罠
7
幽霊の幽子には、記憶が無いみたい。名前すら覚えてないみたいだから、とりあえず幽子とあだ名をつけた。
「ユーコ?なんか、しっくり来るね~!」
本人はそのあだ名が気に入ったらしい。
私いつの間に幽霊が見えるようになったんだろう?いやいや、あり得ない!あり得ないから!!
あり得ないと言えば…………あり得ない男に、鍵を持ち逃げされた時の事をまた思い出した。
辺りはもう暗くて、車のブレーキランプが忙しく並んでいるのが見えた。
大きな通りの赤信号が青に変わると、男は私を置いて歩き始めた。
道路に一斉に人が流れ込んだ。たくさんの人がこっちの方に向かって歩いて来た。人の流れをかき分けながら、男の後ろ姿に叫んだ。
「ちょっと待って!ねぇ、私みたいな人って言うけど、私の何を知ってるの?」
すると、男は足を止めて言った。
「知らない。」
「はぁ?知らないのに、決めつけたの?そんなのおかしいでしょ?」
その鍵だって、自分の物だって決めつけるのも早すぎない?
男はそのまま、一度も振り返る事無く、歩き続けた。
そもそも、あの一瞬で本当に自分の物かどうかわかったの?私は正直、全然わからなかった。今でも自信がない。
それでも、あの男を追う足が止まる事はなかった。
結局、私は男の部屋の前までついて来てしまった。
「本当にしつこいな。ストーカーにでもなるつもりかよ?」
「ここで、本当にその鍵が私の物じゃない事を確認させてもらう。」
別に、この鍵が自分の物だって言い張るために、ここまでついて来た訳じゃない。
ただ、この頭のオカシイ男に納得がいかなかった。
「OK!じゃあ、it's showtime!と行きますか?」
男が鍵穴に鍵をしっかり差し込むと、ガチャリと鍵を回した。
本当に…………開いた。
当然と言えば、至極当然の事だと思う。自分の鍵かどうか判断するのに、私はキーホルダーしか見ていなかった。よく見たら、鍵の形が全然違う。
私の顔を見て、あいつは鼻で笑った。ムカつく!!非常識な事しといて、他人の事を笑うなんて!
「いいね~!その顔。」
「はぁ?」
私の悔しがる顔を見て、男は嬉しそうな顔をしていた。性格悪っ!
「まぁ、立ち話も何だし、中でお茶でもどう?」
ドアを全開に開けると、男は中に入るように促した。
ここで入るほど私はバカじゃない。それを察した男はドアを閉めて言った。
「はい、じゃあ、イタズラはここでおしまい。これでやっとスカッとした!」
「スカッとした!?」
それってもしかして、意図的に嫌がらせしてたって事?
「どうして?そんな事される理由なんてない!!」
男は少しイラついて反論した。
「じゃあ言うけど、何も知らないのに、先に決めつけたのはそっちの方。」
「はぁ?」
今日が初対面なのに、こっちが決めつけたってどうゆう事?
「覚えがない?まぁ、覚えて無いからここまで来たんだろうね。ちゃんと理由が知りたかったら、ま、中でゆっくりしてってよ。」
これは…………罠だ。絶対に中に入ってはいけない。そう思っていたのに……。
「安心してよ。あんたみたいな人、好みじゃないから。」
それで安心できたら警察いらない。でも、そう言われると何だか悔しい。
こうゆう時に、頭に血が上るクセが、自分の悪い所だってわかってる。挑発に乗っちゃいけない。冷静になろう。冷静に。冷静に…………
男は腕を組んで、ドアに寄りかかってため息をついた。
「まぁ、じゃあここでいいや。あんた、俺の鞄にぶつかって、俺みたいな人は全然気にしないでしょ。そう言ったんだ。」
そんな事を言った覚えが全然ない。
「いつ?どこで?」
「多分入学してすぐの学食。俺だって普通の人間だし、普通の男だし、まぁ、もう子供じゃないから、別に根に持ってる訳じゃないけど…………」
「はぁ?どこが子供じゃないの?こんな子供じみた事やっといて、これで復讐のつもり?」
私が声をあげると、男は慌てて私に落ちつくように言った。
「声が大きい。だから復讐なんてそんな大したものじゃないって。ちょっとしたイタズラだよ。本物の鍵だってほら…………」
そう言って男はポケットに手を入れた。
なんだ……。良かった!やっぱりあの鍵は私の鍵だったんだ!
「…………あれ?」
「え?ちょっと待って?まさか……」
男はポケットに手を入れたまま、固まってしまった。男はあちこち探して、薄ら笑いでこっちを見た。
男の様子があきらかにおかしい。嫌な予感…………
「ごめん……。マジで落とした。」
「はぁ!?どうすんの!?私、どこ行けばいいの!?管理人さんが次に来るのは火曜なのに!」
最っ悪!!
「実家は?実家は遠い?」
「バカじゃないの!?鍵を落としたなんて事がパパに知られたら、即、強制送還だよ!!」
「密入国者かよ!」
最っ低!!
最低なのは私だ。その罠に、まんまとかかって、中に入ってしまったんだから。