部屋
3
初めて隼人の部屋に入った。実家の方には何度も入った事はあるけど……ここは初めてだった。
私は洗面所の入り口で、隼人の横顔を眺めた。
隼人とは、中学と高校の同級生。小学6年の夏からずっと友達。こうゆうの腐れ縁とか言うんだろうけど…………腐ってない!!私の中では腐ってない!!
高校生の時に告白したけど、隼人には他に好きな人がいて、あっさりフラレた。それでも諦められないまま、友達以上恋人未満の関係で高校生活3年間を送った。
隼人にとって、私は友達以上にはなりえない存在。ここで私が手を出しても、出される事は決してない…………という悲しい現実。
そういえば、高校卒業した後大学生になってからは、何故か疎遠になった。どうしてなんだろう?あんなに好きだったのに。私、隼人の事諦められたのかな?そうは全然思えないんだけど……。
いつの間にか、呆然とこっちを見ている隼人に訊いてみた。
「最近、どうしてあんまり会わなかったんだっけ?」
「梨理、覚えてないの?」
正直…………何も覚えてない。
「あのね、自分がどうしてここにいるか、全然覚えてないんだよね…………」
「そっか……。」
そりゃ驚くよね。久しぶりに会って、記憶がない~!とか言われても……
「えっと、私、今どうしてここにいるのかな?」
隼人は、僕に聞かれても困るという顔をしていた。隼人もわからない?…………そんな事、ありえる?
隼人の顔を見ても、嘘をついているようには見えなかった。隼人は嘘がつけない。黙っている事はできても、嘘を突き通す事はできない人だった。
だから、何も言えない隼人は、何かを黙ってる。私には言えない事実を。何って何?もしかして?もしかしちゃったりする?
うわ~!どうして記憶がないの~!?思い出せ!!思い出せ私!!既成事実を思い出せ~!!
他に何か手がかりがないか、辺りを見回した。
ここが隼人の部屋…………?何だか殺風景な部屋。全然物がない。間取りは4畳くらいの寝室と、6畳くらいのリビングとキッチンに必要最低限の物があった。
私が部屋をうろうろしていると、隼人は自分の顔を何度も何度も叩いていた。
「隼人、どうしたの?」
「…………夢じゃない……。」
「ねぇ、そんなに顔叩いて痛くないの?」
私がそう言うと、隼人は自分の顔を叩くのを止めた。そして、濡れたタオルを持って、洗濯機の中に放り投げた。
「…………。」
隼人の様子では、何か詳しく聞ける雰囲気じゃなかった。
「…………。」
無言の時間が苦しくて、何だか帰りたくなった。
「あ、じゃあ、私もう帰るね。ここどこ?最寄り駅は?」
「…………巣鴨だけど……。」
「あれ?私、鞄もない。って事は財布も携帯も無いじゃん。隼人、財布と携帯貸して。」
鞄を無くして、隼人の部屋に泊めてもらったとか?
部屋に…………泊まった!?私が?隼人の部屋に?それってもしかして…………うわぁ~!何だか恥ずかしくなって来た!!
隼人は迷いながらこう言った。
「あの、梨理、しばらく…………ここにいてもいいよ。」
「えぇえ!?」
思わず声が裏返った。
嘘!絶対に今すぐ帰れって言われると思った。何?その隼人の反応……?これ、もしかすると、もしかしちゃったりします?
私は勝手に1人で浮かれた。
「えー!も~!隼人、そんなに私に携帯と財布貸したくないの?」
とにかくすぐに帰れって言われないだけで、なんかめちゃくちゃ嬉しい!!
「そりゃ……まぁ……正直そんなの、貸したくないよ。」
そりゃそうだよね。
でも、そこは恋人同士みたいに甘く…………
「え~!やだ~!そんなに私に帰って欲しくないの~?」
「それは…………帰って欲しいけど……。」
そこは帰って欲しいんかい!!
やっぱり隼人に変な期待をするのは止めよう。まぁ、幸い、大学の方は春休みに入って暇だし、もう少しここでねばろうかな~?
隼人はその後、狭いキッチンでコーヒーを入れてくれた。私は1つしかない椅子に座って、テーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。インスタントの割にはいい香り。
「隼人の分は?」
テーブルの前で立ちつくしている隼人に気がついた。
「僕はいいよ。カップ、1つだけだから……。」
椅子も1つしかない。私はコーヒーを持ってソファーに移動した。窓際に置かれたふわふわのローソファーがあった。ソファーからは寝室が見えた。
ここなら隼人も一緒に座れる。私は隼人に隣に座るように呼んだ。それでも隼人は、ソファーじゃなく、椅子に座った。
隼人、いつから1人暮らししてたんだっけ?それにしても、この部屋は全部1つだけだった。1つだけのベッドに枕、椅子。そして、1つだけのマグカップ。
「お客さんとか来ないの?」
「うちにコーヒーを飲みに来る人なんていないよ。」
相変わらずだね。その少し困った笑顔。
「じゃあ…………半分こ!」
私は少し飲んだコーヒーのカップを隼人に渡した。
隼人はカップを受けとると、そのコーヒーを眺めた。
「私とシェアは嫌?」
そんなに、まじまじと私のコーヒーを見られると……何だか私が口をつけたコーヒーが嫌みたい。
「そんなに嫌?」
別に強要してる訳じゃないんだけど……。そうゆう所、昔と変わらないんだね。
いつも私が無理やり隼人にyesと言わせてる。それは、いつだって隼人がはっきりNOと言わないから。
私が少しふてくされていると、隼人は笑顔で言った。
「嫌じゃないよ。…………ありがとう。」
そして隼人は、そのコーヒーをゆっくりと飲んだ。
ほらね、やっぱりNOとは言わない。昔から、隼人の考えてる事が全然わからない。
私が隼人の事を好きだって知ってるくせに、受け入れてもくれないし、拒絶もしない。変な奴。
「ここが、隼人だけの惑星?」
「え…………?」
「昔、僕だけの惑星に住みたいって言ってなかったっけ?」
確か小学生の夏休みに、そんな事を言ってた記憶がある。
「僕、梨理にそんな事言ったっけ?」
「言ってなかったっけ?それで、私、妹にイヤホン…………瑠璃!瑠璃に連絡して迎えに来てもらおっか?隼人、携帯!携帯貸して!」
私は妹の事を思い出した。こうゆう時に親より使えるのは瑠璃だ。
「え…………あ…………僕、瑠璃ちゃんの番号知らないんだ……。」
「嘘でしょ!?まさか本気で帰さない気?」
「そうじゃないって。」
でも、でもでもでもでも、男と女が二人きり、1つの部屋に…………
どうしよう!!やっぱり、千載一遇のチャンスじゃない!?既成事実の記憶が無いなら…………作ればよくない?ねぇ?よくなくなくない?
その時の私の頭の中は、天使と悪魔が隼人を襲うかどうかの攻防で混乱した。