにかしこまらなくとも大丈夫だよ。初めまして、学園長の桜本光だ」
音は違えど同じ「光」だねーと、とても学園長とは思えないほど軽く言って見せた桜本さんは、桃谷の分家に当たるとか。義父の幼馴染でもあり、実年齢は40そこそこなのだそうだが、とてもそうとは思えない。どう見ても30、下手をすれば20代に見える。ぱっちりと大きな焦げ茶の目が、若く見せるのだろうか。白髪がちっとも見当たらない桜色の髪を見事に切りそろえ、きっちりと七三わけにしている。
「副学園長の鳩羽仁です」
「存じ上げております。幼いころ、何度かお会いいたしましたね」
「…覚えておられましたか」
鳩羽家は、藤城と同じ、紫藤の分家。わかりにくいが、鳩羽色を与えられた色彩の華族である。鳩羽は上公で位が藤城より上だが、催し物の際に何度か顔を合わせたことがある。4つのころ、桃谷家に来てからは、会わなくなったが…彼も結構な美丈夫、忘れるわけがない。
ぞんざいに切られ白髪が交じり始めている鳩羽色の髪、しわの寄った眉間、細い灰色の目、それなりにしっかり見えてりゃいいだろと言わんばかりの上等ながらも着古しているらしき着物は、くたびれたおっちゃんそのもの。だというのに、素材の良さか、いい感じの美中年に仕上がっている。素敵なおじ様系だ。確か年齢は、桜本さんよりちょっと上だっけ。
「寮監の黒崎蓮です、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
黒崎さんは、黒髪を短く切り揃えており、切れ長な鳶色の目もあって、やや近寄りがたい印象を受ける。
確か、ゲーム内では、イベント兼ミニゲームに出てきていた。黄瀬のルートで、好感度が親友以上恋人未満のとき、発生するイベント。彼が忘れていった万年筆を届けるべく、男子寮に忍び込むのだ。
このときだけ画面がRPGっぽい見下ろし視点のものとなり、巡回している黒崎さんに見つからないように黄瀬の部屋まで行くというもの。見つかってしまったら、黄瀬の好感度が下がる挙句、フラグがおれて黄瀬ルートのハッピーエンドにはたどり着けなくなる。しかも、反省部屋に入れられて3日出られないというおまけつき。一応、反省部屋でしか発生しないイベント、手に入らないスチルもあるが、3日も動けないのは痛い。
…おっと、話がそれた。
そして、最後に自己紹介をしたのが…
「飴田天真です。養護教諭をやっております」
「…よろしくお願いいたします」
艶やかな飴色の髪を腰より少し上くらいまで伸ばしていて、どことなく蛇を連想させられる切れ長な琥珀色の目を持った、白衣の男性。いつでも営業スマイルを顔に張り付けた、甘く優しく色気のある声の彼…保険医の飴田先生。どんなタイプのイケメンかって?歯に衣着せて言えば大人の色気がある美形、身も蓋もないことを言ってしまえば女子なら誰もが一度は妄想したことがあるであろうエロい保険医、とでも言おうか。
色彩の華族じゃないと思われがちだが、実際は橙山の分家で、「飴色」の色彩の華族である。
実は、彼もゲームに登場する。と言っても、攻略対象ではないし、お助けキャラでもない。じゃあ何か?正解は、攻略対象サイドの悪役、すなわち当て馬。
ゲーム内での彼は、「ご機嫌取りに必死ですね」「そんなに共感の力が欲しいですか」と攻略対象たちをネチネチといじめる、陰湿キャラ。
「火遊びに夢中なくせに、よくもあんなことを言えたな!」とは、赤坂が。
「あれと同じ場所にいるだけで腹が立ちます」とは、青沼が。
「あいつに治療されるぐらいなら、俺は死ぬ!」とは、橙山が。
「怖いです、あの先生…」とは、黄瀬が。
「同じ分家でも、鳩羽とは酷い違いだな」とは、紫藤が。
とにかく、全てのキャラから嫌われている。なお、原作の光からはノーコメント。
つっても、彼も美形だし、その容赦なき物言いが性癖にドストライクな人は多く、彼のファンは結構いる。何を隠そう、自分もだ。正直言うと、攻略対象たち以上に好きだった。
「飴田先生ルートは?」「先生はどうやったら攻略できますか?」「先生の好感度が表示されないバグが発生してるんですけど」などなど、数多の飴田先生関連の質問が公式に寄せられていた。
だがしかし、そのたびに返ってくるのは「※飴田さんは攻略不可です」という残酷な返答。何度直訴しようかと思ったことか。
そんな彼に。これから。お世話に。表面上は平静を保ちつつも、内心テンション爆上がりだった。
××××
そして迎えた学園生活、早くも先生のお世話になった。入学式でもみくちゃにされて、具合が悪くなったのである。
「飴田先生ぇ…休ませてくださいぃ…」
「おやおや、入学早々酷い顔色ですねえ。仮にも藤城の血を引く桃谷の次期当主の予備が、人酔いとは嘆かわしい」
「それが具合悪い子に言うことですか…」
「すみませんが、私のコレは治らない持病ですから、諦めてください」
「うう…」
相も変わらず冴えわたる毒舌。
さすがに自分に向けられていると、落ち込みもするのだが…それ以上に、うれしかった。飴田先生が、生きて自分の目の前にいる。自分は、飴田先生と同じ世界にいる。それが、途方もなくうれしかったのだ。
それに、ゲームではわからなかった一面がわかって、やっぱりこの人は生きているんだと実感できた。
実は意外と、甘い物も好きだということとか。
「あの、先生、それ」
「あげませんよ?」
「そうでなくて。…お饅頭、好きなんですか?」
「ええ、手軽に糖分を補給できますからね。いろいろありますけど、やっぱり茶饅頭が1番です」
お兄さんがいて、結構仲良しだってこととか。
「…あの…先生、あそこにある謎の仮面はいったい…」
「ああ、あれですか?兄が旅行の土産に買ってきたものですが」
「お兄さんが居るんですか」
「いますよ。だから教師をやれているんです」
嫌味に隠れて目立たないけど、結構な名医ってこととか。
「先生って、なんだかんだ言ってしっかり手当はしてくださいますよね」
「仕事ですからね」
「…その割にはやけに丁寧だしよく効くというか」
「あとで騒がれても面倒ですから」
××××
そんなある日。
「先生…それは?」
「見合いの釣書ですが」
「えっ?」
「…この年で未婚なのは、やはり驚かれますか」
「この年って…不躾な質問だとは思いますが、その、先生おいくつですか!?」
「28ですが」
元の世界であれば、まだまだ適齢期は逃していないけれど…この世界では、男性の結婚適齢期は、下は18、上は25。なるほど、28なら十分売れ残りの年齢である。ちなみに、女性であれば、下は15、上はぎりぎり22だ。なので、我ら女学生は、学業の傍ら、婚活にもいそしまないといけないのだが、それはここでは割愛。
少し、驚いた。
先生が28にはとても見えなかったというのもあるのだが、1番驚いたポイントはそこではなくて。
先生ならば、次男坊だし、見た目も家柄もいいのだから、引く手数多だろうに…この年まで独身だった、という点。
中身か?中身なのか?などという自分の考えは、ひどく甘い物だった。
「意外です…」
「私が飴田の人間でなければ、もう少し自由に選べたんですがね。下手に選ぶと薄暗い通りで刺されかねないからと、先送りにしていた結果がこれです」
「えっ?」
飴田は、色彩の華族。それは知っていたけれど、どんな異能なのかは知らなかったし、あまり知られていない。
最も尊いと言われる紫藤ですら、闇討ちくらうなんて話は聞かないのに。どれほど強力な異能なのか…と思っていたら。
「そうだ、確かあなたは婚約者が決まっていませんでしたよね?」
「へ?はあ、そうですが…」
「なら、私の婚約者になっていただけます?」
「…はい?」
「あなたにとっても、悪い話ではないはずですよ。飴田の異能は、『無効化』ですからね」
「無効化…?」
「ええ、無効化。あまり知られてはいませんが、それこそが飴田家に伝わる異能…あらゆる異能を、無効化する力」
「!?」
あらゆる、異能を?
そんな夢物語みたいな異能が、存在するというのか。
驚く自分をよそに、先生は話を続けた。
「認識の力は、時に使い手に害を与えます。けれど、無効化の使い手がいれば、被害を最小限に抑えることができる。上公の次期当主の予備と公の次男、格もまあ釣り合いが取れているかと」
「それは…自分の一存では決められません」
一応、年齢的にももうそろそろだからと、自分のところにも様々な人の釣書は来ていた(義妹のだと偽って取り寄せていたらしい)。ただ、いまいちピンとこないというか…この人の夫になって、家に何のメリットが?と思ってしまう人だとか、家柄もよくてメリットもあるけど、どう考えても愛人としての勧誘とか素行が悪いとか、絶対嫁いだら相当陰口叩かれるだろうなっていうところが多くて、決めかねていた。一方的に送り付けられてくるのも多かったらしく、桃谷家を軽んじているのか!?と義父が激怒していたのが記憶に新しかった。
結局、夏季休暇に家に帰るから、その時お互い両親と(というよりは、実家と)話し合うということになった。
結果は…まさかのOK。多少、女遊びが目につかなくもないものの、まあ許容範囲内だったらしい。そのため、飴田の方には、自分は女だと伝わっている。
正式な手続きとお披露目は卒業後と決まった。卒業後にパーティーを開いて、そこでカミングアウトとお披露目、ということらしい。
まさか決まるとは思っていなかったから、とても驚いたし、うれしかった。けれど同時に、不安になった。
もし、自分が、ゲーム通りの結末を迎えてしまったなら。
藤城に戻るのはいい、追い出されたり処刑されたりしたなら…先生はどうなる?
自分よりもふさわしい令嬢なんて、いくらでもいるだろう。でも、やっと捕まえた許嫁がそんなことになったら、きっとご家族にはいい顔をされないだろう。しかもただの女ではない、認識の異能を…下手をすれば共感の異能を伝えることができるかもしれない、有体に言えば「金の卵を産む(かもしれない)鳥」だ。ひょっとしたら、「いい顔をされない」では済まされないかもしれない。
だから、決めた。
ゲームの中のキャラクター・飴田先生ではなく、この世界に生きる飴田天真という人に、ふさわしい女になろう。ゲーム通りの結末なんて、迎えてたまるものか。
なんとしても運命を変えてやると、誓ったのだ。
教師陣は次男や3男が多いです。
藤城、紫藤、桃谷の関係ですが、十数代前の桃谷家の当主の妹が藤城に嫁いだだけであって、紫藤と桃谷に血縁関係はありません。
また、桜本からは共感の異能を持つものが生まれたことがなく、藤城からは生まれたことがあったため、次代に共感が引き継がれる可能性の高い藤城の人間である光が養子に選ばれました。